晩餐会。
誰1人欠ける事なく、属州へ行っていた行政府からの使者達が帰って来た。
「ただいま帰りましてございます」
「うむ。ご苦労であった」
「こちらが、オシウェスト州からの代表者に当たります」
「お目に掛かれました事、大変嬉しく存じます」
「よくぞロウノームスに来られた。歓迎する」
「西の属州の方々、歓迎を込めて今宵は宴を開く予定となっております。それまでお部屋で御ゆるりとお休みになって下さい」
「……ありがたき幸せでございます」
「使者の役、ご苦労であった」
「……はい。案内させて頂きます。どうぞこちらへ」
さすがに謁見の間では、ロウケイシャンの傍を確保できなかった僕は、続々と、婿候補達がロウノームスの王宮へと入場し、挨拶するのを影から眺めていた。
そんな僕に釣られたのか、
「なかなか格好良い奴が来たな」
マスタシュが付いて来たり。
「ちっ! 元老院が現実を見ないせいで、各州の代表者達のロウノームスの印象が悪くなるだろうがっ!」
そう、行政府のサラリドさんが、僕と一緒に謁見の様子を見ながら愚痴ったり。
「ロウケイシャン王だけの謁見を行ないたいっ」
と、使者の役を全うした行政府の行政官達が僕に愚痴ってきたり。
「……何をなさっているのです?」
「……敵情視察」
さらに警護の兵達に生温い目を向けられながら、婿候補達がやって来る度に開かれる晩餐会に、僕は頑張って出席した。
はぁ……。
今夜は、元老院の構成者はいない。
さすがに数日連続して宴が続くと、元々歓迎する気のない元老院の者達は、晩餐会に顔を出さない様になってきた。
だが、代わりにその子飼い貴族達が催す晩餐会だから、ロウノームスの力を見せ付け様とでもしているのか、とにかく相変わらず趣味が悪い食事風景だ。
僕は元老院の顔と名前を宣言通り一致させたくて参加しているが、参加者以外の晩餐風景は直視しないように奮闘中。
さすがに、ただの婿候補の1人である僕は、ケラスィンの隣には座れない。
でも大概ロウケイシャンが側にいてくれてるから、悔しいけど……安心かな?
ロウケイシャンの相談役でもあるせいか、貴族達からも結構話し掛けられる。
「どうですかな? 相談役のお役目には慣れましたかな?」
「まだ日々勉強中です」
「役者不足だと思われたら、いくらでも変わりますのでお声をお掛け下さい」
「はぁ。ありがとうございます」
僕が気に食わないなら、話し掛けて来なくていいのですが~。
そう言いたい気分だが、そうもいかないんだろうなぁ。
改めて、実感したけど。
僕は笑顔で会話を裏読みしたりとか、腹の探り合いが、どうにも苦手。
いや、出来ない。
せいぜい猫を被って、丁重な言葉遣いで手一杯。
「おや、エイブ殿、今日も晩餐会に出席ですか。王やケラスィン様の覚えが目出度くなる方法を、伝授して頂きたいほどですな」
「いえ、そんな……」
むしろ僕の方が、どうやったらケラスィンの覚えが目出度くなるか知りたいよっ!
ホントにさっ!
でも今夜はちょっと運が悪い。
肝心の元老院の構成者は晩餐会に参加してないし、元老院の腰巾着の中でも、性質が悪い貴族に捕まってしまった。
「お話し中、申し訳ありません」
これはしばらく嫌味を言われ続けるのかなぁと、うんざりしていたら、サラリドさんが声を掛けてくれ、一緒に居た貴族を僕から引き離してくれた。
「助かったよ」
「今夜は館に帰った方が良いと思いますよ? ケラスィン様もお帰りになるようですし」
ちらっと宴の席のケラスィンを見ると、確かに帰り支度になっている。
「助けた借りと言っては何ですが、今夜の晩餐会で婿候補が全て揃った事ですし、どの婿候補がケラスィン様のお好みか、帰り道に聞いて貰いたいですね」
「誰がするかっ!」
聞いて本当にケラスィンの口から誰かの名前が出たら、僕は絶対落ち込むだろう。
でも、館までケラスィンと一緒に帰れるのは大歓迎っ!
「じゃあ、また明日っ!」
「お気を付けてお帰り下さい」
「そちらも良い夢を」
館に向かうケラスィンの後を追いける。
「エイブ、お疲れ様」
「ケラスィンも、お疲れ様。今日で歓迎の宴は打ち止めらしいよ」
「そうなの? じゃあしばらくのんびり出来るのね」
「……ケラスィンは、誰か気になる人、居た?」
「……エイブは?」
「……友達になれそうな人なら」
とりあえず、晩餐風景に、嫌~な表情を浮かべた属州の人とは、仲良くなれるかも?
感情を素直に表す所とか、仲間だよな、と勝手に断定。
それからケラスィンに会う一番の機会なはずなのに、自分の売り込みに行かない人や、熱く見つめていない人は大歓迎。
「それは良かったわ。同じ婿候補のエイブが仲良くしてくれると嬉しいわ。皆様遠くから来て、心細いと思うの」
「……分かった」
ロウケイシャンと、アクスファド先生の甥の子供達にしたように、面と向かってライバル宣言をするのは、我慢だ我慢。
やはり王宮以外で、話が出来る場所を探さないと。
もちろんケラスィンの館は、却下で!
う~ん。
使者役をした人には、そのまま婿候補達への窓口係になってもらっている。
といっても、行政府の人がたびたび人質の所へ行っていると、元老院に気づかれたらマズイ。
元老院に対して、属州からの人質とは言ってあるが、各地で暴動が起きている今、婿候補は手荒に扱われず、立ち入り禁止区域はあるが軟禁もされていない。
いや、それよりも少数でやって来た属州からの婿候補達が、このロウノームスで何か出来るはずがないと思っているのだろう。
婿候補は、それなりに自由の身なのだ。
僕が属州の人達の考えを知りたいと思っているように、属州の人達もそれは同じ。
やっぱり属州の人も、ロウノームスのお膝元にどんな物が売っているか、街の人々の様子はどうか、が気になって見に来たのだろう。
王宮に缶詰はつまらないしね。
「こんにちは。クロワサント島民、ロウノームス在住のAです」
「む。では我は、生粋のロウノームス人のLと名乗ろう」
ここは市場だ。
窓口係の人から、婿候補の1人が街に出ると聞いて、喜んで追いかけてきた僕達。
「……エイブ殿。それに王まで悪乗りしないで下さい」
せっかく名前を伏せて自己紹介したのに、呆れた様子の窓口係の人がアッサリ僕とロウケイシャンの正体をバラしてしまった。
「エイブ殿はともかく、王はすぐバレるかと思われます。驚かれるどころか、引かれてしまうのは良くないかと」
「えっ?」
「むむっ?」
「……」
ちゃんとオリエースト州の婿候補の人は笑ってくれてるけどな。
いや……正直に言おう、苦笑いだった。
「え~と。……お勧めの店があるので、良かったら昼食をご一緒しませんか?」
こうしてロウケイシャンと僕は、婿候補の1人に話し掛ける機会を手に入れた。
今更だけど、王様自身のお忍びっていいのかな~?
慣れてはいるらしいけど、それはそれでどうかと僕は思うんだけど……。
焦り
「どうしてこれを?」
「預かって来たからです」
「……むぅ」
ここ、北の属州、いや、グリオース州と呼ぼう。
グリオース州で手紙を渡すべき人を、実は国元に居る時から繰り返しリサーチしていた。
その候補の内、最有力候補が目の前で手紙を見つめ、驚く顔をする旧王弟様だった。
「話を聞いて下さるよう、どうか、どうかお願い申し上げます」
深く深く頭を下げる。
本来なら、何年も話し合って決めるべき街道についてだが、返事を待てる余裕は無い。
今は長年言いなりだった行政府に対し、油断している元老院だが、その内違和感を感じ、調べられたら今回の話は終わりだ。
元老院が力を持つ今のロウノームスでは、元老院が『否』と言えば全てが止まり、下手をすれば、アクスファド教授や、パーパス殿の様に壊される。
それは裏・行政府から出された、全ての使者全員が持っている焦りだった。
そんな私に、深く深く吐息を付かれる旧王弟様。
「……兄上と会える様、取り計らおう」
「殿下?!」
「ただし、そち1人だ。それ以外は認めん」
「もちろんです。ありがとうございますっ!」
「……今から行くか」
「宜しいのですか?!」
「ちょうど兄上にお会いする予定だ。1人増えても構わんだろう」
「殿下っ!」
「我らが同胞である教授が見つけてくれたチャンスだ。掴まねばな」
「同感です」
「おや、気が合うな。では行こうか」
「はいっ!」
急いで付いて行く私の後ろから、
「本当に教授からなのですか?」
「もっと調べてからでも良いのでは?」
そう声が上がるのは、当然の事だと私も思う。
「我々が勝手に期待を抱き、動く様促しても動かなかった教授が、初めて我らに動く様に書いて寄越したのだ。今動かずにいつ動くのだ?」
「しかし……」
「兄上に駄目だと言われたら諦める。……それで良いな?」
「……分かりました」