合図。
「マスタシュ、もう勘弁して~」
「本当に考えなしで動きやがってっ! 何か対策取ってるんだろうなっ!」
「ちゃんと人の輪の中にロウ達は入ったし、安全だろ?」
「それ以外だっ!」
無かったら何をされるんだろう? そんな迫力がある。
だが一応保険として、頼んである人達の事が皆にバレない様に、小声でマスタシュに告げる。
「一応お願いしてある」
「お願い?」
「海に着いたら、確認しに行こうかと思ってたんだよね」
「本当だろうな?!」
「本当本当!」
何とかマスタシュが半信半疑ながら、納得してくれた様だ。
どうやら浜の方に準備したと勘違いし、僕を説教から解放してくれた。
それじゃあ早速っと、ケラスィンと会話している輪の中に入って行こうとしたところ、ロウケイシャンに小声で捕まった。
「エイブ、ちょっと待て」
「む~。何だよ~、ロウ」
僕も小声で返すが、不機嫌な顔になるのは仕方ないと思う。
「いつの間にグリオース州の者と仲良くなったのだ?」
あ。
そういえば話してなかったな、と僕は、テンパリトさんが婿候補から下りると言いに、店まで来てくれた時の事を、ロウケイシャンに話した。
「ほぅ。それはグリオース州以外の州にも、エイブの名が知れ渡っていそうだな」
「え、何それ……?」
眉を顰めた僕に、ロウケイシャンは話題を変えて来る。
「婿候補が1人下りたが、従妹殿との仲は相変わらず進展なしか。ちゃんと小さな贈り物は続けているのだろうな?」
「もちろん。花とか小物とか美味しい物とか。物じゃなくて見せたい物もいっぱいあるし、何よりケラスィンの笑顔が見れるなら、僕だって嬉しい」
「ふむ。贈り物はしていたか。なのに好かれている事に気づかないとは、我が従妹殿は相当鈍かったのだな」
「……」
ロウノームスの作法に詳しく無い、僕のアタックの仕方が悪いのかと思っていたが、どうやらロウケイシャンの口調から察するに、問題はそれだけじゃなさそうだ。
もっとも、ケラスィンを諦める気にならないけどねっ!
何とも答えようがなくて、僕の方も更に話を逸らす。
「テンパリトさんは海で釣りをするって言ってたけど、ロウは何をする?」
「全てが初体験だからな。どれも行ってみたいが、今日は我が子達に付いて回ろうと思う」
「最近、忙しかったからね。子供達の顔もほとんど見れなかったんじゃない?」
「うむ」
「こうしている今も、仕事は溜まっていってそうだけど……」
「言うな。今日は気分転換に来たのだ」
「そうだねっ! 楽しまなくっちゃ!」
「おう!」
地方に向かった者達の半数は、まだ王都に帰って来ない。
「地方の代官と手を組み、民を虐げて居た者の内、証拠が十分に上がった者を、政から遠ざける事が出来た。だがまだ証拠不十分な者も多い」
「後は地方に向かった人達が、証拠を持って帰るのを待つしかないね」
王都で出来る事は手を回した。
あとは地方に向かった彼等が何事も無く、無事に帰って来る事を、ただ信じて待つのみだ、僕達は。
「大丈夫さ。彼等なら期待以上の成果を上げて帰って来るよ」
「帰って来なかったら、どうしてくれよう……」
「こらこらっ! 気分転換に来たんでしょ?」
「そうだな。楽しまなくてはな」
「そうだよっ!」
父親の気持ちが落ち着いたのを見計らった様に、王子達が纏わりついて来た。
「父上~! 今日は一緒に遊べますか~?」
「今日は久しぶりの休日だっ! 遊ぶぞっ!」
「父上、何をする? 貝拾い? 海藻摘み? それとも竿を借りて、魚釣り?」
「お前達は何が好きだ?」
「僕は貝拾いが良いなぁ!」
「え~。海藻摘みも楽しいよっ!」
「今日の時間はたっぷりある! 両方するぞっ!」
「「やったぁ!」」
どうやら今日のロウケイシャンは渚辺りから動かないらしい。
好都合だ。
海に着いたら、早速凧を上げなきゃなぁ。
ごそごそと凧を引っ張り出していたら、子供達に見つかった。
「何してるんだ?」
「持って来た凧を出してるんだよ」
「凧? 何で?」
「浜辺の風は凧上げに向いてるのさ。今日は凧上げも楽しもうと思ってね」
「え~ずるい~! もっと早く教えてよ~! そしたら持って来たのに~」
「遊びは自分で気付かなきゃっ! 誰も教えてくれないぞっ!」
「む~っ! 今度は俺達も持ってこようぜ~」
「それより、今作るのはどうだ?」
「む? 材料あるのか?」
「掻き集めてみない?」
「いいなっ! 後ろの馬車を探して来るよっ!」
「じゃあ、前をっ!」
一斉に子供達が散っていく。
凧が増えて、追い掛けて来ている人達が混乱すると、ちょっとマズイよなと思ったが、上げる場所は近いだろうし、そんなに簡単に凧の材料は揃わないだろうと、考えない事にした。
それにもうすぐ海に到着だから、皆は凧作りより食材集めに、すぐに夢中になるだろう。
「それが合図か?」
「マスタシュ。当たりだ。誰にも言わないでよ」
「分かった」
今日は良い天気だから、空高く上がった凧は遠くからも良く見えるだろう。
「大きいな」
「目印だからね。大きいのを選んでみた」
「上がるのか?」
「上げるんだよ。あ! どうやら海に着いたね」
「手伝い要るか?」
「マスタシュが手伝ってくれるなら助かる!」
これで時々繰り手を代わって貰って、ケラスィンと話が出来る!
うきうきと僕は凧を上げた。
街の人達と示し合わせ、何度か少人数で海へ来ていた子供達は、僕よりもずっと海の食材やその採り方に詳しくなっていた。
野外料理もすっかりお手の物になって。
実にたくましい限りだね、うんうんっ。
そう今日1日で気付かされた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか?」
ゆっくりと凧を下ろしながら僕が声を掛けると、子供達が海の沖の方を見て騒ぎ出した。
「何だ、あれっ?」
「初めて見るね~」
子供達が見ている方向に、視線を移した僕は信じられない物を見て固まった。
「エイブ……?」
一緒にいたケラスィンが心配そうに僕の名前を呼ぶ。
「あれは、“輝ける白”」
見間違えるはずがない。
クロワサント島で僕達の復興の希望となった、3枚帆の帆船。
北へ
「バナ~、そろそろ帰ろう~」
「もうちょっと~」
「順調な航海で帰れたら食料は間に合うが、何かあったら途端に俺達は飢えるぞ」
「釣り竿があるじゃん。魚を釣って食べれば良い」
「前回の航海も釣って食料を確保だって言ってたけど、全く釣れなくて危なかったでしょ! 帰るわよっ!」
「フィシャリ姉っ! エイブお兄ちゃんが連れて行かれて、もう3年になるんだよっ!」
「私だって同じ気持ちよ。でもここで無理して、私達が遭難した事を知ったら、エイブは悲しむわっ!」
「でもっ! フィシャリ姉は心配じゃないのっ?!」
「あれから1隻も、島にロウノームスの船が来ないわ。それこそエイブが無事に動いている証拠だと思ってるわ」
「もう1日だけっ! そしたら帰るからっ! お願いっ!」
「フィシャリ、後1日だけ北上しよう」
「ダニャル、大丈夫なの?」
「今回の目標は、北の大陸をこの目で見る事だっただろ? 大分船酔いに慣れて来たし、食欲は出ないが、島に帰り着くまで何とか持ちそうだ」
「ダニャル兄っ」
「バナ、落ち着け。皆気持ちは同じだ。フィシャリ、ぎりぎりの線を越えようじゃないか」
「分かったわ。あと1日だけ進むわよっ! 皆! 覚悟は良いっ!?」
「うおおおおおおお!」
「バカ者どもっ! とっとと持ち場に戻れっ! 今日の夜勤の者はとっとと休めっ!」
「うおおおおおおお!」
「あと1日っ! 目指すは北の大陸ロウノームスっ!」
「姐御~! カッコイイっす~っ!」
「当然よっ! もたもたしてると海に落とすぞっ!」
「うおおおおおおおお!」
「久しぶりに船に乗ったが、フィシャリは相変わらずだ」
「フィシャリ姉、カッコイイ~っ!」
「バナ、何故北に行くのを諦めないんだい?」
「そろそろ見えてもおかしくない筈なの」
「ロウノームスかい?」
「ロウノームスの船に渡した食料の量から見て絶対近づいているっ! ロウノームスの船に輝ける白が負けるはず無いっ!」
「おれもそう思うよ」