種苗集め。
もう既にケラスィンの館の庭園には、一見美しく見えるように、野菜が植えられているのは知っている。
けど、美より量だっ!
そう僕は主張したいっ!
王宮の敷地は広くて、各州からの婿候補さん達や、ロウノームスのお偉いさん方が立ち入らない場所はいっぱいある。
僕がここへ来た当初、探険して回るのに駄目出しされなかった所には、畑が出現した事に苦情を言うだろう人は、まずやって来ない。
「うん。良いねぇ」
せっかく、こんなに平らなのだ。
あとは耕すだけで、種が蒔ける。
まさに、打って付けっ。
「なぁ、マジでやるのかぁ?」
「食料が増えるのは嬉しいけど、止めとかない?」
「何で? 誰も来ないし、食料増産は出来るし、ぴったりじゃないか」
「でも、王宮だぜっ!?」
「王宮だからこそ、1番に食料増産を図らないとねっ! 目指せっ! 民の臨時食料庫!」
口々尋ねて来る青年の家の子供達に言い置いて、僕は駆け出す。
「お~い! どこに行くんだぁ!?」
「もちろん、植えるモノを探しにっ! ここ耕しといてね~っ!」
振り返り、後ろ向きに走りつつ答えた。
「その為に道具を持って来させた?」
「もちろんっ! 使えそうだろ?」
「使えるだろうけどさぁ」
「任せたよ~!」
子供達に後を任せて、種苗集めに僕は回る。
王宮の庭を畑にするのを、子供達は不安そうにしていたが、何故か僕のお願いは聞いてくれるし、戻って来る頃には、それなりの土地が耕されているだろう。
気張って、集めて来ないとなっ!
まずは神殿っ!
「分けて貰える野菜の苗とか種とかありませんか?」
「有りますけど、何に使われるんです?」
「もちろん食料増産に!」
「どちらで?」
ラスルさんが心配そうに聞いてくるが、その辺は笑って誤魔化そう。
「青年の家の子供達の、食材の種類を増やしてあげたいんですよ」
「それは……」
神殿にも子供達が大勢いるから、ラスルさんも共感してくれている様子だ。
そこで僕は1つ提案する。
「余りが出たら、物々交換などどうですか?」
「同じ物を交換ですか?」
「いえいえ、加工品ですよ。それぞれ工夫して、加工した物を交換するんです」
「加工……」
「一番簡単な所で、保存食ですかね? 日持ちする様に加工した物を交換するんです。それぞれ加工の仕方が違うと、味も変わって楽しいと思うのですが」
そう説明すると、ラスルさんが話に乗ってきてくれた。
「それは子供達も喜びそうですねっ!」
「神殿で、食料を保存食に回すのは大変だと思うのですが」
「いえいえ。毎年かなりの量を冬用に加工してますから」
「へぇ~! どんな加工をされるのか、また教えて貰えますか?」
「良いですよ。後で何かに書いておきます」
「じゃあ、これ使って下さい」
さっと、種苗を分けて貰えたら、渡そうと思っていた便箋セットを、懐から取り出した。
「詳しく書いて貰えると、青年の家の子供達が喜びます」
「分かりました。ちょっと待って下さいね」
渡した便箋を嬉しそうに受け取ってくれ、更に種苗を探しに、神殿の奥へと戻っていくラスルさんの後姿を僕は見送る。
「良い人だなぁ」
「良い人なんです。だから振り回さないで下さいね。ケラスィン様の為なら何でも致しますという方なんですから」
「パーパスさんの……」
「クウィヴァと言います。神殿で主に街の人達との連絡係をしております」
何で睨んでくるんだ?
ラスルさんにそこまで迷惑を掛けた事は無いはずだ。
「街の人達との連絡係って事は、誰が街で家庭菜園しているか、クウィヴァさん知ってる?」
「……知っていますが」
「教えてくれない?」
「何故かお伺いしても?」
「もちろん種苗を分けて貰いに! 神殿と一緒の苗だけだと、交換が難しいからね!」
「それはそうかも知れません。それに私も持っていない種苗が有れば、分けて頂きたいですね」
「だよねっ! クウィヴァさん、教えてっ!」
「……分かりました」
戻ってきたラスルさんが、僕に都合の良い希望を述べながら、種苗を渡してくれたのが後押しになって、渋々クウィヴァさんは街へと僕を案内してくれた。
クウィヴァさんに案内され、色んなおかみさん達から種苗を分けて貰ったが、日を置いて何回かに分けていたら、あっという間にマスタシュの耳に入ってしまった。
「こんな場所に畑を作っていいのか?」
あ、マスタシュがぼやいている。
しかし、今回の僕はもう理論武装を用意してあるのさっ。
「ロウノームスの食料増産は急務だと思うっ!」
「それは分かってる……」
「もう芽が出ている箇所もあるんだしさっ」
もらったからには、植えていかなくっちゃなっ。
どうせなら色々試したいし、もらった種や苗はとにかく全部植えてみた。
すぐに収穫出来そうな物あり、保存食にも出来そうじゃないかと思える物もあり。
あれ?
事後承諾?
やったもん勝ち?
これって、理論武装じゃないなぁ。
まぁ、いいかっ。
どうやら王宮の敷地に畑を作っている事に、マスタシュは罪悪感を覚えているらしい。
同じく巻き込み済みの青年の家の子供達が、そんなマスタシュを慰め出す。
「マスタシュ、諦めろ」
「変人の勢いに、オレ達じゃ勝てるわけがない」
その言い方だと何だか、まるで僕が皆を悪の道に引っ張りこんだみたい。
人聞きが悪いじゃないか~。
「大丈夫、大丈夫~っ」
「……エイブ」
「……はい」
マスタシュから名前を呼ばれて、僕は恐々と返事をする。
「次は何をする気だ?」
「育てて、食べる」
「それは、そうだろう。その次、畑関係以外で、何をやらかそうと思ってるんだ? って聞いてる」
やらかす、って、だから人聞きが悪いよ~あははっ。
いや、誤魔化し笑いは止めておこう。
まだマスタシュに身長は追い越されてないけど、僕の方が上目遣いをしている気分になるのは何でだろうな~。
「え、え~っと……海に行きたい、かなぁ。貝と海藻取り」
「子供の足じゃ、1日じゃ海へは行けないぞ」
「むむぅ」
海へは、馬車なら物凄く朝早くに館を出て、無駄な休憩を挟まなければ、ぎりぎり日帰りで帰って来れる距離だったはず。
馬車か~。
島で旅に出た時に、ちょこっと動かしただけだなぁ。
まず馬車を借りる手はずを整えて、それから御者をしてくれる人も募集する、と。
よし、そうと決まればっ。
「畑は任せた~っ! ちょっと行って来る~っ!」
「待て~いっ!」
「止めないでくれ、マスタシュ。大丈夫だから~っ」
「ここで止めても、どうせ行く気だろ。ボクも一緒に行く」
「何で~?」
「勝手に動かれて、知らない内に何かが降り懸かって来るよりマシだ。……たぶん」
マスタシュ、そう悲観しなくても。
海に行くだけ~。
変な事をする予定はないよ~?
家庭菜園
「島の人が食料の種苗を欲しがってるってさ~」
「へぇ~。何にするんだろう?」
「青年の家の子供達の食事の材料にするんじゃないかい?」
「食べ物じゃなくて、種苗なんだろ? 子供達用なら、すぐに食べられる物を欲しがりそうだけどねぇ」
「さっき聞いたら、子供達と畑仕事がしたいんだって。皆で作って美味しく食べて、余ったら保存食を作るそうよ」
「畑仕事ねぇ。ウチもやってみるかねぇ」
「そういや、あんたの妹さん、農家に嫁に行ってない?」
「そういうあんたの所は、弟子が田舎から出て来たんじゃなかったっけ?」
「皆で心当りを聞いてみて、少し分けて貰えるか聞いてみるかねぇ」
「ついでに軽く育て方も聞いて、家庭菜園作って育てない? 島の人が枯らした時用に」
「良いわねぇ。上手く育てられたら物々交換なんてどうかしら?」
「楽しみだわ。ウチの食事に一品料理が増えそうね」
「「違いないっ」」
ドッと笑う家内達を見て、島の人に聞こえなかったかと、ちらっと眼を向けると、職人街を引き上げていた足を途中で止め、楽しそうにこちらに笑ってくる島の人が居た。
「本当に種苗を手に入れないと、島の人をガッカリさせてしまうな」
そのまま何も言わず、引き上げていく島の人を見送りながら、ポツッと呟く。
「保存食が主目的だろうなぁ。俺達が旅の食料が貧しいって言ったから」
「色々試すんだろうさ。でもそれだけとは思えないね」
「じゃあ何があるんだ?」
「食料不足が深刻化してるって話が有るんだよ」
「本当か?」
「各州が自州用に食料の囲い込み始めるらしい。島の人が連れて来た姫様の婿候補の1人が、話のついでに言ってたのを聞いたんだ」
「ちょっと待てっ! 弟子は、田舎は今治安が悪くて、食料生産どころじゃないってっ!」
「それはヤバい。家庭菜園を早めに作ろう」
「ああ。保存食をガンガン作って貰わないと。俺等も冬が越せなくなるぞ」
「空き家を撤去して、跡地を畑にするのはどうだ?」
「どんどんやろう。どんどん広げろっ」
「王都中が畑だらけになりそうだなっ!」
「「違いないっ」」