看護。
「お世話になった」
「まだ全快してないからね。自分の身体は大事にしてよっ」
「命拾いしました」
「これは薬草です。あと使い方。きちんと毎日取り替えて下さい」
「ありがとう」
「気をつけて」
本日は工人達の集合日だ。
だいぶ良くなり、動ける様になった怪我人達も、工人達に合流し現場へと向かう。
ボランティアで看護人を務めてくれた、街の女将さんや娘さん達と、現場へ出発する元患者達の、別れの挨拶があちらこちらで神殿に響く。
中には現場の恋人への伝言を頼み、請け合う声も響き合う。
別れの場面なのに明るく、浮足立っている雰囲気まで感じられた。
そんな中、ケラスィンの表情は暗く重い。
「まだ怪我も治りきって無いのに、街道整備の仕事を始めさせて、良いのかしら?」
「ケラスィン。元老院の手が届き易いここに居るより、向こうに行く方が彼等は安全だよ。現場には信頼できる仲間が居るし、事情を知る親方達も居る」
「そうなんだけど」
「大丈夫。全快するまで絶対、現場に居る周りが、彼等に無理をさせないよ」
「そうよね。その為にお薬も持たせているものね」
「薬草の植木鉢は、良い目印らしいよ。誰が無理出来ないか、すぐに見分けが付くって、親方達からも好評だ」
「まぁっ!」
やっとケラスィンの表情が緩んだ。
嬉しくて、もっと見たいと意気込んだ僕は、更に話を続ける。
「皆が持って行った薬草を、全快した後も大事に育てているから、そのうち居住地は薬草の産地になりそうだよ」
「そんな事が?」
「居住地の横に、畑を作って居るそうだけど、食料より薬草の区画の方が、広がりが早いらしいんだ。工事の工程の打ち合わせに帰って来た、親方が言ってたよ」
居住地は男性ばかりでなく、区画分けして女性も住み、主に細かい作業を女性が受け持っていた。
女性の管轄には、畑の世話や日々の食事の支度も入っているので、工夫達の食材庫である畑の広がりは、早いだろうと思っていたが、何故か薬草も、負けずに広がっているらしい。
「どんな感じなのかしら?」
「気になるよね! けど、食料と薬草が入り混じってる、館の畑のカオスには負けるはず!」
1人うんうん頷く僕に、ケラスィンが笑ってくれたので、とても嬉しい。
やっぱりケラスィンの笑顔は良いよなぁ!
嬉しくて、ケラスィンを見つめながら、僕は顔が緩むのを抑えられない。
でも、最初の頃の神殿は紛れもなく戦場だった。
あちらこちらで、痛みを訴える者。
うなされ、悲鳴を上げて飛び起きる者。
容態が急変し、目の離せない状態が、しばらく続く者も続出した。
「駄目だ。手が足りない。このままじゃ神官様達が倒れてしまう」
1日目で気付かされるほど、神官様達の疲労は強い。
「看護する者が看護される者になる、悪循環だけは避けたい。だけど、どうすれば」
そう1晩看護をしながら、悩み続けていた僕の前に、大工の親方の女将さんが現れた。
「島の人、今日はゆっくり休んで、夕方に代わってくれないかい?」
最初、何の事だか分らなかった。
多分、ボーっと女将さんの顔を見上げていたと思う。
「マスタシュ! 島の人をベットまで御案内だよっ! 終わったら、お前もベットに直行! 良いねっ!」
近くで、同じく1晩中看護にあたっていたマスタシュが呼ばれ、僕を館に戻そうとする。
「ちょっと! どういう事?」
「疲れてて、頭が回って無いな。女将さん達は看病を代わってくれるだけ。顔色悪い」
「マスタシュ待ってっ! 本当に?!」
驚いて尋ね返すと、マスタシュは頷き、女将さんが答えてくれた。
「さすがに夜間は無理だけど、昼間なら看護を代われると、街の有志が揃ったよ。本当に顔色が悪いからねぇ。ゆっくり休みな。何かこの人の看護で、気をつける事は無いかい?」
「背中の傷が酷いので、出来るだけ背中が下にならない様に。でも腕も怪我をしてるので、こまめに上下を入れ替える必要があります。あと薬はこれを使って下さい」
奥方の指示の元、作られたお薬を女将さんに渡す。
「朝の薬は交換したばかりです。後は昼と夜。夜は僕がしますので、昼の交換をお願いします」
喋っている内に、少しずつ頭が回ってきた。
回って来たら、とても気になる。
「女将さんは毎日昼に、応援に神殿まで来てくれるんですか?」
「毎日は無理だねぇ」
「そうですか」
「だが、代わりの者が来るからね。安心して昼に休みを取っておくれ? 夜は看病出来なくて申し訳ないから、その代わりなんだがねぇ」
凄い。
1晩悩んでいた難問が、あっさりと解決してしまったっ!
昼間は女将さん達で看病し、夜は神官さん達や僕が看病に入る。
これなら誰も倒れなくてすむ。
「甘えちゃって良いんですか?」
「甘えておくれよ。島の人には随分世話になってるからね。恩返しさっ!」
「何にも世話した覚えないですよ?」
「それなら、持ちつ持たれつって事で。夜はお願いするよ」
「はい。看護お願いします。甘えて休ませて貰います」
「ゆっくり休みな」
「はいっ! 助かりましたっ!」
後は覚えてない。
起きたらもう夕方で、館の部屋のベットの上だった。
多分マスタシュが、僕をベットまで引っ張って行ってくれたんだろう。
「起きたか?」
僕が目を覚ましたのを知ったかのごとく、マスタシュがドアから顔を覗かせた。
「そろそろ女将さん達と交代の時間だ。軽い食事を作ってあるから、食べて行けって侍女さん達が言ってるぞ」
「ふあぁあああ。分かった~」
ご飯に釣られ、食堂に向かった僕は、侍女さん達から猛攻撃を受けた。
「じゃあ、そういう事でっ!」
「はい~~~~っ」
助かるけど良いんだろうか?
館の人達に、夜の看護を手伝って貰って?
「数日置きに、1回徹夜するぐらいだ。甘えれば良い」
そうマスタシュは言うが、何だか関係する人達が、どんどん増えて行ってる様な……。
「いつもの事じゃないか」
「……ソウデスネ」
確かにいつもの事だった。
僕が寝ている間に、館の子供達が摘んでくれていた、薬草を持って神殿に着けば、ざわざわと落ち着きが無い。
「どうしました?」
「1人の患者様が熱を出したんです」
「え?」
「大丈夫です。まだそんなに高い熱じゃありません。ただ、どの熱冷ましの薬草を飲ますかを話し合ってる内に、ある薬草が違う効能を持つって話になっちゃいまして」
「どの薬草?」
持って来た薬草を見せると、1つの根茎を引っ張り出した。
「これです」
「ジンゲロン?」
確か熱冷ましに使うはず。
だが、違う効能があるのか?
「保温効果があるって言うんです」
「熱冷ましと保温じゃ、全く違う効能だね」
「そうなんです。それでおかしいって私は言ったんですけど、同じ意見の人が結構居て」
周りを見ると、大勢の女将さんが頷いている。
「どうやら本当らしいね。これは興味深いな」
「島の人? 笑い事じゃありません」
「無くしたと思っていた、医療の知識が浮上したんだよ! 本当に興味深いよっ!」
一斉にざわつく周囲に、僕は笑い掛けた。
「ジンゲロンは処方の仕方によって、薬効が変わります。生のまま使うと、熱冷ましや解毒。蒸してから乾燥させると、保温や腹下しに。そう言われております」
「奥方?」
「皆様は誠に良い薬師なのですね。是非お知恵をお教え願いたいものです」
「僕もだ。この機会に色々ご教授願いたいな」
こんな機会はめったに無い。
ぜひ色々聞き出し書き留めて、薬草や医療の知識を纏めたいなぁ。
告白
「今日こそは言うんだ! 頑張れオレ!」
ずっと世話になった薬草に向かって呟く。
薬草を見ていると、王都で世話になった人達の顔が浮かんでくる。
ずっと怪我が良くなるのを見守ってくれた、王都の女将さん達や、励まし続けてくれた神官様達。
明るさを届けてくれた子供達。
そして何より島の人。
「思ってたより、ドジな人だったな」
奴隷を自由の身へと開放させ、目の前に故国への道を描いて見せた。
何でも出来る人だと思っていた。
「あ~もう! 何でそんなに包帯巻くの、下手なの?!」
「は~い。あっちで薬作り手伝ってね~」
だが子供達から邪険にされる、島の人を見続けると、そんな幻想はあっという間に壊れた。
「そんなに下手かなぁ? 皆は包帯巻き上手いねぇ!」
「ふ~ん。こんな怪我の時は、この割合で薬を作るんだ。メモっとこ」
そして気付かされる懐の広さと、その純愛。
「皆して、生温かい視線で見てたよなぁ。本人達全く気付いてなかったけど」
確かに面白い見世物だった。
「ホントにそれアタックか? アタックなのか? そして何で気付かない?!」
そう突っ込みたい所は、多々あったが。
「負けられないよな」
明日からは、通常の現場に入る事になるから、会う機会がますます少なくなってしまう。
「力を分けてくれ。頼む」
薬草の鉢を持って立ち上がり、彼女の元へ向かう。
直な言葉を言えない、シャイな男の告白手段。
『王都で貰った鉢植えを気になる子に渡し、薬草を育てて貰えたら愛が育める』
いつから言われ出したのか分からないが、これに賭ける為に。
「頼む。これを育ててくれないか?」