属州の悲願。
「良い点をエイブ殿はずらずら並べましたが、悪い点ももちろんあります」
「ちょっと~?」
何言ってるんだよぉ!
今は街道整備に乗り気になって貰う事が一番だろ~?
焦って止めようとする僕を、ロウケイシャンがこのまま見てろと首を振る。
……何か訳でも?
目で聞いても、ただ黙って首を軽く振るばかり。
そんな僕達には一切気を向けず、更に話を進めていく、窓口係さんとオリエースト州の婿候補さん。
「分かっています。良い影響が早く来るという事は、悪い影響は更に早く回ってくるという事ですね」
「その通りです。我ら行政府の者が一番恐れを抱いているのは、各州がそれぞれ手を握り、ロウノームスに軍を進めて来るという事です」
「そんなに見たいのならば、ご期待に応えますが?」
「見たくないから言っています」
「それでは、何が言いたいのです?」
僕も婿候補さんと同じで、窓口係さんにそれを尋ねたい。
街道計画の1番始めに、道を整備すれば各州から攻められやすくなる、という悪い点が出たけど、それを婿候補さんに言って、どうするんだ?
そんな疑問に対して、窓口係さんが問い掛ける。
「貴方の州は、貴方がロウノームスに留まる事を認めているのですか?」
うわっ! ズバッと言ったなぁ。
それは確かに僕も気になる。
窓口係さんが悪い点を話題に出したのは、その点を承知の上で、ロウノームスが街道計画を進めている事を、知ってもらう為だったのか?
例えば婿候補さんがロウノームスに留まる事を、肯定した場合。
婿候補さんは悪い影響の意見が出た場合、実際にロウノームスへの軍を進めようとしない為の、ロウノームスと州の繋ぎ役を望まれる事になるだろう。
そういう意味では、ケラスィンの婿候補というより、元老院への建前にしてある、人質という言葉がしっくり来てしまう事態も起こりえる。
……まぁ、これは深読みし過ぎかも知れない。
どちらにせよ、婿候補さんひいては州が、どんな気持ちでロウノームスに接していこうとしているのかを量れる。
とにかく僕は頭を切り替え、婿候補さんと窓口係さんの遣り取りを、焦らずに聞こうとした。
周りの皆もそうだったらしく、店は固唾を呑んで静まり返る。
婿候補さんはちらっとそんな周りを見渡し、仕様が無いと言わんばかりの溜め息を1つついた。
「それは、ロウノームス次第だと国元では考えています」
「ロウノームス次第とは?」
更に溜め息が目の前で吐かれる。
窓口係さんの質問に、今度は婿候補さんが尋ね返して来た。
「貴方は、ご自身が持参した手紙の中身をご存知ですか?」
「アクスファド教授の?」
「はい。そうです」
「今が動く時だと書いてあったと聞いています」
僕もアクスファド先生が手紙にそう書いたと思っていたけど、実は違ったのだろうか?
現在、各州の窓口係となっている使者達に、先生からの手紙を手渡したのは僕だ。
先生から手紙の詳しい内容を聞き出せなかった事に、何だか責任を感じてしまう。
「大きく言えばその通りです。中でも我々が1番引かれたのは、『ロウノームスが変わろうとしている。その流れを我々に良い様に変えないか』という部分です」
「……正直ですね」
「我ら属州の者は、ロウノームスとの関係をずっと変えたいと悲願しておりましたから」
「悲願とまで言いますか……」
「ロウノームス本国の貴方方は、属州の現実をお分かりで無い。目の前でどれだけの者が奴隷にされたり、亡くなっていったとお思いか」
「……代官は?」
「それを更に煽ったのが代官です。代官が州に入って来てすぐ、我々は『代官を信じるな』と学ばざるを得ませんでした」
余りの情けなさに同じロウノームスの行政官として、窓口係さんは撃沈した。
食堂中、口篭っていく中、ただ1人声を上げたのがロウケイシャンだった。
「良くロウノームスに対し、反乱を起こさなかったな」
「戦に負けたばかりの我々に、反乱を起こす余裕などありませんでした」
「ロウノームスに力の無い今なら可能であろうに」
「我々は平和を求めているのです。民の幸福を平和裏に求められるなら、いくらでもロウノームスに潜り込みましょう」
窓口係さんに代わって、ロウケイシャンと婿候補さんが会話を重ねていく。
「うむ。やはり手伝ってほしいな」
「何をですか?」
そして、ロウケイシャンが啖呵を切った。
「そなたらを苦しめた代官の親玉潰しだ。そうと知ったなら、容赦はせんっ! ロウノームスの恥さらし共がっ!」
「さすがっ! ロウ恰好いいっ!」
「エイブ、茶化すなっ! で、どうだ?」
「……どこまで、して頂けるのですか?」
「根元までだ。それでロウノームスが倒れようが構いはせんっ!」
それに意を唱えたのは、撃沈していた窓口係さん。
「いやっ! そこは構って頂きたいと……」
「あっ、復活したっ!」
「昨夜のお話、全面的に協力させて頂きます。今の話を聞かされては、全力を上げて取り組まざるを得ません。ただし、国が倒れるのは御免です」
「その辺の駆け引きは、そなた達の方が得意だろう? 任せる」
「……何とか致しながらの根の掘り返しに、全力を尽くします」
どうやらロウケイシャンと行政府の間の、思惑がまとまったらしい。
婿候補さんは自州と相談の上になるのか、何も明言しない。
州での代官の悪行の数々を並べ立ててもらうという手伝いにも、少し時間が必要だろう。
それを目にして、僕の口から出て来たのは、
「頑張ってね~!」
だった。
「エイブ殿、他人事のように言わないで下さい」
「他人事だからね」
「そうだったな」
「そういえば、エイブ……さんは、ロウノームスの人ではないのですか?」
「僕はクロワサント島の出身でして」
ロウノームスの王族であるケラスィンを好きになったという注釈が付くけど、基本僕はただの島民Aなのだ。
「クロワサント、……聞いた事が無いですね。では、エイブさんもケラスィン様の婿候補なのですか?」
「そうだよ。でも負けないからねっ!」
あ、宣戦布告しちゃったよ。
出会い頭じゃないし、まぁいいか~。
マスタシュも怒ってないし?
……横は見ないで置こう、そうしよう。
「はぁ。そうですか。それで先程言われていた紙というのは?」
「よくぞ聞いてくれましたっ!」
各州が乗り気な今なら、街道計画は行政府に任せておけば着々と進んでいくに違いない。
という事で、僕的に本題の紙っ!
「例えば、このお店のチラシ。……1枚、下さいっ」
「ほらっ」
「ありがとうっ。この紙はケラスィンの後援の元、日々試行錯誤中なのですが……」
ケラスィンの名前をしっかり挙げたのには、訳がある。
街道計画はロウケイシャン。
製紙事業はケラスィン。
どちらともロウノームスの王族主導で行っている事だと、ぜひ心に留めてもらいたいからだ。
ロウノームスの王族は失ってはならない、欠かす事の出来ない存在だと。
「どうでしょうか?」
僕は渡してもらった紙を、オリエースト州の婿候補さんに回した。
紙の話さえ出来れば、婿候補さんが食い付いて来る自信はある。
「これは、教授からの手紙と似た製造法の紙ですね? 書きやすそうで良い紙だと国元でも評判で、私もとても気になっていました」
「でしょうっ」
このチラシは便箋用よりも、ちょっと肌理が荒いが問題なかったらしい。
「この紙を我が州に買えという事でしょうか?」
「既に出来上がっている物は商品ですから、買取して頂くと助かります。ですが、街道計画が実現したら、この紙の製造法を無償で教え広めたいと考えています」
「無償でっ?」
「はい。各州の現地に出向きます。ロウノームスの王族であるケラスィンからの友好の証として」
よし、ちゃんと驚いてくれた。
ここで驚いてくれないと僕としても困る。
「向かう先の現地で、材料や場の提供を準備してもらえると、とても嬉しいです」
「それならば、今すぐに教えて頂く事も可能ですか?」
「出来る事は出来ますが、書面だけで教えた場合、ちょっと問題が……あはは」
笑って誤魔化せっ。
と思ったのに、横からマスタシュが断言して来る。
「あれは、ちょっとどころの問題じゃない。物凄く酷かったっ! ちゃんと説明っ!」
「……うぅ」
「何の事です?」
「何も知らずに紙漉きをして、ケラスィン様の館の庭や協力してもらった神殿での様に、各州で異臭騒ぎや小火が起きたらどうするんだ? 大騒ぎになるぞっ!」
偽情報を掴まされたと勘違いをして、各州がロウノームスに疑心暗鬼になってしまう。
それはマズイ。
「え……?」
当たり前だろうけど、途端に婿候補さんが心配顔になってしまった。
「だだだ大丈夫ですよ。そ、そうだっ! まだ街の見学の途中ですよね? 紙製作を手助けしてくれている職人さんの所へ一緒にいきませんか? 案内しますよ」
最近、王宮の方へばかり行ってしまって、紙製造の現場に顔を出していなかったから、僕としても丁度いい。
「おっ! 島の人、見学に来るのか? 案内するぞっ!」
「お願いしていいですか?」
「もちろんだっ!」
そうして僕は、店に来ていた職人さんに声を掛けてもらい、ロウケイシャンと婿候補さんと窓口係さん、それからマスタシュも一緒に、食堂から職人街へと足を向けた。
まず、紙漉きの見学が良いかなって思ってたんだけど、職人街についたら、逆に声を掛けられて、あっちこっちへ引っ張り込まれた。
そんな僕に呆れ顔をしつつ、マスタシュがしっかりとロウケイシャン達の案内を務めてくれているから安心し、僕は久しぶりに職人さんとがっつり話をした。
引き金
「ここのところ店に来ないが、島の人はどうだ? 何をしてる?」
「敵情視察だって」
「敵?」
「ケラスィン様の婿候補だよ。次々到着する婿候補の謁見を覗き見し、苦手な晩餐会に毎日出席して、貴族達に嫌味を言われているらしい」
「覗き見ってそりゃ何だ?」
「嫌味?」
「王の相談役が羨ましいらしい」
「実力もないのにか? 島の人はお騒がせな人だが、行動力だけはあるからな」
「次々事を起こしてくれて、火の粉はこっちに飛んでくるし、とんだ迷惑だよっ!」
「それで、婿候補さんに、宣戦布告は済ませたの?」
「ちゃんと自制させてるっ!」
「あら。まだなのね」
「その内、婿候補さんをここに連れて来るんじゃないか?」
「止めろっ! 本当に連れてきそうだっ!」
「……マスタシュ、あれ」
「げっ! マジで連れてきやがったっ!」
「まさか、王?!」
ちきしょうっ!
本当に連れて来るとは!
それも大きなオマケ付きでっ!
周りが一斉に動きを止めたが当然だ。
「……エイブ、ちょっと」
「マスタシュ? 何怒ってるの?」
「良いから来いっ!」
「分かったってっ! そんなに引っ張らなくてもっ!」
確かにここなら、王と各州の代表者達が秘密の会談をするのに最適だ。
ケラスィン様は居ないし、元老院の息が掛かっている者もいない。
全くっ!
エイブはちゃんと分かった上でやっているんだろうが、突然巻き込まれる方は堪ったもんじゃない。
「どうするんだよっ! これっ!」
フリーズする店内を差し、現状収拾をエイブに求める。
「すぐに食べれるお薦め料理をお願い」
「任しとけっ!」
そのたった一言で、皆が一斉に動き出す。
「怒りたくなるけど、止められないんだよな」
騒ぎの引き金はエイブだが、それを見事に納めてしまうのも又エイブだから。