見送り。
「やあ! おはよう!」
「おはようございます、島の人。こんなに早く王宮に来られるなんて、どうされました?」
「君達が地方へ、奴隷解放に向かうって聞いてね。見送りに来たんだよ」
「それはありがとうございます」
「それと、この子達を連れて行ってくれないかな?」
僕は一緒に連れて来た子供達の内から3人を選び、彼等の前に出した。
「この子達をですか? しかし……」
「この子達は君達が向かう、地方出身の子供だ。あちらには顔見知りも居る。君達が地方の人の力を借りる為の助けになるはずだ」
「島の人?!」
「必要だろ?」
「はい。御助力感謝致します。子供達をお借りいたします」
地方へ向かう者達は行政官達と武官達で構成されていて、僕の申し出を行政官側は受けてくれたが、武官側は快く思っていない様子だ。
「おいっ!」
「貴方達も地方の人達に信じて貰う難しさを、分かっているはずだ。地方の代官とパッと出の私達とでは、信頼度が違い過ぎる。詐欺だと言われて消されても、おかしく無い」
「しかしっ!」
「代官を言い包めるのが、足手纏いである私の仕事だと心得ている。この子達は私達と地方の人達を繋げるのが仕事になる。君達が居なければ、私達は安心して行動できないだろう」
子供達を同行させるのに反対する武官に対し、どうして連れて行きたいのかを行政は説明を重ねた。
それに子供達の仕事は、地方の人達との繋ぎ役だけではないので、僕は更に付け加える。
「君達が解放する人達は王都の人達と同じで、怪我をしている可能性が高い。この子達は簡単な怪我なら、治療の心得がある。連れて行ってやってくれ」
「島の人……」
「これは奥方から教わった治療方法の書付だ。字は読める様になったね?」
「うんっ! あと薬草も皆で準備したっ!」
キラキラした、やる気溢れる目で見上げて来た子供達の頬を、僕は軽く撫ぜる。
「無茶は駄目だよ。手に負えないって分かったら、急いで逃げて来るんだよ」
更に同行する行政官に向き直り、僕は薬草の鉢植えを手渡す。
「解放まで時間が掛れば、多分足りなくなるでしょう。鉢植えお願いしても良いですか?」
「もちろんです。どのような世話をすれば、よろしいですか?」
「子供達の方が僕より薬草の世話は詳しいから、旅の道々に聞いて貰えませんか? まあ土が乾かない程度に水をやれば、大丈夫だったはずです」
そして僕は武官達に向き直る。
「危険な任務に赴く君達に、更に枷を増やして申し訳ない。だがあの子達は自分の親兄弟を探して、助け出したがっている。同行を許してやって貰えないか?」
「じゃあ、彼等は?」
「君達が助け出した地方の子供達だよ。あともうちょっとだけ助力願えると助かる」
それを聞いた武官達も、一緒に同行する事を決めてくれた様で、子供達に視線を移した。
「これも何かの縁なのでしょう。道中仲良くしてくれ」
「はいっ!」
「では参りますか」
「はいっ!」
「道中気を付けて! 危なくなったら、すぐ逃げるんだよ~!」
「は~い!」
こうして何組か見送っていると、大人の元奴隷の人達も見送りに集まって来た。
「自分達も一緒に行かせてくれ」
中にはそう願い出る者もあり、彼等は一行に加わって行った。
「本当に危ないんだよ?」
「身の安全は保証出来ない」
そんな風に脅しても絶対彼等は気持ちを変えず、1歩も引かなかったからだ。
「私達は顔見知りも多い。同行できれば、我々が地域の者と連絡を付ける」
反対に、行政官や武官達を説得していった彼等は、同行を認めさせてしまったのだ。
同行を希望していたが、自分の故郷へ向かう行政官達が、既に出発済みだった者達の中には、一行を手ぶらで追いかける者まで出てきた。
「持って行ってっ! とりあえずの非常食!」
「島の人! 感謝する!」
「命あっての物種だよ! 危なかったら、すぐ逃げて来てよっ!」
「ああ!」
早足で一行を追いかけて行くその背中を見ながら、無事に奴隷が皆解放されて欲しいと、心から願う日々が流れてしばらくした頃、元老院や貴族達から処分者が出始めた。
処分といっても、その地位を悪用した罪で、国政から身を引いて貰うだけである。
「何故我々がっ!」
「これだけ地位の悪用を行っている証拠が、上がっている貴方達を処分しなければ、我々が共犯者として処分対象になってしまいます」
「覚えていろっ!」
次々と王宮から締め出されて行く貴族達に、王都の民は拍手喝采だ。
「王が動かれたっ! だが甘くないか?」
「何でも島の人が止めたそうよ。次問題を起こしたら、考えれば良いって」
「島の人も甘いよなぁ」
「いや、ある意味辛いと思うぞ。行状が治らなければ処分対象って事は、ほとんどの貴族が厳罰対象になるんじゃないか? そこまで自国の貴族共がバカだと思いたくないが」
「身を慎んで、次代に家の繁栄を任せて貰えると良いんだけどね」
「わっ!? 島の人?」
「今回処分を受けた人は、よっぽどの事が無い限り、もう国政に参加出来ないけど、彼等以外の貴族達は、幾らでも国政に参加出来るんだ。どんどん力を付けて、参加して貰いたいな」
「家柄じゃなく、実力主義?」
「うん、そうなると思う。今回元老院からも処分された人が出たんだけど、席はそのまま空席で、これまでとこれからの業績如何で、任官される事になったからね」
「へぇ~。島の人は元老院の席に入らないのか?」
「僕は何もしてないから、元老院入り予定者の頭数には入って無いよ。まあロウが僕を下ろされない限り、相談役かな~。相談役のお礼が良いし。そうそう、あと皆に連絡があってね」
その場にいた人達に、希望者は当日神殿に集まってくれるよう頼んだ後、1つ願い事を告げた。
「貴族達が街に出て来たら、その時優しくして欲しいんだ」
「何でだ?」
「彼等は貴族とはこういう物だと習慣で動いていて、ロウノームスの現状がまるで見えていなかった。貴族の習慣は現実に沿わない事を教えないと、彼等は変われ無いと思うんだ」
一瞬にして周りが静まり返った。
シンっとした皆が一斉に僕を見て来るので、何か異論があるのかなと待ってみたが、誰も何も言わない。
「じゃあ、伝言頼んだよ~!」
居心地悪くなった僕は、慌ててその場から離れる事しか出来なかった。
第2回、海行きキャラバンの日がやって来た。
といっても大移動でなければ、既に何度か子供達と街の人達で、海へ行っているらしい。
「では、本日のゲストを紹介しようと思いますっ」
切り出した僕に、馬車の内外から声が掛かる。
「待ってました、ケラスィン様っ」
「もういらっしゃってるのは、分ってますっ」
「むぅ。ケラスィンはお客じゃないよ、立派な海行き仲間っ!」
「どうして居るのが分ったのかしら?」
反論する僕に、首を傾げながら出て来たケラスィン。
「そりゃあねぇ~」
「島の人を見れば」
ケラスィンと一緒に居れれば僕の頬は緩み、テンションは上がる。
今日の僕の嬉々具合に、ケラスィンが馬車に乗っていると推測されたらしい。
相変わらず、ケラスィン本人以外に僕の気持ちは筒抜けみたいだ。
「じゃあゲストって?」
「よくぞ聞いてくれました。まず1人目のゲストは、グリオース州のテンパリトさんっ」
「約束通り、釣具を持ってきたぞっ」
「ようこそ~っ」
テンパリトさんが今回の海行きに一緒するのは、店で決まった事だったので、わ~っと迎えられている。
よしよし。
「そして、2人目。こちらも初参加の、ロウですっ」
途端、馬車内外はし~んとなってしまった。
ロウケイシャンはお忍びで、ちょろちょろ街に出ているらしいし、店にも行った。
だから王様だと、知っている人は知っている。
なので、知っている人は口をぱくぱくさせ、知らない人は誰だろう? と不思議顔。
「まぁ。ロウケイシャンお従兄様も、密馬車していらっしゃったのねっ」
「うむっ。今日は皆、世話になる」
ケラスィンとロウケイシャンの遣り取りを見て、ようやく。
「えええ~っ?!」
「王っ?!」
「王様っ?!」
歓声というか、悲鳴が爆発した。
前回、海に行った時から、いや行く前から、行きたい行きたいと言われ続けていたのだ。
「約束は守ったよっ!」
「エイブ、感謝する!」
「胸を反らすんじゃねぇ! 何で連れて来た~!!」
「マスタシュ、痛い」
行きの道中、僕はマスタシュから延々説教を受け続けた……。
追跡
「目標はどの辺りを走っている?」
「最終列が10馬身ほど前を走っております」
「行き先は分かっているが見失うな」
「了解です!」
「周りの様子は?」
「怪しい人影は見当たりません」
「そちらの注意も怠るな」
「はい! こちらの隊列は乱れ無く、順調に進んでおります」
「よし! このまま進むぞっ! 決して見つかるなっ!」
「はいっ!」
「我等は王宮からほとんど出た事が無い。何が起こるか分からんし、地理に不案内でもある。手順はきっちり守る様に」
「はいっ! こんな大人数で動いた事は初めてです。近年我等がこの様な行動を起こした事など、記録にも無いのではありませんか?」
「うむ。儂も調べてみたが、我等が王都から離れるなど、前代未聞の出来事に匹敵する」
「ますます気を引き締めねば。下手な事件を起こしては、我々の名が地に落ちます」
「粛々と進むぞっ!」
「はいっ!」
「衛隊長! 凧が上がりました! 色は白っ!」
「本日の御座所が確定したッ! 散開して、王族方の警護に就けっ!」
「はいっ! 先日お生まれになった姫君以外の、王族全てがお揃いですから、本日の御座所は緊張しますね」
「言うな。あそこが襲われたらと考えるだけで、胃が痛くなる」
「側近く侍っている護衛に、注意を促します」
「頼む。ついでに罰ゲームの内容を聞いて来てくれ。あっ! 見つからない様にな!」
「はいっ! 行ってまいりますっ!」
本日の演習は島の人が提案して来た実地訓練で、王の馬車を犯人に仕立てての追跡演習と、急な野営時の護衛がその内容だ。
その中の特殊項目が、「見つからない様にする事」だった。
「仕事中すまん。王子方はお健やかか?」
「王を始め皆様、海を楽しんでおられます。王宮はずっとピリピリした雰囲気でしたから、ちょうど良い気分転換になっているのではと推察いたします」
「それは良かった。こっちは演習に隊長達が張り切り過ぎてな。凄い緊張感だぞ。それで教えてくれ。島の人が出した、同行している者に見つかった場合の罰ゲームは?」
「見つかった御付は、見つけた者の荷物を持って帰る事」
「それだけか?」
「それだけなんですが、海の収穫物を持って帰ると、しばらく衣服や馬から海の匂いが取れなくなりますよ~」