他州の人々。
僕が州長を続投した頃から、北の州には他州から人が流れて来る様になっていた。
クロワサント島の現在の全体像が知りたくて、僕は進んでそんな人々の話を聞くようにしていた。
「どこからいらっしゃいましたか?」
「島都……南の州から、だ。」
「病はどうなってます? どんな状態ですか?」
「島都にはロウノームスからの使者が逃げて来て、滞在していたせいで、9割近くの住民が死んだ。今は鎮静状態だ」
「ロウノームスの使者は無事に島都に着いたんですね」
「ああ。着いてくれない方が良かったな」
「そうですね」
ロウノームスの使者達がちゃんと病について報告してくれていれば、クロワサント島の被害はここまで広がらなかったはずなのだ。
「使者達がどうなったか知りませんか?」
「奴等は皆死んだと聞いた」
ああ、恨んでるなぁ。
僕もロウノームスの使者の対応に思う所あるし、当たり前だよなぁ。
「ご飯とお風呂を用意してあります。今日はゆっくり休んでください」
「ありがとう。仲間と家族、よろしくお願いする」
「はい」
基本的に逃げてくる人達は家族連れが多かった。
皆一様に疲れ切っている状態だった。
「自分は南西の州からここまで逃げてきたが、聞いたところによると7・8割は亡くなってるみたいだ」
色々な州から人が流れてきた。
どうやら流行病はここ北の州と、島都の南の州が一番酷かった様だ。
それにしても……。
「おかしいよなぁ。なぜ北の州はこうなんだ?」
「まったくだ」
他州から流れてきた人々の話を聞いていると、つくづく感じるのだが、北の州の女性陣は逞しい。
危うくそれを声に出そうとした時、いつから聞いていたのか、思わず顔を見合わせた僕と幼馴染(男)のつぶやきを、しっかり拾った女性陣の声が割って入って来た。
「もちろん私達がしっかりしてるからよ♪」
例えば、後先考えずに走り出すように発案するのが僕だとしたら、そこへ辿り着くまでの段取りや道筋を整えていくのは、大概において女性陣だった。
それに追い立てられるのは男性陣で、そうされる事でやる気も出たし、散々助けられもして心強いのだが……。
僕といい、幼馴染(男)といい、女性陣には全く頭が上がらない。
そんな女性陣を押さえ付けるとは、他の州は何と恐ろしい事を。
そして非常に勿体無い事をしているなぁと思う。
「そうだねぇ」
「うん。お前達のおかげだ」
「当然よ!」
あ~、やばかった。
離れていく姐御な幼馴染達を見送って、僕等は冷や汗を拭った。
北の州と他州の違いは、流行病後の対応の差だろう。
北の州はクロワサント島における流行病の元だったから、ここ最近まで他州から人が流れて来なかったのも一因かもしれない。
クロワサント島は本来男女同権で、女性は子供を産む存在として大事にされている。
流行病の前はくじ引き次第で、村長・州長・島長を女性が勤める事もあったくらいに。
しかし流行病を防ぐ為の州境封鎖に始まり、食糧や薬草の統括等は、どうしても力ずくによる対処が多くなる為、自然と現場は男性が指揮権を握るようになっていった。
流行病による世情不安で、荒事に対応したそれぞれの州長もしくは、その州長の血縁者か治安部隊の隊長が権力を持ったのだ。
指揮権=決定権。
人口が減ってしまった為、餓死者が出るほどではなかったが、ここ数年クロワサント島は不作気味で、流行病全盛期にはその収穫を行う人手がおらず、
また収穫物の分配は権力を握った者の個人的認識で行われ、更なる不公平と格差がもたらされているらしい。
「最初はまだマシだったんだ」
「ああ。年々酷くなっていったな」
「お前の所もか」
「ああ。そっちも?」
「だな」
1人が言い出すと、また別の場所から声が上がる。
「今では州長とその周りだけが豊かで、あとは皆食うに困る者が増えるばかりだ」
「うちもその口だわ」
僕は思わず不思議になり、質問を挟む。
「州長に諌言する事は出来なかったのですか?」
「最初は居たんだ」
「だが、あまりに病の広がりが酷すぎた」
始まりは、州境の警護や収穫物の保護などの治安維持部隊だったのに、今では州長の権力保持に使われていて、都合の悪い人間は排除されていくらしい。
州長に諌言出来る人が居なくなり、ますます貧富の格差が広がる一方だという。
「どうやって州境を越えて来たんですか?」
さらに問い掛ければ、口々に逃げ出した際の様子を答えてくれた。
「オレは、州境を見張っている人物が情けを掛けてくれた」
「お前、誰かに口答えしたのか」
「分かるか?」
「当たり前だ」
「そんな貴方はどうなのよ?」
「なけなしの金をはたいて見張りを懐柔したさ」
「同じかっ」
話を聞いていた人達がお互いに肩を叩き苦笑いした。
苦笑いだが笑顔が見れた。
良かった。
「州境はまだ閉ざされたままなのですか?」
「自由な行き来は許されていません」
「たまに他州から商人が州長の所に来ているって聞いたわ」
「州境で金を渡すか、州長からの通行許可印を貰っているらしいな」
「あとは、俺達みたいに無断で抜けて来るかだな」
「確かにっ」
今度は大笑いになった。
いい事だ。
僕もつられて笑ってしまった。
相変わらず州境は閉ざされたままだが、流行病が蔓延していた時のように、見つかったが最期死罪という事はないらしい。
これまでの北の州と同様に、流行病の発生時から、くじ引きはどの州でも行われていない。
くじ引きが行われていたら、ここまで権力の集中は行われなかったんじゃないかと、話を聞きながら僕は思う。
色々な話を聞けた僕は頭を下げてお礼を言った。
「他の州の事を話して下さり、ありがとうございました」
「いやなに。こんな話で役に立っただろうか?」
「もちろんです。北の州にはここ数年ずっと誰も来なかったので、島の様子が分からなくて不安になっていた所だったんです」
「こちらこそ受け入れてもらえてありがたいわ」
「生まれ育った場所を、故郷を捨ててしまったという思いは消えやしないが、こちらも聞いてもらえて少しスッとした」
「そういって貰えると助かります。あと、何か足りない物とかありますか?」
他の州から来た人達には寂れた村の開墾に回ってもらっている。
もちろん食糧や道具などの援助はしっかりした為、大きな不満は出なかったが、本当なら故郷に留まっていたかった人達ばかりだ。
「こちらとしては定住大歓迎ですが、北の州の技術を習いに来た、とか、逆に授ける為に来たとか……とりあえずそんな風に考えてみてはどうでしょうか」
「ははは。技術習得希望の移動は20歳までだけどなぁ」
「裏別名、嫁探しの旅だもんよぉ」
技術習得希望の移動間に恋愛関係が出来て、そのまま移動先で生活をするもあり。
その相手を自分の生まれた村まで連れて帰るもありなので、そんな風に呼ばれているのだろう。
「そういや、お若いの。州長らしいが、嫁はいるのか?」
「……うっ」
そうキタか……。
喉を詰まらせた僕を、嫁どころか、お嫁に来てくれそうな恋人もおらず、婿に迎えてくれそうな女性もいないと見抜いたらしい人々が表情を和ませた。
「まぁ、頑張れや~っ」
「……はい」
ちょっと半泣きになったが、とりあえず頷いておいた。
州長の嫁って雑用係に来てくれる子いるのかなぁ。
10年州長辞められないし。
ホント切実です……。
手紙
拝啓
父上、母上、お元気ですか。
自分は元気にやってます。
急な話なんですが、今度結婚することにしました。
相手は、たまに手紙に書いてたあの子です。
(分かるでしょうか?(笑))
5年前、製陶技術を学びたくてここまで来た自分ですが、こちらに来る前に『嫁さん連れて帰ってこいよ』という励ましを、そのまま実行する事になろうとは全く思っていませんでした。
裏別名、恐るべしです……。
今度一緒にそちらに帰ります。
皆に会うのも久しぶりだなぁ。
今から本当に楽しみだ。
あ! でも大騒ぎにはしないで下さいよっ! 恥ずかしいですからっ!
では、また近日中に。
敬具
P.S. 姉さんには絶対に言わないで下さいよ! 姉さんにバレたら絶対お祭り騒ぎに巻き込まれる~。 頼みます~。
「もう見ちゃってるのにねぇ」
「ホントホント」
「……」
「楽しみねぇ」
「ホントに~」