王宮探険。
製紙作業は、街の人達の協力もあって順調に進み始めた。
街の人達にお礼として、食料を配ろうと思ったのだが、館用として納入されている食料は、すでに割り当てが決まってしまっている。
「青年の家を作ったから、食料の消費が増えて、店へ回す量が減ってるって聞いたしなぁ」
「どうした?」
王宮から抜け出して来たらしいロウケイシャンが、後ろから声を掛けて来た。
「材料集めてくれる人達、お礼したい。食料渡したい」
「館の食料を回せないのか?」
「子供達増えた。食料消費、増えた」
「そうだったな」
2人して首を捻って悩むが、良いアイデアが出て来ない。
「相談役のお礼を食料にしては?」
僕達の悩み様に、ロウケイシャンに付いて来たお付きの人が、口を挟んでくれた。
「相談役?」
「エイブ殿ですよ」
「そうだったな! エイブは我の相談役だった! お礼を出さねばならないっ!」
「お礼? 相談役で?」
クロワサント島の長達の相談役は、お礼など無かった。
僕の相談役だけでなく、おばあちゃんには青年の家の指導役までして貰っていたのに。
「ロウノームスの相談役、お礼貰える?」
「もちろんだっ! 元老院にも出しておるっ!」
「へぇ~」
島では、政で必要な仕事は、無償でそれぞれ手が空いた時に手伝っていた。
無償ばかりだと悪いので、時々倉庫から食料を少しづつ持って行って貰った。
実は備蓄の食料が古くなり過ぎない様にするのも、兼ねていたんだけど。
その御礼だと、差し入れも一杯来た。
手伝いも兼ねて遊びに来る皆と一緒に、美味しく頂いたなぁ。
いやいや、島の話じゃなくて、今は街の人に配る食料だ。
「貰えるなら、食料欲しいっ!」
「決まりだな」
「手配します」
口を挟んでくれたお付きの人が、王宮へと戻っていく。
「本来なら、相談役の仕事をして貰ってから渡す物だが、今回は特例として前渡しする事になる。エイブ、しっかり頼むぞ」
「前渡し……」
これは責任重大だ。
「すぐとは言わん。紙漉きが落ち着いたら、王宮もかき回してくれればいい」
父親と同じく王宮を抜け出して来たらしい、2人の子供達を構いながらロウケイシャンが言う。
「分かったっ! 頑張るっ!」
材料を茹でている鍋を更に強くかき混ぜながら、僕はロウケイシャンに返事をした。
こうしてロウケイシャンに頼んで、館用の食料の納入を僕は多めにしてもらい、増量分を神殿に回し、お礼として手伝ってくれる街の人達に配って貰っている。
出来た紙は、女の子が好きそうな色で染め、折り紙にしたり、便箋セットにしたりして、僕はケラスィンにプレゼントした。
気軽に僕に声を掛けてくれる街の人の中に、染色職人さんが居たから、真剣に紙の染色について相談し、何枚もの試作品の中から選りすぐり、中々の出来になった自慢の1品だ。
それを見ていた子供達は、残りの紙も染色し、神殿御用達として折り紙にしたり、便箋セットにしたりして、作った紙を売り出し始めた。
順調に紙漉きで生活出来るほど、売れる様になってくれれば嬉しいんだけどなぁ。
少しずつ紙漉きと、即席青年の家の1日の流れが落ち着いて来たのを見た僕は、再び王宮探険へ赴く事にした。
何といっても僕には、ロウケイシャンが出してくれた、どこでもうろうろしてOKなお墨付きがあるのだ。
始めの頃、あっち駄目こっち駄目と止めて来た人達からだって、何も制止されない。
……と、思ってどんどん進んで行ってたら、通せん坊されたぞ?
「エイブ殿」
あ、あれ?
やっぱり駄目なのか?
戸惑う僕に、止めて来た人達が言って来る。
「一般市民の間では、貴殿が元老院に見つかれば、奴隷にされてしまうという噂が流れているようです」
「元老院に対する、一般市民のイメージが悪いせいもある。それに会議に王と参加し、王宮をうろうろする以上、エイブ殿が元老院の目に止まるのは避けられない」
「ケラスィン様が身元引き受けをしておいでなので、彼らもおいそれと手出しは出来ないでしょうが、貴殿は元老院から快く思われていない事を肝に銘じられよ」
どうやら彼らは僕に、注意を促す為に呼び止めてくれたらしい。
「我々の言葉は通じているか? やはり書いた方が?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、気を付けます」
心配そうな彼らに、僕は大いに感激した。
彼らにとってみれば、僕は全くの赤の他人だ。
そんな僕の身を案じ、忠告しに来てくれたのだ。
「言葉を大分覚えられたのだな」
「少しでも怪しい会話を聞かれたら、急いでケラスィン様の館に戻られよ」
少しホッとした顔をした彼らは、軽く頭を下げると僕の脇を通り過ぎて行った。
その後ろ姿に、僕は深々と頭を下げる。
ふふふ。
ここ最近ずっと喋り通しだったから、聞き取りも自然な言葉遣いだって、ちょっとは出来るようになったのさっ。
誉められた僕はちょっと浮かれ、自画自賛。
しかし、どうやって気を付ければいいのかな?
もしぞろぞろ進んでくる集団がいたら、顔が見えないくらい、深々と頭を下げておけばいいか。
そうするだけで、相手は自分の方が身分が上だと安心出来て嬉しいだろうし、僕も目を付けられるリスクが減りそうだし、良いよな。
うん、その手で行こうっ。
進むぞ~っ!
いや~、誰にも足止めされないって良いねっ。
あっちうろうろ、こっちうろうろ。
書類仕事をしてそうな部屋があったら入り込み、書類を見せて貰い、計算違いを確認したら、間違い分を民への経費に追加計上っ!
うむっ!
良い事したっ!
更にどんどん進んで行く。
あ、あっれ~?
何だか調度品が煌びやかになったような~?
気のせいかな~?
おっと、前から誰か来たっ。
ぞろぞろしないで1人だけど、一応隅に寄ってお辞儀をしておこう。
よし、無事に通り過ぎてくれたっ。
……と思ったら、バックしてきたよっ!
これって、ヤバイっ?
「……もしかして君、エイブ君? パーパス殿が紹介したがっていた島の人?」
おっ?!
「はいっ、そうです」
「ここの区画、元老院絡みの部屋が多いから、付いておいで」
ははは。
この人が、じゃなくてこの場所が、ヤバかったみたいだ。
「ありがとうございます」
実は内心、館に帰れるのか心配し始めていた僕は、渡りに船とばかりに付いてく。
「始めて近くでお会いしたけど、普通だねぇ」
「普通です」
うんうんと僕は頷く。
「ただ見ている分には、パーパス殿がどうして君を紹介したがっているか、分からないな」
うっ。
反論出来ない……っ。
染色屋
「何を手伝ったんだ?」
「俺の仕事だ」
「確か染色屋だよな」
「面白い仕事だったぜ~。紙に色を付けるんだ」
「紙って、染められるのか?」
「布だって普通は糸から染めるよな?」
「糸から染めるみたいに、紙にする前に染めるのも有ったぜ」
「他にも有ったって事か?」
「後から染める方が多かったんだ」
「どんな風に?」
「どぶんと紙を染料の中に浸けるのが多かったな」
「他にも有るのか?」
「娘に絵を描かせたんだ」
「絵?」
「ちょっと娘が花を上手に書くって自慢したら、ちょっとここに書いてくれって」
「出来るのか?!」
「さすがに最初は上手く出来なくてな」
「だろうな」
「それでも可愛いからって、たまたま通りかかった筆師に、筆を特注してな」
「特注?!」
「何本も用意させて、染料の色ごとに筆を変えて書かせたんだ」
「すげぇなぁ」
「ほらっ! これがそうだっ!」
「可愛いじゃないかっ!」
「親バカだと思うが、中々良い出来だろ?!」
「これって、布でも出来ると思うか?」
「出来る。色は褪め易いって、島の人は言ったよ」
「ちょっと試してみないか?」
「お前もかぁ! 俺もそう思ったんだよなぁ!」
「そりゃあ、職人魂にキンッと来るだろ?」
「島の人は工夫すると言ってたから、何か褪めないコツが有りそうなんだ」
「島の人は何て言ってた?」
「門外不出。知らない。ってさ」
「さすがに教えて貰うのは甘い考えか」
「だが、見つかったら凄い事になると思わないか?」