勧誘。
反ロウノームス組織へ、今更僕を勧誘する?
どう考えても、タイミングがおかしすぎる。
本気で反ロウノームス組織へ僕を勧誘するのなら、もっと早くにするべきだ。
それこそ、僕がロウノームスに馴染めておらず、反感を持ってロウノームスを眺めていた頃なら、勧誘のタイミングはバッチリだったことだろう。
それが分からない先生ではない。
それなのに何故?
アクスファド先生は僕が今、ロウノームスを生かそうと動いていると知っているはず。
そんな僕に、勧誘を掛けて来るなんて、全く持って先生らしくない。
でもここで先生の夢を叶える手伝いは出来ませんと、反ロウノームス組織への勧誘を断ったら、先生はどうするんだろう?
先生と僕は、目的が逆の者同士として、敵同士になってしまうのか?
それは嫌だ。
属州とのつながりを得たい僕にとって、アクスファド先生は必要だ。
更に新たな視点を気付かせてくれる先生は、僕にとってただ傍に居て欲しい人でもある。
「先生……」
「どうでしょう?」
どんな断り方をすれば、先生は納得してくれるんだろう?
困り果て、僕は先生にすがるような視線を向けてしまった。
だが、先生は優しい微笑みを返すだけ。
これは駄目だ。
口先だけの言葉じゃ、絶対先生は納得してくれない。
ごまかさず、嘘は言わず、ただ正直に、自分の気持ちを先生に伝えよう。
僕の気持ちがきちんと先生に伝わるまで、それこそ話し続けよう。
このまま先生と決裂するのだけは、絶対に嫌だ。
それに、この教室には子供達だっているんだ。
子供達の前で僕をバシッと見限るのは、子供達の教育に悪いとアクスファド先生なら考えるだろう。
教室にいる今なら、僕が自分の意見をそのまま言っても受け止めてくれ、話し合いに応じてくれる気がする……。
「すみません、先生。お断りします」
「でしょうねぇ」
「!!」
また、そんなアッサリっ!!
もしかして僕で遊んでるのかっ? と疑いたくなってしまうじゃないかっ!
大丈夫だとは思っていたけど、僕は緊張をほ~っと解いた。
1人でアクスファド先生に突撃せず、教室に来て良かったと、強く感じる。
1対1だったら、話を聞いてもくれないし、アクスファド先生は自分の話を切り出したりもしなかっただろうと感じるから。
「我ながら矛盾だと思うのですが、私は学問の道を開いてくれたロウノームスの王族達が好きでしたし、教え子である王やケラスィン様の命は守りたいのですよ」
そっかそっか。
ロウケイシャンとケラスィンは、アクスファド先生を本当に慕っているからなぁ。
2人と話している時、その考え方に先生が大きく影響していのを常々感じていた僕は、2人の先生への信頼が一方通行じゃなかった事に、何だか心底安心した。
「とはいえ、エイブ君の話が来る前の一時期、もう故郷に帰ろうと思っていました」
「ええっ?」
「私は王族の教育係の1人ですが、その王族が少なくて余りに暇なので、生徒がいないというのは実に詰らないものですから」
「なるほど……」
「それでですね、エイブ君」
「また、僕にですかっ?!」
また名指しだよ~、嫌だ~~~。
こ、今度はなんだろうかと、僕は戦々恐々。
「ここにいる子供達のような奴隷や孤児にでさえ、教育を受けさせようとする君ならば、属州の子供だからといって教育を与えない、なんて事はありませんね?」
「それはもちろんっ」
「ロウノームス全体がそう考えられるように、して欲しいと私は思います」
「僕がそう出来るかは分かりませんが、そうなればいいと思います」
「そう思ってもらえるだけで十分です。そんなわけで出身と内面が複雑な私ですが、基本は教育熱心な良い先生です。今後ともよろしくお願いしますよ、皆さん」
いや、だから先生。
自分でそういう事を言わないで下さい。
確かに否定出来なくて、頷くしかないんだとしてもっ。
「それからですね、エイブ君」
「えええっ?!」
今、話は終わったよな?
終わったんじゃなかったのかっ?
「私は属州への伝手になっても構いませんよ。何か伝えてほしいですか?」
「あっ!」
そうだったっ!
今日ここに来たのは、それをお願いする為だった。
「行政府で、属州との間の道を整備する事が決定したんです。その協力を属州の方達にもお願い出来ないかと」
「道ですか……」
やっとアクスファド先生に話が出来るっ。
僕はずっと話したかった紙の話や、新たに作られる道の話を延々話し続けた。
「何だそりゃあ!」
「道が出来るのも良いかもね」
周りから茶々が入るが、それも話の勢いに変える。
「……それだけですか?」
「……分かりますか?」
「分かりますよ。エイブ君、私は属州出身なんですよ」
「はぁ~~~~」
僕が盛大なため息を吐くと、マスタシュを筆頭に子供達がやいのやいのと聞いて来る。
「何だよっ。エイブっ!」
「「何? 何~っ?」」
それから嫌々ながら、ケラスィンの婿候補の話を始めた。
「先生もお見通しの様に、属州から人質を取る事が決まりました」
「今の属国から人質ですか?」
おかしそうに笑う先生に、そうだろうなぁと僕も思う。
「……ケラスィンの婿候補として来てもらうそうです」
「ライバル増えた~!」
「ケラスィン様に気付いて貰えてないのに、エイブ気の毒~!」
一斉に、教室の子供達から笑われた。
「僕だって嫌なんだよっ! だけどもう決定だって、婿候補の話を王様とケラスィンにしといてくれって、行政府は僕に押し付けるしさぁっ!」
更に、笑いが爆笑に代わる。
ちくしょ~っ!
ものすっっっごく! 嫌だけどっ!
各属州からケラスィンの婿候補を呼び寄せるのは、決定事項になっちゃったから、ぜひその件も先生に愚痴りたいっ!
「……良い案ですね」
「良い案です……」
人質としての立場を弱めた婿候補の入国により、ロウノームスは属州との関係を強める事が出来る。
属州も、数少ない王族であるケラスィンの婿の地位が手に入れられれば、ロウノームスへの影響力を強める事が出来ると考えるだろう。
でも理性と恋心は別物。
ちょっとは、『頼れる人』になれるかも? と思う段階での数々の大騒動。
そんな僕を、ケラスィンは『お世話を掛ける人』としてしか見ていないに違いない。
便箋や折り紙をプレゼントして、少しでもイメージアップを図ろうと思ったんだけど、それが効いてる気配はない……。
「どうすれば良いんでしょう?」
「私に言われましても……」
「本当に、婿候補だってこと、ケラスィンに伝えなきゃ駄目でしょうか~?」
「駄目でしょうねぇ。言わなくてもバレると思いますよ」
「あ~う~…」
頭を掻きむしりたいっ!
「頑張れ、エイブ」
「オレ達は、エイブの味方だ」
子供達は僕を慰めてくれるが、面白がっているのは見え見えだ。
アクスファド先生、婿候補として来そうなライバルの情報、知らないだろうか?
でも事前に、ライバルについての情報を知ってもな~。
何をすればいいのか、サッパリだよ……あ~ぁ。
ある情報
「クウィヴァ~」
「お疲れ様です~! 今日の分です~!」
「おおサンキュ~! これで今日も飯が食える~!」
「少しですみませんね」
「いやいや、この飯分を他に回せるからな、助かるよ」
「そうなのですか?」
「おうっ! 元々暇だったし、ちょっとした空き時間を使った小遣い稼ぎだ」
「腕の良い職人である貴方なら、注文がいっぱい入って来てるんだと思ってましたが?」
「注文は入って来てるんだが、クウィヴァが貸してくれたお金の元は姫様だろ? そうそう受け取れんのだ。出来た商品が売れたら、山分けする話になっててな」
「何故です? 普通に使ってくれた方が、姫様はお喜びになりますよ」
「ここは、踏ん張りどころだと皆思っているんだよ。我等下々に気を配って下さっている王族方の心を無駄には出来ん」
「そうですね。それで調子はどうですか?」
「面白いぞ。元老院や貴族達からの注文だったらメンドクサイと手抜きしてただろうが、島の人からの希望じゃな。今までと全く違う注文が来たりして、色々工夫している」
「良いですね」
「精一杯やるしかないだろう」
「何故そんなに?」
「島の人が、希望を見せてくれたからな」
「……王族方ではなく?」
「王族方は、元老院や貴族共を抑えるのに手一杯だろうが?」
「……そうですね」
「自分の事しか考えてないよな、全く持ってあいつ等は。王族方が抑えて下さってるから、我等の生活が成り立っているようなもんだ」
「もうすぐきっと変わりますよ」
「ああ。そう願っている」
「あと何か、伝える事はありますか?」
「パーパスさんに、奴隷商人共が怪しい動きをしているらしいと伝えてくれるか?」
「何ですって?」
「属州から奴隷が手に入りにくくなっただろ? 身近な所で商品を作り出そうとしているそうだ」
「……分かりました。必ず伝えます」
「頼んだぞ」