技術の取得。
「ここはどうする?」
「この組み方はどうだ? これが見本だ」
「ほぅ。だが石だと、きっちり組めないんじゃないか?」
「そうなんだ。石が動かない様に、間に詰める物が必要になる」
「何か思い当たる物は無いか?」
「粘土はどうだろうかと思ったんだが、粘土だと雨に弱いしな」
親方達が揃って頭を捻らせている。
そろっと部屋に入ろうとしていた僕は、見本の木組みを写し取っていたマスタシュ達に、揃って視線を向けられた。
今日はそっと覗いて、そっと帰る予定だったんだけどな。
長くなりそうだと、僕は腹を据え、声を掛けた。
「どうしたんですか?」
「島の人か。木組みで作る組み方を石でやろうと思ったんだが、石だと組む部分が上手く加工出来なくてな。何か無いかと悩んでいた所だ」
「石を加工するのは無理なんですか?」
「組めるまで石を削るのはなぁ」
近づいていき見本の模型を見ると、確かに削るのは大変そうな組み方だった。
ふと思いついたのは、見張りをしてくれている子供達の情報。
だがあれは、家の壁だから使えているのかも知れない。
でも、他に良いアイデアは思い付かない。
「実は子供達から、ある情報を聞いたんです」
「どんなだ?」
「でも使えるかどうか、僕には分からないんですよね」
「どこにある? とりあえず見てみたい」
「実は、とある元老院の館の奴隷小屋なんです」
「はぁ?!」
とりあえず見るだけ見たいと言う親方達を連れ、元々向かう予定だった、ある元老院の館へ僕は向かった。
「あれです」
その奴隷小屋は、他の屋敷の奴隷小屋を知る身としては、余りにも異色だった。
違いはその壁の色。
「土が塗ってある?」
「ただの土か? 土にしてはおかしくないか?」
親方達も違和感を覚えているらしく、首を捻っている。
「元は隙間風が吹き抜ける、掘立小屋だったそうです。子供達によると、奴隷の1人が仕事の合間に、掘立小屋に土に水を含ませた物を、塗り付け出したそうです」
「子供達が見ていたという事は、作業に時間が掛っているはずだ。それなのに壁に崩れが出ていないのはおかしくないか?」
「子供達もそれがおかしいと、僕に教えてくれました。でも崩れない壁なら、橋作りに役立つんじゃないかと思ったそうです」
「う~む」
親方達は奴隷小屋を睨む様に見つめている。
この目は見覚えがある。
新しい技術を目前にし、我が物にしようとする目だ。
「親方達。新技術を持つ技術者です。どう迎えますか?」
「どういう意味だ? 相手は奴隷だろ?」
「奴隷ではなく技術者です。気持ち良く、新技術を教えて貰うにはどうするか? です」
元々考えていた事だ。
奴隷となった為に埋もれてしまった技術者に、その技術を提示して貰うにはどうすれば良いか?
まず何より信頼感を感じて貰わなければ、物事は始まらない。
そして生まれに関係なく尊敬して、更にはきちんと登用する事だと思う。
後は親方達の熱意が心を動かすはず。
僕だって、親方達の貪欲な視線が怖いくらいだったけど、でもそれだけ熱心になってくれると、伝え甲斐があったし。
「親方達もご存じの通り、この館から技術者を逃がし、街道の現場に匿う事は可能でしょう」
ロウノームスの現状は、奴隷達にも広がり始めている。
少しずつだが不当に奴隷とされた者達は、故郷へ帰ろうと逃げ始めた。
自分の故郷が力を盛り返し始め、不当な権力行使を跳ね返しているのを知ったのだ。
当然だろう。
「僕達が知らない、新しい技術を知る技術者です。それに相応しい扱いを行う事こそ、信頼を得る第一歩です」
「そうだな」
思い当たる節が何か親方達にあったらしい。
しっかりと頷いてくれる。
「各州出身の工夫達との関係を強化する事も、街道整備における成功の1つです。信頼関係を結べれば、力ずくだの争いだのは、話し合いで解決出来る様になります」
各州出身の工夫達は、元は逃亡奴隷だ。
最初は逃げて来た人を匿い、街道の工事現場へ向かう工夫達と、一緒に街から出した。
作業現場の工夫の中に逃亡奴隷を紛れさせ、その安全を確保してから、それぞれの出身州の使節達に照会を行った。
そうすれば使節達の連絡便と一緒に、故郷に帰れるだろうと思っていたのだ。
だがその予想は外れた。
大勢の逃亡奴隷達は、工夫として工事現場に残ると言い出したのだ。
何故かは全く分からない。
だが奴隷の時と違い、給料も出る。
彼等にとって、ある意味出稼ぎ感覚らしい。
「島の人、技術者をどうする気だ?」
「もちろん、逃亡して貰います!」
「そりゃ願ったりだが、危ない事はするなよ」
「親方達も受け入れ準備お願いします」
「何人連れ込むつもりだ?」
「多分大量?」
「分かった。先に作業村を分けて作らせておく」
今子供達と進めている計画が上手く行けば、王都の奴隷はかなり減る。
つまり、更に奴隷商人達への圧力は増し、それにより非法な動きが更に増え、ロウケイシャン達が尻尾を掴み易くなるという寸法だ。
上手く進めばだが。
親方達と立ち話をしていると、元老院の館の方から視線を感じる様になった。
それに気付いた親方達は館に向き直り、こちらをチラチラ見て来る奴隷達に気付いた。
こちらを見て来る奴隷達は皆、顔色が悪く痩せて居た。
「頼むぞ」
力強く僕の腕や背中を叩き、いかにも立ち話をして居ただけですと言わんばかりに、親方達はバラバラの方向へと別れて向かう。
残るは親方達の力強い激励に悶絶した僕だけ。
「大丈夫かよ~」
「くぅぅ~」
「大丈夫じゃなさげだぁ」
余りの僕の動かなさに、隠れていた見張りの子供達が数人出て来た。
僕のひ弱さにあきれながら、腕や背中を撫でてくれる。
「3日後。場所は分かるね?」
何とか立ち直り、心配げに覗き込んでいる子供達に伝える。
「決まり?!」
「任せといてっ!」
喜び駆け出そうとする子供達の服を、慌てて捕まえる。
「各所への連絡は大人の彼等に頼んで、準備の確認をお願い出来るかい?」
「逃走経路の確認と、打ち合わせだね」
「奴隷小屋は本館から見えない位置にあるとはいえ、油断は禁物だよ」
「分かったっ!」
大人の彼等に任せれば、ロウケイシャンの所に今回の計画が伝わる。
元老院達の目を奴隷に向けない様、何か手を打ってくれるだろう。
「僕はこのまま元老院の館を回ります。残りの連絡をお願い出来ますか?」
「お任せ下さい」
実行予定日まで、残りは3日だ。
急いで各所へ連絡をし、工夫の集合場所と時間を、逃げる気のある奴隷達へ伝えて貰う。
「君達が彼等を導くんだ。逃走経路の途中の協力してくれそうな人に、きちんと声を掛けておくんだよ~っ」
「ちゃんとやるって!」
「心配し過ぎっ!」
君達がきちんとやるのは、分かってはいるんだけどね~。
今回は逃がす人数が多いから、僕は本当に心配です。
再会
「生きていたのか」
「ちゃんと言ったぞ。何があっても生き残ると」
「ああ。言ってたな」
ロウノームスの代官に逆らったとして奴隷にされ、死んだと思っていた親友が目の前に。
私を見て、笑っている。
「奇跡か?」
嬉しさの余り信じられなくて、抱き付いてみた。
ちゃんと感触まである。
「オレも最初は奇跡かと思っていた。お前達の頑張りを神が認めてくれたんだと」
属国として貶めていた州に、自治権を認めるとまで言い切る王。
ここ最近のロウノームスの動きは、私達にとって奇跡としか言い様が無かった。
「だが今回の事で分かった。奇跡ではあるが、そうなる様に動かしてる人が居る」
「何っ?!」
「島の人、知っているか?」
顔を上げ、静かに囁いて来る親友をじっと見返す。
「彼、……が? だが彼は……」
ただ王の信頼を得て居るだけ。
全くロウノームスにおける力を持っていない筈。
「本来奴隷に流されない故郷の情報を流し、聞いて希望を持った奴隷を保護し、安全な場所で不自然じゃない口実を作り、故郷の者と再会させる。それを実行したのが島の人だ」
「バカな?! ただ街をフラフラしてるだけだと?!」
そして街の情報を王に流し、王の判断の元を作っているのが島の人だと、各州から乗り込んで来た我々は考えていた。
「全く力は持っていない。当然だ。島の人はロウノームスの人間ではないのだから」
ロウノームスで生まれなければ、ロウノームスの人間と認められない。
ロウノームスの人間で無ければ、力など与えないのがロウノームスという国だ。
「お前は知っているか? クロワサント島」
「おとぎ話じゃないのか? 南の海の、その先にある島」
出身はそうだと、本人から聞いたと聞かされていたが、全く信じていなかった。
「どうやら現実の様だぞ。彼が全ての変化の源だ」
「信じられん」
どう見ても、ごくごく普通の青年にしか見えない。
「彼の望みを知っているか?」
「私が知るのは1つだけ。ロウノームスと各州を結ぶ、街道の整備」
それを言い出したのが島の人だという事だけ。
「何としてでも叶えるぞ。そう家族に伝えて貰えるか?」
「そんな事を伝えれば、君の家族は州から伸びる、街道の整備に向かってしまうっ!」
「そりゃ良いなっ! 楽しみだっ! どこで家族と会えるやら」