ご当地料理。
「一体どこに連れて行くつもりだ、エイブ?」
「ケラスィンから聞いた事ない?」
「あそこか? 庶民的すぎないか?」
「庶民的だから良いんじゃないかっ! ロウは行ってみたいと思わなかった?」
「思ったな」
「あそこなら顔馴染だし、少々の我儘なら聞いてくれるしさ」
「確かに、エイブが連れて行くなら、少々の事には目を瞑ってくれそうだな」
「そうそう。って! どういう意味だよっ!」
「そういう意味だが?」
うう~。
確かに迷惑かけてる覚えは山の様にありすぎる。
あるが、あの~、窓口係さん、笑い過ぎです……。
そして、婿候補1号さん、貴方は呆気に取られ過ぎ……。
石も転がってないのに、平らな道で転びそうです……。
「だが、確かに従妹殿に話を聞いてから行きたかった。機会を貰えた事に感謝する」
「僕はそこしか店を知らないのさっ!」
「威張る事かっ!」
言い合うロウケイシャンと僕を宥める様に、窓口係さんが尋ねて来る。
「まぁまぁ。ケラスィン様が出資されている街の食堂で良いのですね?」
「知ってる?」
「お噂だけは。私も行くのは初めてなので楽しみです」
そうしてやって来たのは、お馴染みのお店。
こうした飲食店は州の方でも珍しいのか、オリエースト州の婿候補さんもおっかなビックリ興味津々だ。
もちろん、お店の従業員側も興味津々。
「エイブっ! 何で連れて来たっ?」
「だって、興味あるって」
「だからって、連れて来るなっ!」
「だって……他に店、知らないし」
「アホかぁ!」
店に一歩入った途端、マスタシュに裏へと連れて行かれ、怒鳴られてる僕の横から、一斉にお店の中を覗き込む皆。
そんな従業員の様子や、お店の中を面白そうに眺めるロウケイシャン達。
「どうするんだよっ! これっ!」
「すぐに食べれるお薦め料理をお願い」
「任しとけっ!」
一斉に動き出す皆に後を任せて、出て来た僕に、ロウケイシャンは少しホッとした様な顔をした。
「落ち着いたようだな」
「うん。座ろうか」
店の奥の机を占領し、腰を落ち着けても、3人はまだキョロキョロしている。
そんな所へ、マスタシュが果物を持ってきた。
「とりあえず、こいつでも食べといてくれって」
「美味そうだ」
「今の季節のお薦めだってさ」
「戴こう」
ロウは懐から小刀を出し、皮をむき終わると、僕に小刀を貸してくれた。
ありがたく使い、まずはお客さんだよなと、婿候補さんに回した。
何故か店中から一斉に視線を向けられた。
「……何?」
「いえ、……何でも」
小刀を渡した婿候補さんは、呆気に取られた表情に戻ってるし、周りは何とも言い難い表情をしている。
何でもないって感じじゃないんだけどなぁ。
でも、小刀の本来の持ち主のロウケイシャンは楽しそうに果物を食べ続けてるし、良いんだろう。
僕達が、美味しく果物を食べていると、次から次へと料理が運ばれてきた。
「お代わりが必要でしたら、お声を掛けて下さい」
「ありがとう」
目の前には、ちょっと多いけど4人だったら食べ切れるだろう料理が並んだ。
「好きなだけ取って食べて」
見本とばかりに、大皿から適当に少しずつ料理を取り分け、まずロウケイシャンの前に取り皿を置き、次に自分の分を取り分けた。
それを見た窓口係さんも、まず婿候補さんの分を取り分け、次に自分の分を取っていく。
「ロウノームスの王都の民は、このように食べる事が主流なのですか?」
「どうなんだろう? ロウ、知ってる?」
「ここまで皿は並ばないと思うが、たぶんな」
「主流ではないですね。普通は取り皿無しで、取った先から食べますからね」
婿候補さんが質問して来て、ロウケイシャンの答えを窓口係さんが補足してくれた。
「そうなんだ? じゃあ、神殿方式なのかな?」
「そうだと思います。いくつか同系統の店は建ち始めましたが、このお店が、元祖ではないでしょうか?」
「ほう」
相槌を打っている婿候補さんに、今度は僕の方から尋ねてみる。
「オリエースト州では何か面白い食べ方はありますか? ご当地料理とか」
「そうですね。例えばパンではなくてご飯ですが、海鮮丼というものがあります。ご飯の上に海で獲って来たばかりの新鮮な魚や貝を乗せ、タレを掛けて食べるのですよ」
「丼物ですかっ。いいですね~っ!」
僕が賛同すると、婿候補さんも嬉しそう。
「エイブ殿は、丼物をご存知なのですね」
「はい。僕が住んでいた島でも、主食はパンよりご飯でしたから。それに海が近かったので、海鮮丼もよく食べました」
「ご飯というと、たまにスープに入っている、アレか……?」
ロウケイシャンは今一つ、海鮮丼の良さが分からないようで不思議顔だ。
「あぁ、でもやっぱりご飯なら、僕は断然おにぎりだなぁ! おにぎり食べたいっ!」
丼物に敷いているご飯なら、おにぎりにしても美味しい種類のおコメなはずっ!
道が整備される前でもいいから、ぜひとも取引したいっ!
そうなると、おにぎりの中身は何がいいかな~。
どんなのがあるんだろう?
ご当地食材を色々試してみたいなぁ。
ん、待てよ?
各地のご当地食材を取り寄せるまでは、道路整備の計画が立て終わっても、婿候補さん達に帰ってもらったら困るなぁ。
だけどケラスィンの婿になれるのは、候補の中のたった1人。
婿候補から婿に、僕以外がなるのは絶対阻止っ!
でも、帰っちゃったら、街道計画実行の為やロウノームス打破に大忙しになって、僕宛におコメやおにぎりの中身を、送ってくれるどころじゃなくなるだろうし。
これでも食べて故郷を偲んで下さい……で婿候補さん達に送られて来る物を、ご相伴させてもらうのが、ご当地食材取り寄せの一番確実な方法な気がする。
婿候補さん達が、婿候補から外れてもロウノームスに残ってくれそうなのは~?
不純な動機からだけど、僕は妙案を思い付く。
「ぜひロウノームスに残ってくれませんか? 婿候補として来たという事は、実際そうなった場合、ロウノームスに骨を埋める覚悟で来てますよね?」
「……は?」
「思うに、ロウ。婿候補さん方に、元老院に空く穴を埋めてもらったらどうかな?」
「穴?」
「もうすぐ議員を辞職してもらうか、辞めさせる貴族達がいるだろう? その穴だよ」
「……そうなのか?」
「そうだろ?」
あれ?
奴隷商人との結託の証拠を握って、もうするな、と脅かすだけなんて、ぬるいよなぁ?
てっきり、クビにするつもりだと思ってたんだけど。
ロウケイシャンに驚かれて、僕も驚き返してしまった。
とりあえず、元老院が駄目駄目なのは事実だ。
その点、婿候補さん達は各州が送り出してきた代表者だけあって、優秀な人材のはず。
それをケラスィンと結婚出来ないからって、帰しちゃうのは勿体無い。
もちろん元老院の議員になったからには、自分の州の為だけではなく、ロウノームスの事も考えてもらわなくてはならないけど。
「失礼ですが、エイブ殿。私がオリエースト州に行っている間に、行政府でそういう話になったのですか?」
「あ、うん。まだ誰にも話してない。というか、今思い付いたんだよ」
「「「……」」」
あれれ?
ロウケイシャンも、窓口係さんも、それから婿候補さんも、黙り込んじゃった。
まずかった?
見方
「じゃあ、また明日っ!」
「お気を付けてお帰り下さい」
「そちらも良い夢を」
……エイブも帰る様だな。
従妹殿を追いかける様に、エイブが晩餐会を抜け出していく。
我も、ここ連日晩餐会が続き、疲れが溜まり始めている。
……そろそろ席を外すか。
「これより無礼講である。皆々しばし楽しんでゆくが良い」
さて、逃げるか。
側近に目配せしてから、さっと宴の席から立ち上がる。
よしっ! 捕まえてくれたな。
後は、見つからない様にするだけだ。
さくさく我は奥へと向かう。
「今回で、全ての州から代表者達が到着したか。各州が属州としてではなく、独立州として、名前をそれぞれ前面に出して来たのには驚いたな」
「最後の3州は予想通り、グリオース、オリエースト、オシウェストの各州でしたね」
「1番遠いからな。それより、誰が州の名前を出し始めたのか知っているか?」
「エイブ殿ではないのですか?」
「エイブからは何も聞いてない。だが、有りえるかもしれんな」
ロウノームスこそ世界の中心とする我々の自負は、エイブからの視線により新たな見方を教えられ、日々変革を起こしている。
何かが変わったなら、それはエイブの影響だと考え始めるほど。
「無事に、行政府と話し合いが持てましたでしょうか?」
「持てなかったならば、再度持つよう務めれば良い」
「書類のおかしい箇所を見出せず、私共の力不足、申し訳ございません」
「仕方あるまい。我等は書類に不案内だ。だからこそ何としても、書類審査に慣れた行政府の協力を仰ぎたい。奴隷とされた被害者達を自由の身とする為に」
「「はい」」
もっともエイブに見せれば、どこがおかしいのか一発で分かりそうな気がするのが怖い。
エイブに頼りすぎない様、国内の事は、何とか我等で収めないとな。
「各州との繋ぎは、どうなっておる?」
「それも、各州に赴いた行政府の者が、そのまま担当しているそうです」
「我は、各州から赴いた者達と話がしたいと思っておる。何とかなるだろうか?」
「行政府と繋ぎを付けましたら、その旨も伝える様に致します」
「頼んだぞ」
「「はい。お任せ下さい」」