挨拶。
「エイブ殿」
「道中気を付けて。危なくなったらすぐ逃げるんだ。命あっての物種だからね」
「はい」
神殿に僕が居そうな時間を見計らい、旅の安全祈願を行うという口実の元、行政府から各州へ交渉する使者達が、神官長に挨拶をした後、わざわざ1人ずつ僕に挨拶にくる。
ちょっと疑問に思ったけど、都合が良いので気にしない事にしている。
「それと、これはアクスファド先生から。州で見込んだ人に渡してくれって言われてる」
「アクスファド先生?」
「僕の先生だよ。ケラスィンやロウの先生でもある」
今回は場所が神殿だから、勘弁してほしいと逃げられちゃったが、先生は何通もの州の人宛ての手紙を用意してくれた。
反政府組織の一員である先生が作った手紙だ。
行政府からの使者を助けてあげて欲しいとの、中身が書かれているのだと僕は考えている。
「まさか……教授!?」
おや?
先生、有名人ですか?
「知ってる?」
「州出身でありながら、唯一学者として認められたアクスファド教授ですか?! 余りの有能さに元老院から睨まれ、ロウケイシャン王の相談役から、その座を追われたという?!」
「はいぃ?!」
先生ぃぃ?
王の相談役から追われたって、初耳ですよっ!?
「州出身であるアクスファド教授が、ロウケイシャン王の相談役であったなら、ここまで各州と抉れる事は無かったと、裏・行政府では言われています」
先生なら抉らせる所か、州の地位向上をしてただろうなぁ。
「すべての州と繋がりを持っていると言われています。アクスファド教授にお出まし願い、ご教授頂きながら問題解決するのが一番だったのですが」
己の保身を考える元老院が認めなかったのですね。
それにしても、先生の凄い情報を一杯頂いてしまったぞ。
先生から預かった手紙には、僕が思っている内容と違って、もっと濃い内容が書かれているんだろうか?
「危なくなったら、手紙を信頼できる人に預けるのも良いかもしれないね」
「……はい」
大事そうに手紙を受け取り、身の内に入れる姿に、大荷物を押し付けた気分になる。
「本当に、まず命大事だからねっ! それは1番に考えてよっ!」
「分かってます!」
本当に分かってるのかなぁ?
ちょっと僕は不安になる。
だが、おばあちゃんが言っていたように、僕は信じて待つしかないのだ。
そして各州の説得が失敗したとしても、損失が少なくなる様に動くしかない。
つまり、ロウノームスだけで道の整備が出来る様に。
それには大きなお金が必要になる。
旅立っていく人達を見送った後、残りの人達と決算業務といつものちょろまかしに参戦。
「これも行けるね」
「こちらもバレずに減額できそうです」
「良いね。どんどん行こう」
「はいっ!」
各州からの婿候補が揃った時に、多少なりとも話を詰めやすいように、道の整備計画を煮詰めている。
その点、クロワサント島では祟り病後の道の整備を、幼馴染に任せっ切りだったので、僕はあまりお役に立てないから、覗き見。
「橋の建て方に、工夫は出来ないの?」
「どういう事です?」
「見ていると、川幅が狭い所まで遠回りしてるみたいだから」
「……広い所に橋を架けるのですか?」
「そうすれば、遠回りしなくて良くなるよ」
「工人の長に聞いてみます」
「長だけじゃなく、工人皆からアイデアを募るのはどう?」
「……工人の長と相談して募ってみましょう」
「良いアイデアが出るといいね」
「……そうですね」
それからロウケイシャンの所へ顔を出しては、奴隷商人の調査の経過を聞く。
調べていたら、どうやら大物を釣り上げたらしい。
「良い所に来た。今報告を聞いていた所だ」
「何かあった?」
「うむ。続けろ」
「はい」
奴隷を一番必要としているのは誰かを考えれば、繋がりがあっても不思議ではない、貴族達がその大物だ。
「それだけでは証拠が弱い。もっと詳しく調べてくれ」
「それより、その奴隷にされる人達、本当に借金背負ってるの?」
「どういう事ですか?」
「だってさ、居なくなった家族が払えなかった租税が元の借金なんでしょ? いくらでもでっち上げる事が出来るんじゃない?」
「確かにな。それも合わせて調べてくれ」
「本当に売りに出されたら、少しでも助けて上げて欲しいな」
「うむ。……これを。今回の調査費だ。本当に身の危険を感じる者が居たら、身柄の買い取りを許可する」
「……感謝します」
行っても無駄にしかならないだろうけど、前借で給料を貰ってしまってるので、元老院の議会にも足を運ぶ事にした。
単にロウケイシャンに付き合うだけじゃなくて、参加する者達の顔と名前を一致させようと頑張り中。
そんな日々をしばらく送った後、そろそろアクスファド先生が撒いてくれた、各州への伝手からの反応が返って来るんじゃないかと、僕は教室へ向かった。
すると、おや? 知らない顔がある。
「そろそろ来ると思っていましたよ、エイブ君。この子達は私の甥の子供です」
思わず、先生と紹介された子供達を見比べる。
そう言われれば、似てるかな程度。
年齢が違い過ぎて、分かり辛い。
先生の若い頃を知ってる人が見たら、似てるっ! って思うのかな?
それよりもっ!
州から来たって事は、もしかしてケラスィンの婿候補っ?
ちゃっかり婿候補に割り込んだはいいが、対応策は全く浮かんでいない。
しかもマスタシュと同じか、少し小さいくらいのこんな子まで婿候補なんて、どれくらい年齢層が広いんだ?
でもロウノームスには、稚児趣味なるものがあるらしいし……。
「僕はケラスィンが好き、負けないっ!」
気が付けば、僕はそう宣言していた。
アクスファド先生の甥の子供達は呆気にとられているし、マスタシュを始めとする、青年の家の子供達は一斉に騒ぎ出した。
「この馬鹿! 婿候補全員に会うたびに言うつもりかっ?」
「やっちまえ~っ! ビシッとかませ~っ!」
「いきなり喧嘩腰とかマズイんじゃ?」
「初対面が大事だろっ」
「紙はどうなるんだっ! 道も作るんだろっ?」
それを静めたのは、もちろん僕ではなく先生。
「エイブ君、この子達は婿候補ではありませんよ。この教室で一緒に学ばせる事にしたんです」
「そういえば、前に」
州出身でも教育云々と、先生は言っていたっけ。
それを早速、実行してるって事か。
「そうです。それから私の故郷や、いくつかの州は道路整備に肯定的です」
「わあっ」
良かった~。
それなら話し合いだって、スムーズに進むはずっ。
そうだよなっ!
婿候補=道の整備を話し合う為の各州の代表者なんだから、いくら将来が有望だからって、州が子供達を寄越して来るはずがない。
「この子達は違いますが、各州が出してくる婿候補達は、あわよくばケラスィン様と……という思惑を、どうしても捨てられないでしょうがね」
「うぅ……」
そんなアクスファド先生の言葉で、僕はがっくりと項垂れた。
ともあれ先生の甥の子供達には、しっかり勘違いしてごめん、と謝っておいた。
「父上様」
昨日、父上様からお聞きしていた、アクスファド大伯父上様とお会いする事が出来ました。
これまで過ごしていた部屋とは違い、質素な作りの部屋に連れて行かれ、
「狭い所だが、しばらくここで一緒に暮らす事になる」
と、大伯父上様は言われ、私達は頷きました。
ロウノームスに居る間は、大伯父上様の言う通りにするんだよと、父上様に言われた事を守ろうと思ったのです。
でもどうも、大伯父上様は違うお気持ちで居られる様で、私達に言われます。
「明日は、お前達と一緒に勉強する青年の家の子供達を紹介する。それからどうするかはお前達が決めなさい」
そして今日、私は連れて行かれた先で、ケラスィン様にお会いしました。
私達属州を苦しめている、ロウノームスの王族です。
どれだけ酷い扱いをされるかと内心びくびくしながら、でも属州の王族の子として、恐れは見せられないと、表に出さない様に頑張っていた私に、
「そんなに緊張しなくても大丈夫。青年の家の子は皆良い子よ。すぐ仲良くなれるわ」
ケラスィン様は、優しい笑顔を私に見せてくれたのです。
とても綺麗な笑顔でした。
正直ロウノームスの王族が、目の前にいるこの人だと信じられませんでした。
ケラスィン様は、祟り病の孤児達を集められ、青年の家と呼び、大伯父上様に教育を頼まれておられました。
私達は、その孤児達と一緒に勉強をするのです。
机を並べ、一緒に授業を受けましたが、ほとんどの子達が文字の書き方や計算を習っている中、私達と遜色無い内容の授業を受けている子が1人いました。
その子、マスタシュが私達に言ってきます。
「ボク達はスラム出身だが、お前達と仲良くしたいと思っている」
嘘ではないらしく、どんな事にも私達を仲間に入れてくれます。
でも余りにも今までと違う生活に、一日びっくり続きの連続でした。
「外から見るロウノームスと、中の実情は全く違う。良く見て良く考えるんだよ」
一日が終わり、部屋に帰り着きホッと息を付いた私達に、大伯父上様はそう仰せられます。
確かにその通りです。
ロウノームスの王族なのに、ケラスィン様の館には奴隷は居ません。
青年の家は、一緒に大伯父上様の授業を受けているマスタシュに言わせると、「ご飯と寝場所付の、ボク達にとってありがたい仕事場」なのだそうです。
父上様、私は今、本当に混乱しています。
悪魔の化身と思っていた、ロウノームスの王族は居ないのです。
では、何故私達は苦しんで居たのでしょうか?