海。
海だっ!
そして、波際で子供達と楽しそうにはしゃいでいる、ケラスィンっ!
と~ってもいい笑顔。
「来て良かった。言う事なしだ」
「……いや、ある」
「あ、マスタシュ」
「あ、……じゃないっ。説明しろっ」
「え~」
「どうやってケラスィン様を唆したっ」
完全にマスタシュから決め付けられている。
確かにケラスィンに密馬車を勧めたのは、僕だ。
でも来る事を決めたのは、ケラスィンだ。
それだけケラスィンは外へ出たかったに違いないよ……。
始めは何で居るのかと、子供達や街の人達から仰天されていた。
だけど、今やすっかり馴染んでいる。
「皆楽しそうだから良いじゃないかぁ!」
「良い訳あるかぁ!」
「痛い…」
脛に直撃した蹴りが痛い。
「何でケラスィン様が出て来られたッ! さっさと吐けっ!」
「え~…」
ケラスィンに館の馬車を借りられないか尋ねに行った、あの日。
僕はナラティブさんから、ケラスィンが最近ずっと沈んでいると聞かされた。
そこで思い付いたのが、ケラスィンを今回の海行きに誘う事だった。
ロウケイシャンの息子王子達も参加するし、そもそも王様であるロウ自身も、婿候補さん達とは関係なく、街へ御忍びに出ていると聞いた。
それなのに、ケラスィンだけ王宮にほとんど篭りっきりなんておかしい。
ケラスィンが笑ってくれない状況が、正しいはずがない。
そこで僕はナラティブさんにお願いしたんだ。
「ケラスィンが、ここの所元気がなかったのは知ってるだろ? 気分転換に誘ってみたんだ。ナラティブさんも見て見ぬ振りをしてくれたよ」
「密馬車を見ぬ振り?! そもそもケラスィン様からナラティブ様が離れるのがおかしいっ! エイブ、何を言ったっ?!」
「それだけナラティブさんも、ケラスィンが心配だったんだよ。快く協力してくれた」
ナラティブさんが、ケラスィンの海行きの話を、知る必要のある人に伝えているはずだから、ケラスィンが居ないと、館や王宮・王都で大騒ぎになる事はない。
もちろん、王子達の方も前もってロウケイシャンに伝えといた!
「我も行きたい…」
「ロウは、お仕事だっ! 王様、頑張って!」
「エイブ、王様変わってくれっ!」
「嫌だっ! ロウはここの所、ちょくちょく街に出て、気晴らし出来てるだろ。ここは踏ん張って仕事するのが、出来る男だと思うな!」
「くそ~っ! 仕事に一段落ついたら、我も海に連れてってくれ!」
「海行きは今回だけじゃないから。一緒に行けるのを楽しみにしてるよ」
「約束だぞっ!」
「うんうんっ!」
当日までしっかり口止めしといたから、上手く抜け出せたと王子達は喜んでいるだろう。
置き手紙をして来たというケラスィンも、きっと1人で密馬車を成功させたと思っているはず。
ドキドキわくわく感と達成感は、ひとしお……だといいなぁ。
笑顔が戻ったって事は、気晴らしにはなってるよね?
「信じたくない~っ! ナラティブ様がエイブを信じて、ケラスィン様を送り出すなんて~っ!」
「マスタシュ。この事はケラスィンには内緒で」
高揚が落ち着いた頃に、今日の密馬車は上手くいき過ぎていたと、ケラスィンは気付くかも知れないけど、尋ねられない限り、誰もネタバラしをする事はないだろう。
「……分かった」
頷いてくれたマスタシュに笑って、僕は腕まくりをする。
「さ~て、僕もやるぞ~っ!」
「何採る~? どれなら良い~?」
海へ向かう僕に、たくさんの子供達が付いて来る。
どうやら神殿と青年の家の子供達も、仲良くなったらしい。
「エイブに振り回されてる者同士だからな」
後ろでボソッとマスタシュが呟いて来るが、そこは耳を素通りさせた。
「実は僕も分からな~いっ!」
「「ええ~~~!!!!」」
「食べた事あるぞって物を集めるんだぁ!」
「「お~っ!」」
一斉に渚へと向かう僕達を、おかみさんの1団が引き留めた。
「こらこら。それは駄目よ」
「毒があったり、外見が良く似ている物もあるんだから」
「どれが良いか指導お願い出来ますかっ!?」
どうやら、このおかみさん達は海産物に詳しいらしい。
指導をお願いすれば、海産物を安全に持ち帰れる。
「私達も、海産物を拾いに来たからねぇ」
「でも、島の人のお願いだしね。沢山拾ったら見せに来て貰えない? そこから食べれない物を選り分けしてあげる」
「ありがとうございますっ!」
「ただ約束して頂戴。ダメ出しをした物は持って帰らないと」
「何故ですか?」
「エイブが実験に使って、異臭騒ぎを又起こされたら、困るからに決まってるだろ~!」
後ろからマスタシュが僕の口を塞いで来る。
「必ず置いて行かせますからっ! ついでに、どんな料理にすると美味しいかを、教えて貰えると嬉しいですっ!」
「「美味しいご飯~!」」
一斉に子供達が喜びの声を上げるのを見て、絆されたらしいおかみさん達は快諾をする。
「「宜しくお願いしますっ!」」
飛び跳ねる様に、浮かれる子供達を微笑ましげに見つめると、おかみさん達は声を上げた。
「それじゃあ、グループ分けしようかねぇ」
「私は貝を集めに行くわ」
「じゃあ、私は海藻を」
「それぞれ興味のある方へ分かれて付いて行っておくれ?」
「「は~いっ!」」
おかみさん達にそれぞれ引率され、一斉に獲物へと突進していく子供達。
目の前でどんどん話は進んで行くその間、口を塞がれ僕はもがくしか出来なかった。
やっと外して貰えた時には、皆は既に採取に夢中。
「出遅れた!」
「ちゃんと分かっただろうな?」
慌てて渚に向かおうとする僕を、マスタシュが睨みつけて来る。
「分かったよ。今回はちゃんと置いて帰る」
「今回は?!」
「ほら早く~! どんどん集めて一杯持って帰ろうっ!」
目指すはケラスィンの側っ!
楽しそうな笑顔のケラスィンを、至近距離で眺められる機会なんて、滅多にないっ!
力一杯満喫しないとねっ!
そうして皆でたくさんの貝と海藻をお持ち帰りした。
海行きの朝
「出発されたわね」
館から街へと向かっていく馬車を見送り、つい声が零れてしまった。
昨日はケラスィン様が密馬車出来る様に、島の人と相談する隙を作る事に気を遣い、安全な隠れ場を作る為に動きまわった。
「ナラティブ様、宜しかったのですか? 誰か付いて行った方が良かったのでは?」
後ろからパーパス様が声を掛けて来る。
その心配は良く分かる。
私も随分悩んだ。
だが、ここの所のケラスィン様のお元気の無さは、その悩みを押し込めてしまう程だった。
だから、島の人が気分転換にどうだろうかと声を掛けて来た時、快諾してしまったのだ。
「街の者も一緒なのでしょう?」
「はい。思っていたより参加者が多くて。ビックリしております」
「街の者にケラスィン様は好かれております。皆が姫様を守ってくれるでしょう」
「もちろん皆が動く事でしょう」
ケラスィン様の最後の砦はきっと島の人だろう。
だが問題が起こった時、街の者は島の人を出さない様、動くだろうと想像がつく。
今の街の活気は、島の人に負う所が非常に大きいからだ。
「問題を起こすとすれば、元老院でしょうか?」
パーパス様が、私の心配を見透かす様に声を更に掛けて来る。
本来ならもう1つ、各州の動きを気にするべきだが、その心配はしていない。
各州の代表者達は、自州の自治権を得る為に、王に積極的に協力してくれている。
そうそう王の不興を買う動きはしないはずだ。
だが、元老院は違う。
もともと王族を形ばかり敬い、勝手に国を動かしていた者達だ。
元老院の処分がまだ出来ていない今、元老院こそがケラスィン様への危険の元凶。
「今日のケラスィン様の海行きが、元老院にバレなければ良いのです。そこでパーパス様に1つお願いが」
「何でしょう?」
「ケラスィン様の海行きを行政府に伝えて貰えませんか? アクスファド先生とご一緒に」
「囮に使われますか」
「バレなければ良いのです。着替えをご用意致しております。見つからない様に、行政府に行かれて下さいませ」
そして、元老院を始末する手伝いをして来て貰えると非常に助かる。
「エイブ殿の抜け道を使わせて頂きましょう」
「はい。宜しくお願い致します」