職人街。
オリエースト州を皮切りに、ロウケイシャンと僕は、次々と街へ見学に来た婿候補さんを捕まえては、話し合いを重ねていった。
「そなた達の望みは、自州の健全化であろう? 代官の罷免権は欲しいか?」
「欲しいですね。罷免権が有ったら、代官など全て追い出してましたよ」
「罷免権の全てをやる訳にはいかん。それは分かってくれるな?」
「しょうがないですね。でも本当に頂けるのですか?」
「こちらも下手な代官を送って、悪いと思っているのだ。調整を掛けさせてくれ」
「その調整の話し合いには、混ざっても宜しいですか?」
「もちろんだ。意見を述べて貰えるとありがたい」
「譲歩を引き出して見せましょう」
「お手柔らかにお願いする」
各州との接点を太く出来るのはもちろん、ロウケイシャンと行政府の繋がりも次第に強くなっていった。
おかげで街道計画だけではなく、奴隷商人の件も一層進展している様だ。
「裏付け捜査が始まってます。隙が無い様、各州に書類の問い合わせも始めました」
「各州に書類って残ってるの?」
「書類はバッチリ残って居るそうです。代官が暴動で急に追い出されましたから」
「それぞれの州に婿候補さん達が書類申請担当を?」
「その方が、より良く証拠が集まりそうですからね」
つまり窓口係さんは、担当している州への窓口と、ロウケイシャンの方の窓口とを、両方兼ねているって事か。
「よく頭がごちゃごちゃにならないなぁ」
「元老院関係に対してだけ、おべっかを使えば良いですし」
「でも忙しんじゃ?」
「ロウノームスが良い方向に向かうのが直に感じられるんです。それぐらい嬉しい悲鳴ですね」
ロウノームスが変わる為の忙しさなら、何のその! らしい。
「頑張って!」
「はいっ!」
まあ、こんな話が出来るのも、ロウケイシャンと婿候補さん達が、これからの関係をどうするかで盛り上がっているからだ。
僕は州の人に会うたび、ちゃっかり紙の宣伝をする。
紙に対する州の人の食い付きは良好だし、話を盛り上げる切っ掛けとして、紙漉きについての話をし、職人さん達と親しく会話をしてもらう。
そうこうしている間に、ロウケイシャンと婿候補さん達の間でやり取りが始まり、親しく話し始めると、僕はチラッと窓口係さん達から話を聞く。
皆一様に、手応えとやる気を見せて応えてくれる。
活気があって良いよなぁ、本当。
これなら紙を広めに行ける可能性はかなり高い。
青年の家の子供達には、ちらっと紙漉きを広める役目をして欲しいという話をしたけど、職人さん達にはまだだったよな~と思い出した。
そこで早速、次の職人街見学の時、紙漉き技術持ちの職人さん達に、技術講師の旅行へ行って貰えるか打診してみた。
始めは子供達の様にキョトンとされ、それから苦笑い。
「つまり各州の現地までの旅になるんだな?」
「はい」
なんで、そんな顔なんだろうか?
ロウノームスから出る事を、不安に感じているだけの表情ではない。
「こっちにとっても勉強になるだろうから、行くか、行かせるかしたいが……なぁ?」
「だなぁ」
話をしていた職人さん同士で、顔を見合わせ頷き合っている。
そんな様子にただ首を傾げていると、職人さん達が言って来た。
「ロウノームスの王族から各州への友好の証なんだから、普通に旅をするよりは、荷馬車も用意してもらえて、断然快適なんだろうが……」
「なるべく宿場町で、現地調達も出来るんだろうが……」
「現地調達? 紙漉きの材料なら心配ないよ?」
「いや、違うんだ」
「そうなんだよ、飯の問題だ」
僕は目をぱちくりだ。
「順調に町に泊まれればいいが、野宿がな……」
「虚しくなるんだよな、あの携帯食を食べていると……」
「固いパンに、干し肉だろ」
職人さん達は一斉にどんよりとしてしまう。
「祟り病や、その後の飢饉を乗り越えてきているから、多少耐性はあるがなぁ」
「うんうん」
つまり、旅の間の食事に不安があるから、技術指導に行くのに躊躇するという事か。
「旅の食事が良くなれば、問題は無い?」
「問題はあるが、大きな不安は解消されるな」
「簡単にうまい旅行食が出来てたなら、今頃もっと旅は快適だったはずだ」
「違いない」
「……」
これは、何とかしないとな。
このままじゃ技術指導に向かう人が、誰もいない事になってしまう。
そんなわけで、僕には次の課題が出来た。
目指せっ! 美味しい、旅のお供っ!
「まぁ、話は分かった。人選はしておくよ、島の人」
「お願いします」
職人達と別れ、ケラスィンの館へと戻る道々、僕は考えに考えた。
旅に持って行くんだから、日持ちして、嵩張らない物。
重いと他の物を持ち歩けなくなるもんな。
そうじゃなくても取らなきゃ命に係わる水は、旅の必需品。
だが、と~っても重い。
街道沿いに必ず川や池が有る訳無いし、職人達が言ってたように、必ず街に泊まれる訳じゃない。
それなりの量の水を確保してなきゃいけないはずだ。
そうなると持てる量は限られてくる。
如何に嵩を少なくし、軽くするか。
これが旅に持って行く食料には、必要不可欠。
そして、痛みにくい保存食。
持ち歩いていた食料が痛んでいて、食べて体を壊したりしたら、旅の最中だ。
命に係わる。
それに取るなら栄養価の高い物の方が良い。
旅は結構体力を使う。
馬車で南の州まで行った時も、のんびりの旅路だったにも拘らず、結構疲れたもんなぁ。
思い付くのは島でも作った、貝の佃煮に、それから魚の塩漬け。
野菜や魚の、干した物。
後は北の州では作れなかったけど、南の州の特産品チーズ!
そのまま食べるのではなく、組み合わせれば、スープやシチューに出来る。
味噌もいいなぁ。
飲みたいなぁ、お味噌汁~。
パンには同じく保存食のジャムを持って行ったり。
ジャムといえば、やっぱり疲れた時には、甘い物っ!
さて何から、作ってみようかなっ?
どうする?
「聞いたか?」
「技術指導か?」
「だが、紙漉きで今1番指導力があるのは、島の人だと思うんだが」
「違いないっ」
「動きたくないんだろ?」
「何でだ?」
「ケラスィン様の周りに、婿候補が群がってるからさ」
「なるほどっ!」
「だが、技術指導を口実に、島の人からどんどん技術指導をして貰う事も出来るな」
「あと、神殿や館の子供達を引き連れて行くのも手だと思うぞ」
「子供達?」
「島の人の傍で、1番紙漉きを見て来たのは子供達だからさ。細かい所は俺達より詳しいはずだぜ」
「確かになぁ!」
「子供達を引率して、技術指導に行くかっ!」
「良いねぇ!」
「でも、子供達を旅に連れて行くなら、しっかり食事は取らせないと。無理をさせれば、すぐに熱を出すわねぇ」
「そうなのか?」
「子供だもの。自分の限界など気付かずに無理するわよ。周りは新しい場所、新しい人。興奮もするでしょうしねぇ」
「子供達を連れて行くなら、医者の同行が必要か?」
「お医者が居れば安心だけど、無理じゃないかしら。せめて薬だけでも携帯しないとね」
「薬かぁ」
「どのあたりの薬が必要になりそうか、リスト上げてみる?」
「島の人に渡したら、何とかしてくれそうよね」
「ついでに2日酔いの薬もリストに入れといてくれ!」
「もう! 旅先でも呑む気なの?!」
「旅先だから、美味い地酒がありそうだ!」
「違いねぇっ!」