監査。
「街道整備の調子はどう?」
「順調過ぎるぐらいだ。島の人こそ調子はどうだ?」
「大分怪我人は減ったよ。まあ皆、親方の所に送ってるから、知ってるよね」
「本当に彼等に何をしたんだ? 怪我も治って無いのに、仕事を寄越せって煩いぞ!」
久しぶりに王都に帰って来た親方から、作業現場の様子を聞く。
活気があって良い事だ。
「打ち合わせを始めるか」
この先の街道整備をどうするかの、話し合いを始める。
「道はこのままで良いと思う。問題は橋だ」
「そういや1本目の大橋の地点まで、後ちょっとだな」
「前回作った橋の様子はどうだ?」
「良い感じだ。この組み合わせは使えそうだぞ」
「ほう。じゃあこれをここに使うのはどうだ?」
何度か打ち合わせをしていく中で、大まかに決めていた大橋の図面の上に、組み合わせた模型を持って行く。
「この大きさで組み合わせるか」
更に絵が書き込まれていく。
「では、ここはこんな感じでどうだ?」
「ふむ。それなら木材はこれぐらいの太さが良いな」
「間の漆喰の割合を今、少し変えています。使えるかどうか、街道を見て貰いたいです」
次から次へと、アイデアが書き込まれていく。
全く見事なチームプレイだと、つくづく感心する。
「ついては、現場に来て貰うぞ島の人」
「はい?!」
「それは良いですね。現場の喧嘩が少なくなりそうです」
「いや僕は!」
「大丈夫だ。姫様と、ちゃんと現場で会わしてやるから」
「嫌ですってば~!」
力の限り抗ったが、親方達の腕っ節に負け、ずりずりと引っ張っていかれる。
「準備も何もしてないですし~!」
「そうだったな! 島の人の荷物は纏めて、数日後にこちらへ向かう、工夫達に預けてくれ! マスタシュ頼んだぞ~!」
「後始末の押し付け!?」
「話し合いましょうか、マスタシュ」
僕が最後に見た王宮の景色は、ガシッとサラリドさんに捕まえられたマスタシュだった。
「ちょっと親方~!?」
「現場を見て欲しくてな。工夫達の士気は高い。工具も材料も送られて来る。なのに作業効率が悪いんだ」
「儂達も道具か材料か仕事の割り振りかと、しきりに考えた。思い付いたものは皆で確認もしたが、何をしたって効率の悪さは変わらない」
「もう何も考え付かないんだ。一緒に来て、現場を見て欲しい」
「島の人、頼む」
引っ張る親方達の腕から、何とか抜け出せたのは、現場に向かう馬車の中。
こんな準備万端のだまし討ちを掛けるほど、切実なのかと頬が引き攣った。
「僕は現場を余り良く知らないんです。見たって判らないと思います」
「構わない。今のままじゃ、工夫達の士気も下がりそうなんだ。島の人が現場に来てくれたら、それだけで大分変わる」
僕の周りを取り囲む、親方達の真剣な眼差し。
こりゃ駄目だ。
梃子でも動きそうにないと、僕は深く深く溜息を吐く。
何で親方達に囲まれながら、憧れの旅をしなきゃいけない?
ケラスィンと一緒に、旅行が出来なかった鬱憤は晴らさせて貰おう!
「しょうがありません。少し早いですが、監査させて貰いましょう。覚悟は宜しいですか?」
「島の人?!」
余り迫力ないだろうなぁと思いつつ、親方達を睨む。
「街道整備に使われた、全ての書類の動きを調べさせて貰います。向こうに着いたら、全部出して貰いましょう。ついでに読み書き計算出来る、助手を付けて下さい」
「は? 書類?」
「材料や工具などの、物の動きの受取は纏めてあるでしょうね? あと工夫達に対する、支払いはどうなってます?」
「ちょっと待てっ! そんなの必要なのか?!」
「当たり前ですっ! 無いんですか?」
ギロンと睨むと、不思議そうに僕を見て来るだけだった、親方達が仰け反って、視線から逃れようとする。
「ちょうどまだ王都です。逆戻りして貰いましょうか? サラリドさん辺りに頼めば、現場に何が運び込まれたか、調べて貰えますから」
「……了解。行政府に戻るぞっ!」
「おうっ! ついでに1晩貰えるか? 家にあるかもしれない書類を探して来るわ」
「儂もくれ。女房にも会いたいしな」
「では私は一足先に現場に戻りますね。私も書類を探さねば」
「ついでに、現場で読み書き計算出来る人を、探しといて貰えると助かります」
「私にも必要なので必ず」
「頼みます」
これで1晩余裕が出来た。
しばらくケラスィンに会えなくなるから、充電しとかなくっちゃっ!
「じゃあ、明日の今ぐらいの時間に、行政府に待ち合わせで良いですか?」
「書類も受け取らなきゃいけないしな。了解だ」
「儂は途中合流で良いか? ついでに弟子を連れていく」
「む? 何故だ?」
「もちろん島の人の監査の、対応をして貰うのよ」
「聞こえてますよ」
親方は気まずそうに、ぽりぽりと頭を掻く。
「すまん。だが弟子の方が詳しいだろう。儂は現場の事位しか、頭に入っとらんからなぁ」
「そのアイデア使わせて貰う」
「僕も詳しい人が居ると助かります。あと街道整備の書類の再発行は、行政府に僕が頼んでおきます。館へ戻るついでに」
「すまん。助かる」
「こちらこそ。明日からしばらく、よろしくお願いします」
「おう! また明日っ!」
僕を王宮の入り口前で下ろし、馬車は街中へと帰っていく。
「あ~、まいったぁ。現場に行くなら、打ち合わせをしとかなきゃなぁ」
書類を頼むついでに、サラリドさんと打ち合わせをするべく、僕は行政府に向かった。
戻るんじゃなかったと、僕は始終思わずには居られなかった。
何故なら書類を頼みに、行政府へ向かったのが運の尽き。
再発行に1晩、僕は駆けずり回され、ケラスィンに会えないまま、現場に連行されたのだ。
「ケラスィ~ン! 会いたかった~!」
「エイブ、元気そうで良かったわ」
「元気じゃない~! でも今、元気になったっ!」
「そう。元気になったなら、良かったわ」
久しぶりに会えたケラスィンは、本当に可愛い!
2人きりだったら、もっと良かったのになぁ。
チラッと周りを見るが、にこやかにこっちを見るだけで、全く引いてくれる様子は無い。
さすがに公式訪問だけあって、海へ行った時とは大分雰囲気が違う。
警備の人はいるし、侍女さん達もいる。
こんなんじゃ、きっと気分転換にはなってないよなぁ。
「思っていたより、堅苦しい旅になっちゃってごめんね、ケラスィン」
「そんな事ないわ。王族としての役目を、果たしている気になれるもの」
「役目なんて果たしてなくていい。目の前にケラスィンが居るだけで、僕は嬉しいよ」
「いつもそんな風に言ってくれて、ありがとう。私の方こそ嬉しいわ」
むぅ、また冗談だと思ってるな。
どちらにしても、自分の役割について悩んでいるケラスィンには、僕の本心じゃ、ちっとも心に響かないんだろう。
ケラスィンが本当に喜びそうな内容は~?
そう考えて、僕は口を開く。
「今ケラスィンの存在は、ロウノームスと各州との友好の象徴になってるんだよ」
「どういう事?」
「ロウノームスが大事にしている存在が、街道整備の視察に来ている。ロウノームスは街道を通じて、本当に友好を結びたがっているんだって、州側も感じるはずだよ」
「私の存在が……」
呟いたケラスィンは、ますますお仕事モードな表情になってしまった。
少しでも自然なケラスィンの笑顔を見たくて、僕は言った。
「お茶しよう! 親方達がここにテラスを作ったのは、今日お茶をする為なんだ!」
「お茶? 準備して来なかったわ」
「大丈夫、準備してみたっ! 始めてだから不手際もあると思うけど、ケラスィンに試して貰いたい薬草茶があるんだ。飲んでみてくれる?」
「喜んで」
笑顔が出た~!
やっぱりケラスィンは可愛いなぁ!
姫様不足
「ケラスィン~、会いたい~」
作業の仕方で、よく喧嘩をしていた親方達が、島の人による作業調整で大人しくなってからこの数日。
食堂の机にしがみ付き、島の人はうわ言の様に呟き続けている。
「島の人が切れたな」
「何か島の人が浮上するアイデア無いか? 大橋が出来上がるまで、居て貰わねば」
親方達がこそこそ相談を始めている。
「数日前まで、バリバリ監査をしてたのに、島の人はどうしたんだ?」
「親方が大人しくなってから、おかしいよな」
島の人の純愛を知らない仲間達が、不審そうに見ているが、自分には分かる。
「姫様不足になってるな。あ~見てらんね~」
「ビシバシ仕事してて、格好良かったのにな~」
「それだけ姫様の事、好きなんだな~」
あちらこちらで訳知り顔の、同じく分かっている仲間が、でかい独り言で呟いている。
「ちょっと待て? 島の人が呟いているケラスィンって、ロウノームス王の従妹姫か?!」
「命の恩人兼1目惚れだそうだ。奴隷にされそうな所を、助けて貰ったんだと」
王都出身の者達が、更に追加情報をくれる。
「命の恩人?!」
「そうらしい。まあもっとも、片思いらしいんだが」
「姫様は全然気づいてませんでしたよ。2人の掛け合いは、神殿の者達の良い娯楽です」
「姫様が神殿に?」
「それどころか、自分は看病までして貰いました」
「そうか。お元気だったか?」
「はい。本当に心配して貰いましたよ。惚れるのも分ります。島の人なりに、頑張って口説いてたんですがね」
「お似合いだと思うんだがな」
「本当に」
「実はな。姫様がこの現場まで、視察に来られるという噂があるんだ。ガセだと思ってたんだが、神殿に姫様が来られてたとなると、本当かもしれん」
「本当か?! だが姫様より王が来られる確率の方が高くないか?」
「そうだな。だがもし姫様が来られるなら、島の人が口説き易くなると思わないか?」
「どうだろう? 島の人だからなぁ」
「口説き易い雰囲気作りをするのはどうだ? 橋にテラスを作るとか」
「それ良いな! 親方達に上げてみるか!」