熱い議論。
裏・行政府の人達は、自分達の好きに出来る資金が有る事を飲み込みはしたが、現実的な計画が浮かばないらしく、皆考え込んでしまった。
「何を、する?」
裏・行政府の指揮を取っていると思しき、サラリドさんでさえ呟いたきり、黙り込んだ。
決して何をするかが思い付かないというわけじゃなくて、やりたい事が多過ぎて、頭の中で溢れ返っている感じがする。
ずっと民の為にやりたい事を我慢して我慢して、ロウノームスへの夢だけは膨らんでいるのだが、現実に移す段階で、何から手を出せばいいのか迷ってしまっているのだろう。
僕が推し進めたいのは、やっぱり製紙を国家事業にする事なんだけど……。
でもこの予算は今までの、裏・行政府の人達の我慢と努力の結晶だから、回してもらうのは無理だろうなぁ。
それぞれやりたい事は、山の様に溢れ返っているはずだから。
ちゃんと分かってはいるのだが、ちょっとの余り金でいいから、回して貰えないかなぁと考えてしまう。
製紙作業が今軌道に乗っているのは、街の色々な人に協力してもらっているからだ。
材料集めやら道具作りやら、快く引き受けてくれる街の人達。
その人達にお礼として渡せるのは、本当に僅かな食料のみ。
その少ない食料でさえ、最初の頃は渡す事も出来ていなかった。
それなのに、快く協力を申し出てくれる街の人達に、僕は心から感謝している。
だからこそ今のまま、製紙作業を即席青年の家や神殿でするだけじゃ、勿体ない。
クロワサントで耳にした加工技術を伝えてはいるが、事務仕事ばかりしていた僕に、加工技術に対する現実的なアドバイスなど皆目無理。
もっと街の人達に還元できるように、紙作りを大掛かりなものへと広げたい。
王都だけでなく、ロウノームス全域に。
僕が教えに行っても良いんだけど、ケラスィンの傍から離れたくない。
だから即席青年の家や神殿で作業を共にしている子供達に、製紙方法をあっちこっちへいつか広めに行って貰おうと、僕は勝手に決め込んでいる。
人と人が繋がり、信頼が先へ先へと広がっていけば、ロウノームスの治安は確実に良くなるはず。
つまり、ロウノームスのケラスィンの生活は安泰。
ケラスィン、笑顔。
僕、嬉しい。
……ちょっと自己満足な未来展望だったかも。
でも、ロウノームスに笑顔の輪が広がれば、絶対ケラスィンは喜んでくれる。
その為の手段として、製紙方法を広めていく事が使えるはずだ。
そういえば、あっちこっちへ行く為の道はどうなってるんだろう?
クロワサント島では、流行病の後、人の通行が途絶えた道は、あっという間に消えた。
ロウノームスの道がどんな状態になっているか、通行手段として非常に不安が残る。
だが、属州へ代官を派遣しているという事は、代官が通る道はまだ消えてはいないはず。
島では他州へ行く為に、舟という手も使えたけど、ロウノームスでは属州へ行くのに陸路しかない場所もある。
馬車が使える様な道が通じていないと、物だって運び辛い。
これは早い内に確認を取っておこう。
さあ行くぞって時に、道がなくちゃ、紙作りを広めるより道の整備が優先されてしまう。
皆さん必死に考えを巡らせているみたいで、非常に聞きにくいけど~。
「予算関係無い、けれど、質問……したいのですが~」
ヒィッ。
サラリドさんに邪魔するなとばかり、睨まれたっ。
で、でも反応してくれたって事は、きっと答えてくれるはず……だよな?
「ロウノームス内、属州への道。整ってますか? 馬車、通れますか?」
ちょっとでも邪魔する時間を短くっ、と思って、なるべく早口で尋ねた僕に、サラリドさんは面倒臭そうながらも教えてくれる。
「王都周辺と、王都とロウノームスの主要都市を結ぶ道は整っているはずだ。しかし属州とは……」
そこで、少し離れた所から違う人が口を挟んで来た。
「属州への道なんて、作ってみろ。攻め込まれやすくなるだけじゃないかっ」
「予算は短期間で成果が上がる様な、他の事に使うべきだっ」
予算は関係ない質問のつもりだったんだけど、その意見には異議ありだ。
「攻めてくるか、分かりません」
「何故だ。属州はロウノームスからの独立をずっと願っていたはずだ」
確かに願っていただろう。
だが現実的に食料不足の中に独立する事は、自分の首を絞めるに等しい。
「道、整備すれば、その分物が早く多く運べます。疫病や飢饉が広がる今、整備した道で運ぶ食料、属州欲しい。道はお互い助け合う事に使うと約束すれば」
いいと思います……という、僕の言葉は掻き消された。
部屋内は一気にヒートアップ。
「偽善だっ」
「そんなに上手くいかせられるものか……?」
だが否定的ではあるが、疑問を投げ掛ける事で、お互いに考えを纏めているようだ。
「いや、そうでもないと思う」
「今の属州は、食料を手に入れる為に、ロウノームスに頭を下げている節がある」
否定的な意見だけでなく、肯定的なものも出て来た。
「確かに、属州の食料不足は危機的らしいが、属州は代官を無視している。だからこそ攻めて来てもおかしくない」
「ロウノームスの力が落ちている事に、属州は気付いているはずです」
「だが、どの属州も未だロウノームスを攻めてない。こちらを攻める方が損失になると、ちゃんと気付いているからだ」
「それにどの代官も駄目だろう。実力の無い、元老院の腰巾着ばかりだ」
「どうせ今の属州代官はろくに働いてもいない。いっそ各属州に、自分達がどう動けば潤うかを考えさせたらどうだろう?」
「道は争い事だけに使うものではない。物流の要として非常に重要です」
「今は争いの風向きこそが危ないんだろうが」
「だが、将来道が整備される事でお互いに潤うならば、攻め込もうとは思わないのでは?」
「我々だけで推し進めても、争いの為の道の整備だと属州も考えるでしょう」
「それよりは属州を巻き込んで、将来を見据えた道の整備を考えた方が良い」
「代官は駄目だ。話が通じん」
「属州に旧代表の勢力が残っています。そこに話を通すのが一番かと」
「だが、受けてくれるだろうか?」
「属州に自治を認めれば良い。そうすれば、無能な代官など首に出来る」
あれ?
道についてだけじゃなく、属州に自治を認める意見まで出て来たぞ。
でも余りの議論のやり取りの凄まじさに、僕が首を突っ込む隙間はない。
「属州に自治だと?! ロウノームスに対する造反を後押しする気か?!」
「だが、今の代官じゃ属州はもう抑えられん」
「変えれば良いだろうかっ!」
「変えられないから言ってるんだろうがっ! 自分に都合の良い代官の切り替えや属州の自治権など、元老院が認める訳がない」
「言い包めれば良い。元老院の都合が良い様に」
「今年度の飢饉による予算逼迫の為、代官の派遣を中止し、属州の代表者を王都に来させる事にしたってのはどうだ?」
「それだけじゃ甘いな。人質としてってのを付け加えろ」
「人質としてだと、属州の方が誰も来たがらないだろうが、何とか口説くんだ。使者として俺達が属州に向かってな。絶対居るはずだ。ロウノームスに対する侵攻を抑えてる人が」
「確かに見つけるしかないな。ロウノームスの人質の代わりとして属州に残ってでも」
僕はただ聞いていた。
ロウノームスを守ろうとする裏・行政府の人達の熱き思いを。
ロウケイシャンといい、パーパスさんといい、へそくり的な裏金で、王都復興を実行して来た、裏・行政府の人達といい。
ちゃんと良い人材がいるのに、元老院や血筋大事の拘りが弊害になって、まるで活かしきれてないロウノームスの現状が、実際見るとよく分かる。
元老院では責任の押し付け合いが延々と行われ、裏・行政府では将来を見据えたロウノームスの舵取りの話し合いが延々と行われる。
どちらがロウノームスという国にとって有益か、考えるまでもない。
「え~っ! ケラスィンの婿候補?!」
今回の話、全部最初っからストップしたい。
「属州の人達が断れない口実が必要なのです。それにはケラスィン様の婿選びが最適」
「嫌だ。ライバル増える」
「その辺はご自分で何とかして下さい」
「え~~~~~っ!」
どうやら裏・行政府において、今回の予算を使っての道の整備は本決まりらしい。
だが、全くもって嫌過ぎるっ!
口実として最適なのは分かるがっ!
「では、そう言う事で。各自各所に連絡を」
「「分かりました」」
サラリドさんを残し、一斉に人が散っていく。
「エイブ殿、王とケラスィン様に口裏合わせと、説明をお願いしても良いでしょうか?」
「嫌だ。ロウだけ話しする」
「ライバルを増やす事になるのは謝りますが、属州から来た婿候補達から、ケラスィン様を守るのはエイブ殿の仕事ですぞ」
「……分かった」
つまり、力づくでケラスィンを手に入れようとする輩は、力づくで排除OK! って事だな。
道が整備されて人の行き来が増えていったら、いやいや工事の段階からだって、ロウノームスの人と属州の人との関係が改善しないだろうか?
嫁探しの旅みたいに、恋仲も生まれて、結婚も増えないだろうか?
そうしたらきっと、今より血筋大事は崩れる。
もちろん何代も掛かるだろう。
道だって、今日明日すぐに工事を始められるわけじゃないから、長期戦。
ロウノームスと属州の道が整備されるとしたら、属州の人達はどう思うんだろうか?
ここはぜひ、属州の人達の声も聞いてみたいなぁ。
「親愛なる叔父上殿」
お手紙拝見致しました。
そろそろこちらに帰れるかもしれないと伺っておりましたので、ロウノームスに留まる事になったと聞き、非常に残念に思っております。
叔父上が帰って来られたら、お側に居て頂き、お知恵を拝借致したいとの願いも空しく、また手紙や伝言でのやり取りのみが続くとは……。
実に切ない気持が湧き上がっております。
ですが、叔父上。
今回ロウノームスの滞在を伸ばした理由が、姫からの依頼とは本当でしょうか?
しかも、島の人の先生役と聞きました。
叔父上は昔からクロワサント島に興味をお持ちでしたから、断り切れなかったのは分かります。
ですが、教え子である王や姫から一線を引くと言っておられたのは叔父上のはず。
距離を段々と広げていき、最終的に国に戻るとの言葉が実現するのを、我々は本当に待っていたのです。
叔父上。
叔父上もご存じの通り我々は、叔父上の教え子である王が玉座に付いた時、ロウノームスに少し希望を抱いておりました。
叔父上が若き王の相談役となり、ロウノームスの内政を、内側から良い方向へ導いてくれるかもしれないという希望を。
しかし、その希望は現実とならず、我が民の苦しい現実をただ見つめるしか出来ない日々。
だからこそ、叔父上が我々の元に戻って来て下さる時を心待ちにしておりました。
叔父上。
姫との関係が、また深くなっていると聞いております。
ロウノームスで教え子が増えているとも。
我らの元に戻ろうとされていた叔父上が、ロウノームスに残られる。
その事を我々は新たな希望として見始めております。
ロウノームスに変化が起こる兆しではないかと。
もし叔父上がこちらにお戻りになられないのであれば、そちらに我が子らを送り、教育をお願いしたいと考えております。
大変心苦しいお願いではありますが、叔父上なら何とかして下さるでしょう。
自分の事は自分でするよう、躾はきっちり済ませました。
如何様にも叔父上のお心のままに。
叔父上。
又の便りを楽しみにしております。