前準備。
大勢の子供達を乗せられる馬車を所持していて、貸し出してくれそうな所など、僕は神殿以外思い付かない。
「またですか……」
「……すみません」
一瞬マスタシュに顔を向け、何を嗅ぎ取ったのか、僕に渋い顔をしてくるクウィヴァさん。
何故か頭を下げてしまう。
「何の用です?」
「馬車をお借り出来ないかと。青年の家の子供達と海に行きたいんです」
無理難題を言うつもりはないんです。
神殿で使っていない日に、お借り出来れば良いんです。
そういう気持ちを込めて伝えてみる。
「海?」
「貝や海藻などを取って来て、保存食を作れないかと思いまして」
「……ラスルさんをお呼びしてきます」
どうやら気持ちが伝わったらしい。
あっさり睨み顔から僕を開放し、クウィヴァさんはラスルさんを呼びに行ってくれた。
「ようこそ。今日はどうされました?」
奥から出て来てくれたラスルさんは、いつもの様ににこやかに応対してくれる。
つい先日クウィヴァさんから釘を刺されたばっかりだけど、仕方ないよな?
皆で行こうと思うと、どうしても馬車は必需品だもんね。
僕は海行きの件をラスルさんに話し、馬車と御者を借りられないか尋ねる。
「お話は分かりました」
反応は悪くなくて、すぐに頷いてくれるかと思ったのだが、ラスルさんからは予想外の言葉が続く。
「それならぜひ、うちの子供達も連れて行ってくれませんか?」
「神殿の子達と青年の家の子供達。う~ん。全員合わせたら、1台の馬車に乗り切れないよなぁ」
「ボクくらいの年長連中だけ行く事にしたらどうだ?」
マスタシュがそう提案してくれた。
確かに、年長の子供達だけなら、手も掛からないし進行スピードも断然違う。
だけど、置いてけぼりは寂しいからなぁ。
それに年少の子供達だけで、青年の家に残すとなると、何かあった時の対応を、館の大人達にお願いしないといけない。
独立独歩をモットーにやって来ただろう、子供達の頑張りを僕が無駄にする事になる。
いっそ1台で行く事に、拘らない方がいいかも知れない。
「他に馬車と御者を借りれなかったら、そうするしかないね」
もう紙漉きやら、種苗やらで色々助けてもらっている事だし、こうなったら海行きも街の人達を巻き込んじゃえっ。
各州への紙漉き指導には、大人子供の混合編成で行って貰うんだし、今から顔合わせをして置くのもいいはずだ。
「クウィヴァさん、お願いが…」
「まさか、街の人達に馬車を借りるんじゃないだろうな?」
ギョッとした顔でクウィヴァさんが僕を見て来るが、それが一番いい方法だ。
「子供達だけで行くより、街の大人達が一緒に行ってくれれば、目も手も増えるし、凄く助かると思いませんか?」
「そうですけど、一緒に行ってくれる方は居るかしら?」
どうやら、ラスルさん本人も海へ行く気になっているらしい。
「街の皆さんも、そう大きな馬車は持っておられませんよ?」
「大人は皆足があるんだ。交代で歩けば、大丈夫だと思うんだけど」
「チビ達を馬車に乗せて貰えるなら、ボク達年長組も歩き組に回る」
「どなたが馬車を持っていたかしらね?」
この中で一番街に詳しいクウィヴァさんに、僕達の視線は集まった。
「……案内はしますけど、貸借の話はご自分で付けて下さいよ?」
「もちろんっ! 助かるっ!」
種苗を頼みに行った時の様に、クウィヴァさんに案内されながら、街のあちこちを動き回り、馬車と御者を借りられないかと声を掛けまくった。
「まあ、その日なら使わないから良いけど、馬車を何に使うんだ?」
「青年の家と神殿の子供達と一緒に海に行こうかと」
「海? 海に何をしに行くんです?」
「ほら。何かすると思われてる。ボクだけじゃない」
「何をって、貝や海藻類を取りに行くだけなんですが」
「保存食ですか?」
「はい。たくさん採って来て、一杯保存食を作ろうかと」
「追加参加はOKですかね?」
「もちろんっ! 賑やかなのは大歓迎ですっ!」
海行きの参加者を募集し……。
さらに、館の馬車を借りれないか、ケラスィンにお伺いを立てる。
「もちろん使って頂戴。でも誰かが使っている様なら、その馬車は遠慮して頂戴ね」
「お店に食料を運び込んだ後の馬車は、借りても良い?」
「その辺りは私では分かり兼ねるから、分かる者に聞いて貰えるかしら?」
「分かった。ケラスィンありがとう」
本当はケラスィンと別れてすぐ、馬車を借りられないか聞きに行くつもりだったが……。
「ケラスィン、元気無い?」
どう見ても、いつものケラスィンじゃない。
島の幼馴染達に似たその目の輝きが、今日は全く見られない。
「私は元気よ。ありがとう」
絶対嘘だ。
心配になって、ケラスィンの後ろに控えているナラティブさんを伺ったが、どうやら体調を崩している訳では無いらしい。
「ケラスィン、何かあった?」
「何も。海行き、楽しんできて頂戴ね」
ちらっと、ケラスィンの顔に羨ましそうな表情が出た。
館から出られない自分に煮詰まって、ケラスィンの元気が無いんだろうか?
「街の人達にも、海行きに声を掛けてみたんだ。本当に賑やかになりそうで楽しみなんだ」
「良かったわね」
やっぱりおかしい。
ケラスィンの笑顔が全然見られない。
いつもなら、ニコッと笑顔がもらえるのに。
「ナラティブさん、お店の馬車の使用状況って分かりますか?」
「私も分かり兼ねますが、分かる方の紹介を致しましょう」
「お願いします」
ケラスィンから離れて貰える様な口実を作って、ナラティブさんに話し掛ければ、すぐに乗って来てくれる。
ケラスィンの様子は、ナラティブさんから見ても、やっぱりおかしいらしい。
ここならケラスィンに声が聞こえないという箇所まで、しばらく2人で歩いて行った。
「ナラティブさん、ちょっとお話いいですか?」
「ええ、構いません。ケラスィン様の事ですね」
僕はこっそり、ナラティブさんと話し合いをした。
「どうして、こうなったんだ……?」
そうマスタシュがぼやくくらい、当日は大人数で大移動=キャラバンになった。
「エイブ~っ!」
「今回は僕のせいじゃない~!」
「何とかしろ~!」
そうマスタシュが喚き立てる気持ちが分かるほど、馬車や人達が目の前に揃っている。
「今日は参加ありがとうございます。海への道が分かる人の後ろを、ちゃんと付いて行くように。はぐれたら各自王都に戻るようお願い致します」
「「おうっ!」」
「「よろしくねっ!」」
「ちなみに僕は分かりませんっ! 道が分かる方、居られたら手を上げて下さい~っ」
「「分かるぞ~!」」
「手を上げている方々の後ろに付いて行きますっ! 本日はよろしくお願い致しますっ!」
「先頭は僕が担当させて頂きます。道が分かる方はそれぞれ距離を置いてばらけて下さい。それでは出発します」
海行きの道が分かるクウィヴァさんは、パーパスさんに頼んで強制参加にさせて貰った。
クウィヴァさんは街の人達と顔繋ぎもバッチリだし、伝言役も頼める。
道行の時間潰しにクウィヴァさんからパーパスさんの武勇伝を聞くのを、僕は非常に楽しみにしていた。
護衛の人
「こんにちは。貴方の王子の次の護衛担当の日はいつですか?」
それがオレが今ここにいる、そもそもの始まり。
「じゃあ、その日にします。よろしくお願いします」
意味不明な事を言うと、エイブ殿はさっさとオレの前から離れて行った。
後ろにいるマスタシュ君が、気の毒そうにオレを一瞬見つめて来たのが非常に気になる。
街の人達から島の人と慕われているエイブ殿は、全く持って型破りな人だ。
王宮をずかずかと歩き回り、あらゆる場所に首を突っ込み、助けを必要とする者にその手を差し伸べようとする。
普通王族や貴族が助けの手を出す時、周りにいる信頼出来る者にやらせ、自分は館から動かないものだ。
もっとも王族本人が動いてしまうと、護衛の役目をこなすのが非常に大変になるので、その方が我々としてもありがたい。
だが、エイブ殿はその己の手を差し伸べる。
その手を払う者にさえ、分からない様に手を回そうとする。
少し前までパーパス殿が似た様な動きをされていたが、元老院に目を付けられ、ケラスィン様が居なければ、存在ごと抹殺されていた事だろう。
あの方が居たから、王都は王都として存在出来た。
そうでなければ、今頃王都は貴族と奴隷だけが住む街になっていた事だろう。
「だが、これは無いよなぁ」
朝早くに寝床から抜け出す王子達を追いかけ、そのまま見守って館まで行くと、
「任せたよ」
にっこり笑って、エイブ殿から馬車の御者を任された。
これまで館に向かっていく王子を、見守るだけで止めなかったのが悪かったのか?
それとも一緒に、紙漉きや畑仕事をこなしてしまったのが悪かったのだろうか?
オレが御者役を任された馬車に、青年の家の子供達がどんどんと乗り込んでくる。
「王子? どちらへ?」
「海だよっ! よろしくねっ!」
「はぁ~っ?!」
「あれ? エイブに何も聞いてない?」
「何も聞いておりませんがっ?!」
「今日は、青年の家と神殿と街の人達合同で海に行くんだよっ!」
「貝とか海藻とか一杯集めて、保存食を作るんだってっ! 楽しみだねっ!」
楽しそうにしゃべる王子達の笑顔を見て、オレは色々諦めた。
「減給で済めば良いんだけどなぁ」
「その分保存食回すから、元気出せ」
「馬車の動かし方、教えてね」
エイブ殿を止めないのか、青年の家の年長組。
それから、イベント事は、前もって教えといてくれ。
準備と覚悟を決めとくから。