迷子と三枚帆の帆船。
僕は10年前と同様、家を飛び出し港へ向かっていた。
遭難していた子供達が1人も欠ける事無く、帰って来たのだ。
しかも帆が3枚も張れそうな、遠洋用の大きな帆船に乗って……!
「全く全く全く~! あいつら~ッ!」
「全くだ! 心配掛けさせやがって!」
本当なら港に留まっていたかっただろうに、僕が事務に追われている州長館まで知らせに来てくれた幼馴染と、子供だけで海へ出た事を思う存分叱ってやると意気込む。
自分が言い出したせいで、子供達は遭難した。
もし子供達が帰って来なかったら、例えまた幼馴染や保護者達が庇って、許してくれたとしても、とてもじゃないが居た堪れない。
どう償っていいのかも分からないし、子供達の命は償いきれるものではなかった。
遭難から日が過ぎ、子供達の生存の可能性が低くなるにつれて、僕は北の州から逃げ出す事ばかりを考え、
せめてその前に頼まれている書類だけはしっかり終わらせておこうと、かがり火を灯す、寝ずの番以外では州長館に籠っていたのだ。
事務さえも子供達が遭難した事実から、目を逸らす行為だった。
だから実際帰って来た子供達の姿が見えた途端、大急ぎで走ったせいで声は詰まるし、おまけに目から汗まで出て、僕の視界は完全に滲んでいた。
「エイブお兄ちゃんまで泣いてるよぅ」
「当たり前だっ! ほんとに心配したんだぞっ!」
拳骨を喰らわし、しっかり抱きしめる。
良かった。
10人ちゃんとそろっている。
揉みくちゃにしてくる親方の腕をすり抜けて、最後にバナが僕に駆け寄って来た。
「エイブお兄ちゃんなら褒めてくれるよねっ? バナ、一生懸命潮と風の流れを読んだんだっ。ほかの皆はぜ~んぜん駄目なのっ。バナ、頑張ったよっ」
「うん、うんっ。よく、……よくやったな、バナ! おかえりっ!」
「えへへ、ただいまっ!」
10人全員を抱きしめて、やっと僕は落ち着いた。
よく見ると帰ってきた子供達は、みんな揉みくちゃにされ、目を白黒している。
元気そうではあるけれど、ちょっと顔色が悪い。
「バナ、お腹すいてないか?」
「すいてる~。おにぎり食べた~い」
「焼きおにぎり~」
「ぼくはおもちがいい~」
「善哉だと更にいいよな~」
……強者がいる。
当然、皆から一斉にどつかれていた。
「もうすぐお昼だし、今日はみんなでここでお昼にしませんか?」
「だな。今日は仕事になりそうにない」
親方が乗ってくれた。
「じゃあ、ちょうどいいかねぇ。一緒に色々持ってきてもらったんだが」
「おばあちゃんっ!」
一斉にバナ達がおばあちゃんに駆け寄る。
「うん。元気そうだね。良かったよ」
「おばあちゃ~~んっ!」
抱きついてバナ達が大泣きしだした。
「おばあちゃん。お足のほうは?」
「大丈夫だよ、女の子達が連れて来てくれたからね。みんなも元気そうだね」
「はいっ」
周りの大人達が、おばあちゃんにくっついた子達を引き取りながら、凄く嬉しそうに声を掛ける。
おばあちゃんに面識のない大人達は、周りから聞いて、
「北の賢者?!」
一斉に驚いた。
だろうなぁ。
年配の者は病で皆亡くなっているし、おばあちゃんが生きてるのは奇跡だ。
「おばあちゃん、椅子」
「ああ。ありがとう」
「エイブ、すぐに食べれそうな物ばっかり持ってきたよ~」
「気が利くなぁ。ありがとう」
周りを見ると、かがり火から火種を取って簡単なかまどを作り、おもちやら干物やらを焼き始めていた。
さすがおばあちゃんと青年の家の女性陣。
「おにぎりあるっ?」
「あるわよ~。ご飯は炊けてるから、急いで握るわね」
「やったぁっ!」
さっきまで大泣きしていたのに、ケロッとしてバナもおにぎりを握りに行ってしまった。
「家から何か持ってくるわ」
「うちも」
「鍋とかお皿とかもいるわよね」
みんな一斉に動き出した。
「エイブ、良かったねぇ」
「はい……っ」
僕がおばあちゃんに頭を撫でられ、ちょっとぼ~っとしてしまっている間に、宴会の準備が終わってた。
おばあちゃんを中心に円座になって、子供達から詳しく話を聞いた。
突発的な大雨風に見舞われて流されてしまったまでは想像通りだったのだが、流れ着いた先がどうやらロウノームスに行く航路の途中になる小島だったらしい。
なんと、その小島には真水の水場まであったそうだから。
子供達はその小島に座礁していた大きな帆船の損傷の具合を見て、水没しないぐらいまで手を入れて、州都まで乗って帰って来る事にしたのだそうな。
幸運と、バナの才能がなければ、とても無事では帰って来れなかったに違いなかった。
次の日の朝早く、僕は三枚帆の帆船を見に行った。
「皆を連れて帰ってくれてありがとう」
帆船に感謝を囁き、眼を閉じしばらくメインマストに抱き着いていた。
「……エイブ、いいか?」
「わぁっ。びっくりさせないで下さい、親方っ」
後ろを見ると、親方と数人の大人がそろっていた。
「すまんすまん。ちょっと話があってな」
「はい」
しまった。
どれだけ抱き着いたままだったんだろう。
恥ずかしすぎる。
「この船の事なんだが」
「どうでしたか?」
「うん、いけそうだ。ただ大分手を入れなきゃいけないみたいだ」
「そうですか、お任せします」
「おう。任された」
快諾してくれたけれど、親方の表情が晴れない。
後ろの大人達も顔を見合わせて落ち着きがなかった。
「座りませんか? 話が長くなりそうです」
「分かるか?」
「はい。この船の管理についてですよね」
「そうだ。お前が常々気にしていた事が、この船で一気に大きな問題になった」
「はい」
これまで舟は村の共有で、好きな時に使う事が出来た。
だが、この船は特別なのだ。
遠洋にも行く事が可能で、しかも大きさが桁外れ。
誰かの一存で動かすのは危険すぎる。
一気にざわざわしだした大人達と円陣を組み、僕らは船の上で時間をかけて相談をした。
僕が20歳の秋。
州都の皆の意見を何とか取りまとめ、北の州は他の州に先駆けて青年の家の状態を元に戻し、更にくじ引き制度再開に漕ぎ付けた。
そして幼馴染の1人に押し付けられたくじを見て、僕は棒立ちして固まる。
「あ、あの~もしもし?」
それは、州長のくじ。
それをなぜ自分が押し付けられるのか、サッパリ謎だ。
しかし幼馴染は涼しい顔をして、告げる。
「エイブに貸し1つって言ったろ?」
「いつの話だよ! 覚えてないぞ?」
「ほら~。前に、海図の大判本を探してやっただろ? その時の貸しを、今コレで返してもらおっかな!」
「な……っ」
言われて初めて思い出した、借り。
「って事で決まりな! よろしく!」
「……。……や、いやいや、でも。まずいだろっ? 15歳からもう5年間もお飾りやってたんだぞ、僕。更にもう10年は、職権乱用、腐敗の元凶だって!」
なかなか理論的な切り返しだと思ったのだが、幼馴染の涼しい顔は全く崩れなかった。
「大丈夫だろ、うん」
「……おいおいおい」
「誰も反対しないって」
「そうそう」
幼馴染達に押し切られ、更に親方にまで睨まれた。
州長を引き受けないと承知せん! という意味らしい……。
そうして僕は州長を続投する事になってしまったのだった。
新造帆船
「静かにな」
「おう。ばれてないよな」
「……大丈夫だ」
オレと幼馴染は、体調が悪いのを押して港に来ていた。
オレが設計した三枚帆の帆船が、新航海に出る前に焼き払われようとしていたからだ。
このまま沈められるのは悔しく、幼馴染と相談して焼き払われる前に、海に航海に出す事にした。
行く当てのない乗組員のいない航海だが……。
「……手伝おう」
後ろから声を掛けられた。
「親方っ!」
「しっ! 静かにっ!」
声を掛けられ、ビビった俺達に親方が落ち着けと手振りしてくる。
「……親方、体調は?」
「お前達と同じだ。だからこそ来た」
「親方……」
「行くぞ」
「はい」
親方が連れて来てくれた先輩達と帆船に乗り込んだ。
「こいつを一の島に連れて行くぞ」
「「え?」」
オレ等はハモってしまった。
「こいつは絶対残しとかなきゃならない。これは奴も同じ気持ちだ」
「「州長が……」」
「帰れない旅になるが着いてきてくれるか?」
「「もちろん覚悟の上です」」
「おしっ! 出港するっ!」
「「はいっ!」」
暗闇の中、静かに帆船は出港した。