苦行の時間。
結局何の進展もない元老院に、しばらく僕は我慢した。
参加するだけで何の手出しも出来ず、イライラするだけだろうロウケイシャンを残していくのは、気の毒に思ったからだ。
だが、その苦行の時間もやっと終わった。
たぶん恐怖の晩餐時間が近付いたのだろう。
「エイブ、晩餐食べて行かないか?」
「神殿式晩餐?」
「宮廷式だ」
「帰るっ!」
冗談ではない。
あんな精神苦行の場で、美味しいご飯が食べられるかっ!
「そう言わず、付き合え」
「付き合えないっ! 帰るっ!」
どうやら、ロウケイシャンも宮廷式晩餐は苦手らしく、僕を引き摺り込もうとしたが、そこまでは付き合えない。
「また来るっ!」
さっさと僕は館へと逃げだした。
「まずは、パーパスさんだよな」
王宮から逃げ出した僕は、早速パーパスさんを見つけるべく、街に出ようかと思ったが、今からだと入れ違いになる可能性が大。
というわけで館の玄関で、パーパスさんが帰って来るのを今か今かと待ち兼ねた。
あっ!
帰ってきたっ!
「協力者、欲しいっ。教えてっ。紹介、お願いっ!」
帰って来たパーパスさんの姿を見つけ、走り寄り、ガシッと捕まえた。
いきなり僕に捲し立てられたパーパスさんはというと、かなり引き攣って後退り気味。
そこにマスタシュが割り込んで来た。
「おい、また説明が抜けてるぞ。ちゃんと始めから言えよ。王様には会えたのか?」
「マスタシュ、居た?」
「パーパスさんと一緒に帰って来てたのを、見なかったのか?!」
「気付かなかった」
「……王様はっ?!」
お~っと、そうでした。
「会えた。国、心配してる。でも情報、全く無し」
「国の情報を王様に知らせるなら、パーパスさんに紹介してもらわなくても、家族会議とかで館の皆が話してる事を、そのまま伝えればいいだろ?」
うん。
それも、もちろんする。
「それだけ、足りない。元老院、駄目。なのに王都、復興なった。ちゃんと働いてる人、いるはず。パーパスさん、知ってる? 紹介、お願い」
「……なるほど。言いたい事は分かった」
どうやら、分かってもらえた様だ。
しかしパーパスさんは難しい顔をしていて、僕は戸惑った。
パーパスさんならきっと紹介してくれると、スッカリ思い込んでいたから。
「紹介、無理?」
僕が問い掛けると、パーパスさんから逆に尋ねられた。
「紹介は出来る。だがエイブ君はそうして会って、どうするつもりだ?」
それは、もちろん。
「出来る事、探す。手伝い、する。ロウ伝える、忘れない」
「……ロウ?」
「ロウケイシャン、王様」
な、何かな?
今度はギョッとしているぞ、ちょっと怖い。
ロウケイシャンにそう呼んでいいって言われたし、いいんだよなぁ?
「……やっぱり気に入られたんだ、賭けはボクの1人勝ちだな」
「賭け? 何?」
得意そうなマスタシュに僕は問い掛けたが、その事に対する返事はなかった。
「ケラスィン様だけでなく、ロウケイシャン様までが、エイブ君を信じるというのなら……。分かった、なるべく早く紹介しよう」
製紙はともかく、国政をまともに動かしている実働部隊に、僕を紹介するのが不安だったって事かな?
ロウノームスの要である実働部隊が、元老院に目を付けられ、パーパスさんの様に権利を奪われて、奴隷にされるのは、本当にマズイ。
危惧するパーパスさんの気持ちは分かる。
「ありがとうございますっ!」
最上級の感謝を込め、僕はパーパスさんに頭を下げた。
「私は王宮にいた時も、遠くからしか拝見した事がないんだが、ロウケイシャン様はお元気だったか? 一体どんな話をしたんだ?」
ライバル宣言をして、ケラスィンの好みを聞いて……というところから話したら、またパーパスさんにギョギョギョとされた。
マスタシュまでマジマジ僕を凝視してくる。
あ、もしかして王様に対するイメージを壊しちゃった?
まずかったかな?
「本当に気に入られたんだなぁ、エイブ君は」
「良く近衛に捕まらなかったな」
あれ?
何で感心されるんだ?
2人の雰囲気がとっても怪しい。
ここはロウケイシャンから話を逸らした方が良いかも~?
何か話は~。
そう言えば、パーパスさんにもう1つ聞かなきゃいけない事があったんだった。
「紙、材料、見つかった?」
「それなんだがね。色々集めてみたんだが、これっていうのが無いんだよ」
「無い?」
それは困った。
紙が作れない。
「1度集めた物を、エイブ君に見てもらいたいんだが?」
「ボクも見せてもらったけど、実物を見た事が無いから分からない」
「分かるかな……」
何せ、製紙するのは本当に久しぶり。
だが、動かないと製紙事業でロウノームスを立て直す作戦は始まらない。
「どこ、ある?」
今すぐ見に行こうと歩き出す僕に、パーパスさんとマスタシュが慌てて僕を引き留めて来た。
「もうすぐ夕餉だよ」
「もう暗くなる。明日にしようぜ」
「む~」
不満げにする僕の背中を押し、2人は館へと戻ろうとする。
「さ~行こう、エイブ君」
「明日アクスファド先生に言って、一緒に向かえば良いさ」
「アクスファド先生?」
うわぁ!
引き込むべき人を引き込むのを忘れてたぞっ!
「先生、付いてくる?」
「来るんじゃないですか?」
「ボクも先生の説得、口添えするから」
「分かった」
アクスファド先生はマスタシュに甘いからな。
マスタシュが説得してくれるなら、先生もOKしてくれるはず。
先生を製紙事業に巻き込めるなら、材料を見に行くのは、今日より明日だ。
「明日、楽しみ」
「さ~、ご飯だ」
「いっぱいあるかな~?!」
どうやら、僕が納得したのに気付いたらしい。
背中を押すのを止めた2人は、足早に館へと帰っていく。
その後を追って、僕も館へと歩いて行った。
賭け
「エイブ君、居るかい?」
「居ないです~」
「あれ? パーパスさん! いらっしゃい!」
「そうか……。あと、何か持って帰れそうなもの残っているかなぁ?」
「ありますよ~! 今包みますね~! 何人でしょう?」
「今日は……5人だね」
「分かりました! 5個頼む!」
「了解! じゃあ出来たのから」
「助かるよ! 今日はありがとうね」
「又声掛けて下さい」
「待ってます」
「依頼、楽しかったです」
「パーパス」
「お疲れ様。マスタシュ、ちょっと待ってね。はい。ありがとう」
「「会えて嬉しかったです」」
「それで、エイブ君はどこに行ったのかな?」
「王宮だ」
「王宮?!」
「王様に会いに突撃していったんだとさ」
「今頃会えなくて、館でしょんぼりしているに俺達は賭けているんだが、パーパスさんは賭けに乗るかい?」
「考えとくよ。じゃあ、マスタシュ借りて行っても良いかな?」
「はい、どうぞ~!」
「マスタシュ、お疲れ様~!」
「それで、マスタシュは、どっちに賭けたんだい?」
「……王様にエイブが気に入られる」
「ほほ~。大穴かい?」
「ボク1人」
「そこまで気に入ったのかい?」
「エイブだから。それで、パーパスの用は?」
「紙の材料を見て欲しいんだよ。ピンと来るのが無くってね」
「ボクが見ても分からないよ」
「まあまあ。見るだけで良いからさ」