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白く輝く帆の下で  ー北の州長の奮闘記ー  作者: きいまき
ロウノームス
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名乗り。

「改めて名乗らせてください。テンパリトといいます。北の州グリオース出身です」

「エイブです。同じく北の州出身です」


「は?」


「僕はクロワサント島の、北の州出身なんです。島は10の州に分かれていて、その中で一番北にある州なので、北の州と言われています。テンパリトさんの北の州は?」


「ロウノームスの北にあるから、北の州と呼ばれています。同じく一番北に位置してます」

「グリオースの北は海?」


「山です。誰も越えた事が無い山脈が続いています。その北に何があるのか、誰も知りません」


「山かぁ! 海は無い?」

 同じ北の州という名前でも違うんだなぁと、再び僕は尋ねた。


「無いです。ロウノームスの近くに海があると聞いたけど、まだ見に行っていない」


「行きたい行きたいと言って来る人が居るので、近い内にまた海に行こうと思ってるんですが、テンパリトさん一緒に行きませんか?」


「行っても良いのか?」

「もちろん! ケラスィンも連れて行きたいなぁ!」


 思わず僕がそう言うと、マスタシュから冷静な駄目出しが入る。


「ムリだろ? 前回が特別だったんだ」

「え~? 大橋の視察はOKだったじゃないか」


「あれは、護衛がいっぱい居たからだろ?」

「そんな~! マスタシュ何とかして~!」

「なる訳無いだろがっ!」


 それを聞いていた、テンパリトさんは驚き顔。


「姫君が海に?!」

「楽しかったよ~! また行こうねって言ってるんだ~!」

「ちょっと待て。誘ったのは姫様だけか?」


 さすがマスタシュ! 鋭いっ!

 だが、まだバレる訳にはいかないっ!


「一緒に行くなら護衛が必要かぁ。どうしようかなぁ?」


「ワシ達も一緒に良いか?」

「もっちろん~! 一緒に行こうよ! 当日急に出発するかもだけどっ!」


「せめて前日に発表がありがたいな」

「分かったっ! 皆とケラスィンと一緒に、海へ行ける様に頑張るよ!」

「楽しみだっ!」


 今度はもうちょっと馬車を揃えようとか、魚も釣るか等の計画が、周りで盛り上がり始めた。



「姫君はちょくちょく表に出て来ておいでなのか? 宴でしかお会いした事は無いが」


「ケラスィン本人はもっと表に出たいけど、周りが危ないからって許して貰えないって寂しがってるよ。僕がケラスィンと初めて会ったのも、それを押し切って王宮に来た時だよ」


「王宮?」


「奴隷を寄越せなどと言って来た、言葉も通じないし、生活習慣も違う国など、潰してしまおうと思っていた僕に、ケラスィンは幼馴染達を思い起こさせたんだ」


「え? 奴隷を寄越せ?」


 ぎょっとした顔をして、店中から視線が向けられたが、僕の気持ちはケラスィンで一杯。


「久しぶりに、人として扱われた気がしたよ。それからはもう、惹かれ続けるばかりだった」


 思い出すのは、楽しそうに頬を緩めたケラスィンの笑顔。

 もっと見たいと僕に思わせる、あの表情。


「ケラスィンの笑顔は絶品だよっ! 普段は真面目な堅い表情が多いから、余計にそう思う。僕が勝手に連れ込んだ、子供達の事も考えてくれてさ。青年の家まで作ってくれて」


 熱くケラスィンとの出会いからを延々語り始めた僕を、


「おい、エイブ。グリオースの人が呆れてるぞ」

「え~?」


 マスタシュが止めるべく邪魔をして来る。


 語り始めても制止が無いこの機会に、思う存分語らせて貰おう~っと、思ってるのに~。

 僕の不満がそのまま声に出たらしい。


「誰もお前の片思い話なんか、そんなに詳しく長く聞きたいとは思ってない」

「なんかって……」


「せっかく州の人と、こうして話が出来るんだぞ。もっとマシな事を口にしろ」

「む~。むむ~~」


 不満なのは変わらないが、マスタシュの言葉はごもっともだった。

 それに、そろそろマスタシュの拳も怖い。


 僕はケラスィンの回想を、ひとまず大切に仕舞い込んだ。



「テンパリトさんの州は、街道整備に支持をしてくれてるんですよね?」

「あ。ああ」


 急に話が変わり、ちょっと面食らっているテンパリトさんだが、すぐに付いて来てくれるだろうと、僕は更に話を進めた。


「州側が協力してくれているとなると、考えているよりも早く、色々な物を街道に乗せられそうですね」


 僕はわくわくと続ける。


「何を街道で運ぼうと、考えていますか?」

「いいえ、まだ何も」


 街道を通す事が先決で、その有効な利用方法まで考えが及ばなかった様で、考えた事も無かったという表情をされた。


「ロウノームスは街道が通ったら、各州に製紙技術を運ぼうと考えています。あと何を出そうと話してたんだっけ?」


 ちょうど側を通り掛ったマスタシュに問い掛けると、


「穀物、果物、魚か?」

 思った通り、返事が返って来た。


「魚? 足が早くて痛み易い物は、街道を使っての取引に向かないと思いますが?」


「日持ちする様に日干しした魚だ。生とは違う美味しさがある」

 言い置いて、さっさと仕事に帰るマスタシュ。


「干し魚?」

「作ってみます? どうやら海で皆さん、魚釣りもする気ですから、テンパリトさんも一緒にどうですか?」


「魚釣りか。久しぶりだが道具が無いですね」

「海に行くまでに作ればいい。間に合わなければワシのを貸すぞ」


「おお! ありがたい! 間に合わなかったら是非頼みます」

「おう! 準備しとく!」


 確実に1人、海に行くメンバーが増えたな。


「海まで距離があるので馬車で行きたいんですが、僕等に使える馬車が余りないんです。テンパリトさん持ってませんか?」


「馬は居るんですが~、馬車か~」


「ただの箱で良ければ貸すぞ!」

「お借りしますっ! 一杯持って帰りたいですからねっ!」


「ついでに僕の荷も積んで下さいっ!」

「変な物持って帰るなよっ!」


 通り抜けざまに、ゴンっと拳が振って来た。


「マスタシュ痛い」

「ほれ。続き」


 さっさと話せと目で指示された僕は、話を詰めるのを諦めて、先に話を進めた。



「希望としては、物以外で技術も欲しいです。交易とは違いますが、ロウノームスでは王都でさえ、医薬師が足りていません」


 それから僕は神殿での治療の際にあった、薬の効能の話をしてから希望を伝える。


「今でも街道整備で、州出身の技術者に協力してもらっています。同様にロウノームス、州に関係なく、技術者や医薬師を派遣なんてのもいいですね」


「なるほど」


「疫病後、残されているお互いが持つ知識を、補い合えればと思います。アクスファド先生の甥の子供達や、王子達の様に、出身に関係なく学び合える場所があれば良いんですが」


「教授の縁者とロウノームスの王子達が一緒に?」

 テンパリトさんが驚いた。


 すぐに脱線する僕の話を方向修正する為に、聞き耳を立て、口と手を挿みながら、成り行きを見ていたマスタシュが疑問を投げて来る。


「でもそうすると、青年の家がますますパンパンにならないか?」


「今はケラスィンの館に間借りしているけど、本来青年の家は独立して建っているんだ。王都だけではなくて、ロウノームス国内や州のあちこちに建てればいいよ」


「あちこちって簡単に言うけどなぁ」

「良いと思うんだけど、難しいかな?」


 マスタシュだって、アクスファド先生から学べたからこそ、読み書き計算が得意だって分かった。

 それにサラリドさんから行政官の事務仕事を、1本目の大橋の監査に僕が行っている間、仕込まれてたみたいでもある。


 マスタシュが将来どうしたいかは分からない。


 だが生まれた場所や家柄を理由に、学ぶ機会を与えられなければ、マスタシュはこの店で会計を任されたり、ましてや行政府なんて存在すら知らないままで居たはずだ。


 確かに身分制度が根付いている今、ロウノームス全土の全ての子供達に勉強をなんて、考えられないのかも知れない。

 まあ、本来の青年の家の意義は、勉強ばっかりじゃないんだけどねっ。


 でも青年の家の制度が定着すれば、身分制度は自然と崩れていくだろう。


 それはずっと先の話で、少なくとも現在の王族がどうこうという心配はない。

 絶対にケラスィンは守りたいけど、身分制度がこのままでいいとは、島で育った僕にはとても思えないから。





証拠


「これで全ての証拠が揃ったか」

「はい。情けない限りですが」


「王都の奴隷は全てエイブが解放してくれたが、地方は奴隷の現状は変わらぬままだ。これを使い、出来うる限り救うのだ。だが何を起こすか分からん。必ず武官を連れて行け」


「はっ!」


「そなた達には謝罪をせねばならん。知らなかったとの言い逃れは、これだけの証拠を見せられた後ではもう言えん。サラリドが申していたが、全く情けなく、恥ずかしい限りだ」


「我々も行政を預かる者として、謝罪致します。畑違いとはいえ知る機会は幾らでもあったであろう今回の件、ここまで根を深くしたのは、我々の無知がその根本原因でありますから」


「ロウノームスの行政を預かる方々は、編入した後の州に興味をお持ちじゃ無かったですからな」


「我々は目の前の民の事だけしか考えていなかった。特に流行病の後は」


「我々を虐げた者達も、目の前の民にだけは手を出さず、奴隷としなかったのが、王都に来て良く分かりました。今回はそう言っても居られなくなった様ですが」


「エイブ君は、五体満足で健康な体があるのだから、働けば更に復興は進んだだろうに、貴族達はまるで働く事を忘れた様だ。と、チラッと言った事があります」


「エイブが」


「それを聞いた私は耳が痛かったものです」

「何故先生が?」


「私も何も動かなかった人間でありますから」

「そんな! 教授は動けば、御命が危なかったではありませんかっ!」


「それはエイブ君も同じなのです。なのに彼はそんな事を物ともせず動き回り、今日のロウノームスを作り上げたのです」


「本人は自分が作り上げたと思ってないがな」


「今更思うのですよ。エイブ君はクロワサント島で、どれだけ動き回っていたのかと。クロワサント島も流行病の後、けして平和であったとは思えないと」


「先生もそう思うのか。我もそう感じていた。だからこそエイブが居る限り、何とかなると思った。示してくれる方向に向かえば、平和に向かうと」


「エイブ殿は何か起こる毎に、同じ事を言いますね。人を殺すな。人を使えと」


「我も先例に倣おう。そして命じよう。今から行う奴隷の解放は地方の人の助力を請え。なるべく人を傷つけるなと。我等はエイブでは無いからな。出来る限りの範囲で良い」


「はっ!」


「倅達も無事に帰って来るのだぞ」





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