伝える。
「頑張れよ、エイブっ」
「……ロウまで、ひどい」
こんなに嫌々話している僕に言うセリフがこれかよっ!
「他所から耳に入るより、エイブ君からちゃんと伝えた方が良いと思いますよ」
2人を教えたアクスファド先生が念を押すように僕に言うから、早く伝えた方が絶対に良いんだろうと、渋々伝えに来たって言うのに。
「それで? 我はどうすれば良い?」
それでも、僕が落ち込んでいたから、気を使ってくれたのだろう。
ロウケイシャンは僕に声を掛けてくれる。
だけど、僕だって何をすれば良いのかサッパリだよ。
「何をすれば良いと思う?」
「う~~~~~~む」
2人で首を捻るが、アイデアは何も浮かんで来ない。
周りの護衛兵が、笑うのを堪えている様な気配はするが、僕はすっごく悩んでるんだ。
気にしてなど居られるかっ!
「まあ、従妹殿の婿候補という事は置いといて、属州の事を知る良い機会ではあるな」
「うん。ロウは属州の事、知ってる?」
「一般的に知られている事しか知らんな。先生も教えてくれなかった」
まあ、当たり前だろう。
倒すべき王家の人間に、それもトップに当たる王に、反ロウノームスの組織の一員が、ロウノームスに有利になりそうな情報を与える訳がない。
「ふむ。どんどん話しかけるか」
「僕もそうしようかな。でも宮廷式晩餐はパスね」
「我儘を言うな。晩餐以外のどこで属州の者と話せるというんだ?」
「え? 他に機会は?」
「無いな」
「……」
冗談じゃないです。
「……何とかしないと」
晩餐以外に接点を作らないと、僕の精神が毎日厳しい事になる。
「何とか出来るなら、我も混ぜてくれ。御忍びもするぞ」
「……分かった」
まあ、ロウケイシャンも宮廷式晩餐は苦手だもんな。
それに、あんな場所で突っ込んだ話など絶対に出来ない。
何とかチャンスを伺わないと。
「僕は、紙漉きをロウノームス全土に広げたいんだ。その為に属州とコネが欲しいし、治安も良くなってて欲しい。ロウノームス生まれじゃないだけで、奴隷行きなんて状況は困るんだよ」
「何故そう思う?」
さすがにロウケイシャンの顔が鋭くなる。
彼の国を、全く安全が保障されていない国だと貶めたのだから、当たり前だ。
「僕がここに来た時、ケラスィンが居なかったら奴隷だった。ロウノームスでは、遠くから来た人間というただの一般人がだ」
「……ロウノームスにおいて、その者が自分を養う事が出来ないのですから、誰かの庇護下に置く為です」
さすがに後ろめたさがあったらしいロウケイシャンは黙り込んだが、側近の1人が声を出して来た。
「じゃあ送り返せば良かったんだよ。それか簡単に王宮から放り出すだけで良い。なのに僕は意思も認められず奴隷行き。それが今のロウノームスにおける普通って事だ」
ロウケイシャン始め、部屋にいる側近達は皆一様に顔を引きつらせた。
ロウノームスの現状が、異常な状態である事に、初めて気が付いたらしい。
「じゃあ、属州の人々はどうだ? ロウノームスの下に置かれている人達が、人間として扱われていると僕には思えない」
「エイブ……」
「奴隷はロウノームスにとって必要不可欠。それなのに、奴隷達は環境劣悪でどんどん死ぬ。だが属州はロウノームスの支配を拒絶したから、今属州から奴隷は手に入らない」
「……どういう事だ?」
ただ単に恨み言を言う為に、僕がこの話を始めた訳じゃないと、ロウケイシャンはすぐに気付いてくれた。
「奴隷商人はどこから奴隷を補充している?」
「それは……」
「僕はロウノームスに詳しくない。だから詳しそうな君達に聞く。そして止めてくれ」
「……」
「……分かりました」
ロウケイシャンに頷かれた側近達は、護衛の1人を残し一斉に部屋から駆け出していく。
「エイブ、すまん」
改めてロウケイシャンが話しかけて来るが、それより僕は優先する事があるっ!
その為に仕事を押し付けたのだっ!
「婿候補がケラスィンを好きになっちゃうのは、い~や~だ~! ライバル増える~っ!」
「落ち着け。なっ」
ロウケイシャンが宥めてくれるが、ケラスィンが属州から来た婿候補に好かれて、気に入っちゃわないという保証はない。
「従妹殿は相手が政治絡みの婿候補だと知っているから、そう簡単に捕まったりせんよ」
「まだ知らないんだよ~っ!」
「何だとっ!? 早く知らせに行って来いっ!」
「分かったっ!」
全くもって気が向かないけど、次はケラスィン。
勢いよく返した返事とは裏腹に、重い足取りで王宮から館へ帰り、ロウケイシャンへ話したように、まず行政府の活躍や、属州との道を整備する事から伝えた。
だいだい婿候補だなんて、僕よりも当事者であるケラスィンの方がずっと嫌なはず。
何せ自分の結婚をダシに使われて、しかもその気もないアプローチを数々されるという実害も被る。
ケラスィンがその気になったりしませんように……。
話しながら、どんな反応が返って来るか、僕はケラスィンの表情を伺っていた。
どうして婿候補なんて話になったのか、とか、そうなる前に止めて欲しかった、とか。
ケラスィンから怒られる事はないだろうと、思ってはいたけど。
僕の話を聞き終えたケラスィンは、僕が想像していたよりもあっけらかんとしている。
「そういう風に属州の方々をお招きするのね、分かったわ」
そんな様子が逆に心配になって、僕は問い掛けた。
「ケラスィン、大丈夫?」
「この館に押し掛けて来るわけではないもの。少し会食が増えるくらい、構わないわ。ロウノームス内でも発言権を大きくする為に、私と結婚したがる貴族は大勢居るの」
「……」
婿候補に対するあしらい方は、慣れているという事か?
もし館にまで婿候補が来たら、とにかくお邪魔虫をしないと。
すでに求婚して来ているらしい貴族の何割かは、たぶん発言権の為だけにケラスィンを……という訳じゃないだろうなぁ。
まぁ、僕はライバルに塩を送る真似はしたくないから、ケラスィンの思い込みを訂正したりなんかしないけど。
「まして今回は、私の結婚話が拗れている属州の方々と対話を持つ為に役に立つのだから、嬉しいわ」
そんな風に言って、ケラスィンはふいに仕方なさそうに笑う。
「ロウノームスを良くする為に、そんな形でしか役立てないのは少し寂しいけれど。その分エイブが属州の方々とたくさんお話して頂戴ね」
本当に、ロウノームスが好きだよなぁ、ケラスィンは。
分かってはいたが、更に再確認しちゃった気分だ。
でも、そう簡単に、属州の人達と話を持つ機会が作れるか?
ロウノームスの王であるロウケイシャンでさえ、機会は晩餐の時ぐらいだと考えていた。
ん?
そういや僕は、ロウノームスの人間では無かったな。
それなら、この手は使えないだろうか?
ケラスィンが嫌がったら、ちょっと、いや大分、落ち込みそうだけど。
「僕もケラスィンの婿候補に入る。それなら婿候補同士で話しやすいはず。会食にも混ざれるから、ケラスィンも一緒に話をしよう?」
属州ではないが、一応ロウノームスに知られているクロワサント島の島長。
たぶんもう、元・島長になってるんだろうけど。
そもそも島長に島をどうこう出来る権力なんか、これっぽっちもなかったけどさっ。
そこは言わなきゃ分からない。
それに、ケラスィンには全く信じてもらえてないけど。
「僕はもうケラスィンに求婚してる。ケラスィンは僕が婿候補に入ってもいい?」
「ええ、もちろん。エイブが入ってくれるなら楽しいでしょうし、とっても心強いわ」
よし、ケラスィンが前向きに笑ってくれた。
良かった~。
何故?
「姫様、少しよろしいでしょうか?」
「ナラティブ? どうぞ?」
「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」
良い香り。
だけど、この香りは気持ちを落ち着ける作用があると言われているお茶。
ナラティブがこれを入れて来たという事は……。
「……何かあったのかしら?」
「姫様の婿候補として、属州の旧王家の者をロウノームスに呼ぶ予定になったそうです」
「……属州の者は来るかしら?」
「詳しくは分かりかねます」
「行政府の者は何と?」
「王と姫様の説得は、島の方に一任されたと。詳しくは島の方に聞いて欲しいと」
「何故エイブ?」
「どうやら話が纏まったその裏に、島の方が居られるそうです。元老院お墨付きの、婿候補の一新は図れますが……」
「どなたも私と従兄殿の目に適わなかったものね。少しでもロウノームス全体の利益を考えて下さる方が居てくれたら、私は迷わずその方に嫁いだでしょうに」
「しかし、今のまま婿候補をあやふやにし続けるのは、力づくで姫様を手に入れようとする危険を高まらせ続けるもの」
「そう考えると良い話ではあるわね」
「姫様、御身の危険は高まりこそすれ、少しも減ってはおりません」
「……実力行使をしそうな婿候補が、増えるという事?」
「属州の者がロウノームス王家を良く思う筈がございません。行動を起こす者が混じっているかは、情報が少なすぎて分かりかねます」
「エイブは、婿候補の中に入っているのかしら?」
「島の方は、属州の方ではございませんので恐らくは」
「……嫌だわ」
「姫様?」
「……」
「……館の者にもこれまで以上に気を付ける様伝えておきます。それと、お茶を入れ直して参りましょうか?」
「いいえ。このまま頂くわ」
「はい。それでは御前失礼いたします」
パタン……。
「……何故私はそう思ったのかしら?」