教室にて。
属州といえば、アクスファド先生。
というかアクスファド先生しか、僕は知らない。
本当は紙作りを考え始めた最初から、アクスファド先生を巻き込みたかった。
紙漉きを属州にも広めるつもりだったから。
だが、アクスファド先生は紙漉きから距離を置いた。
どんどん相談して、巻き込んでしまおうと思っていたのに……。
「このままじゃ……」
未来展望を話して意見を聞きたいと思い、焦る僕を後目に、時はどんどん過ぎて行く。
伝えたい話は積もるばかり。
「今日こそアクスファド先生と話をしなきゃ」
そんな訳で今日は、勉強に来たというよりアクスファド先生と会うのが目的で、授業を受ける事を名目に、教室へ僕は足を運んだ。
「エイブ?!」
「変人来た~っ!」
「どうしたのです? 忙しいエイブ君がここに来るとは」
子供達にも、先生にも、珍しがられて。
「授業受けに……」
だが、全然聞いてくれない。
「何するの?!」
「何やるの?!」
子供達からはまた僕が何か騒動を起こすつもりじゃないかと、疑われ……何故っ?
「そんなに何かしてないよっ!」
「してるだろうがっ!」
「してないよっ!」
「紙漉きに紙の染色、加工の実験。おまけに凧揚げもつけてやる。大きく言ってもこれだけあるぞっ! 更に細かく言ってやろうか?」
「……遠慮します」
僕は、全部大騒動にするつもりはなかったっ!
何故か気が付いたら大騒動になっていただけだっ!
事実を言われ、ぐうの音も出ない程マスタシュに言い負かされた僕は、一斉に皆に笑われた。
そんな僕が何故教室に来たのか、アクスファド先生にはお見通しだったのだろう。
「今日はエイブ君もいる事なので、私の身の上話をしようと思います」
「先生?」
「本当に詰らないし少々堅苦しい話も入るので、書き取りや計算をしているのは自由ですが、寝てはいけませんよ?」
身の上話?!
先生が属国出身な事は皆知っている。
だが、属国について質問しても、先生は一般常識しか話してはくれない。
自分についても、何も話される事は無い。
そんな先生のプライベート?!
自習を始めるなど勿体無いっ!
教室は一心同体。
先生の話を今か今かと待ちわび、一斉にその息を詰めた。
「皆さんが知っている通り、私はかつてロウノームスに征服された国家、つまり属州の出身で、今は反ロウノームスの組織の一員です」
「「……っ?!」」
アクスファド先生~~~っ!
今、サラッと仰いましたが、内容いきなり思いっ切り濃いですっ!
濃過ぎですっっ。
「ケラスィン様や、大人には内緒ですよ? 秘密裏な組織なので」
そんなお茶目に付け加えられてもっ。
っていうかっ!
先生っ!
僕は大人なんだがっ!
大人になりたてどころか、十分にいい大人っ!
しかもロウノームスの王族であるロウの息子も、ここには居るぞっ?!
アクスファド先生が教室に与えた激震が去ると、一斉にわぁっ質問を始める子供達。
「反ロウノームス組織って、何をしてるんですかっ?」
「何人くらい? どんな人が集まってるんですかっ? 有名っ?」
「組織の人と会う時は、黒い服を着てるんですかっ?」
何だか属州の質問より、組織についての質問が多くなってるのは、当然の結果?
うん、当たり前だろう。
僕だって気になるっ!
先生も想像出来ていたのか、笑っている。
「黒い服は着ませんよ。適当な人数の、主に属州の人が、まぁ大した事ではない事を。現にロウノームスは祟り病も流行ったというのに、未だに滅んでいませんしね」
「……もしかして、神殿長から逃げていたのって?」
「よく覚えていましたね、マスタシュ。あそこの神殿長は私が反組織の人間だと知っているので、遠慮させてもらいました」
え?
そんな事があったなんて、初耳だ。
「エイブ君が何をしようとしているのか、非常に興味はありましたが、今までも会う度に、神殿長は色々とカマを掛けて来られるのでね」
てっきり僕は、アクスファド先生はお気に入りのマスタシュが裏街へ行くのが心配で、付いて行ったのかと思っていた。
今回授業に合わせて僕が先生に会う事にしたのは、子供達といると先生が嬉しそうで、更にマスタシュが居てくれば、援護を貰えるかも知れないという、下心もあったからだ。
でも反ロウノームス組織の一員なら、アクスファド先生に属州との伝手を頼むのは難しいかも知れない。
だけどケラスィンとロウケイシャンの、先生でもあるんだよなぁ。
「反組織の一員なのに、どうしてロウノームスの王族の先生をしているんですか?」
僕の質問にアクスファド先生は、事の始めから教えてくれた。
先生の出身地は、ロウノームスに数世代前に属州化。
出身国の重臣の家系の生まれだった先生は、人質+王子の侍従候補兼遊び相手として、ロウノームスに連れて来られたそうだ。
ロウケイシャンの祖父(2代前の王の弟)と遊ぶ内に、その頭の良さを見出され、学者としての教育を受ける様になった。
この時、属州出身な事、人質を兼ねた侍従候補な事を上げ連ねられ、『なぜ属州民に教育を受けさせる必要があるのか?』と元老院からは反対も出たらしい。
だが、遊び相手だった王子達の口添えもあり、学びの道を進み続けた先生は、そのままロウノームスの王族達の教師になったらしい。
「属州出身というだけで、教育を受ける機会を失いかねなかった私は、ロウノームスという国について興味を引かれました。仕組みについては特に個人的に研究しましたね」
「へぇ~」
という事は、アクスファド先生はロウノームスと属州の関係について、第1人者という事だ。
何故、属国出身というだけで進みたい道に進めないか、疑問に感じただろう先生は、ロウノームスと属州との関係について詳しく調べただろうから。
「その研究を進める中、唯一ロウノームスの属州とならなかったクロワサント島を知ったのです。知れば知るほど、もう熱烈に傾倒しましたね」
なるほど~。
島へは、そう繋がるのか~。
「さて、エイブ君」
「……っ?!」
名指し、来た~っ!
何だ、何だっ?!
僕の背筋は自然とピンと伸びる。
「私に島への熱烈な憧れがあるのは、重々分かってもらえていると思います。しかもその島がロウノームスの王族の遠い親戚でもあると、私は知ってしまいました」
それはあくまでも先生の自論でしょうっ!
と言いたいが、何だか言い辛い雰囲気だ~。
「私には長年の夢があるのです。私の出身国を滅ぼしたロウノームスを、その遠い身内であるクロワサント島の人間の手を借りて、壊してしまいたいという夢が」
「えっ?!」
「手伝ってくれませんか、エイブ君?」
神殿にて
「パーパス殿、こちらに居られましたか」
「おや、サラリド殿、どうされました?」
「……殿は、止めて頂きたい」
「サラリド殿が止めて下さるなら」
「……」
「それで、どうしました? わざわざ神殿に来るなんて」
「聞きたい事があるのです」
「エイブ君の事かな?」
「何故お分かりに?」
「エイブ君が王宮に行ったと聞いたから、そろそろ来るんじゃないかと思ってね」
「全く違う視点を見せてくれるのです。行き詰っていた我々は、自分達の縛りである貴族達の隙を、隙と見る事が出来なかった」
「好きにしろと渡される資金を、馬鹿正直に貴族達の身の回りの為に使った様に?」
「……お気づきでしたか」
「ロウノームスの内、貴族屋敷だけ明るい雰囲気を持っていればな。何となく気付くよ」
「はい。奴等の為だけに治安維持を強化しましたから。奴等がロウノームスの治安を悪化させているのに」
「だが、おかげで王都は落ち着きを取り戻した。影響の連鎖は我々が思うよりも大きいぞ」
「そうなのですか?」
「ああ。今、王都は沸き立っているよ。ケラスィン様のお心づくしで、こんなに変わるとは思わなかった。エイブ君が少し動いただけで、空気が変わった」
「どういう事です?」
「王都は前の賑やかさを取り戻し始めている。という事だ」
「そんなに?!」
「クロワサント島の祟り病からの復興の指揮を執ったのはエイブ君だろう。私は、見かけと若さに引きずられ、エイブ君を見くびりすぎていたようだ」
「見くびる? だって彼は……」
「若すぎる。だろ?」
「そうですっ!」
「だから、私もエイブ君ではなく、その周りの力でクロワサント島は復興されていっているんだと思っていたよ」
「違うのですか?」
「ロウノームスのこの様子。エイブ君が分かってやっているとしか考えられないね」
「元老院は何も考えず連れてきましたが、クロワサント島の島長とは、実に恐ろしい存在だったのですね」
「ああ。味方につけてくれたケラスィン様に感謝だな」
「はい……」