会議。
えっ、まだそれっ?
僕は元老院の状態を見て、信じられない気持ちで一杯だった。
「西の件、責任はどう取るおつもりだ?」
「何度も言っている。なぜ責任など取らねばならん」
元老院会議は、まだこの話をしていたのだ。
「暴動が起きた時、西の代官は貴殿を訪れていたそうではないか。代官さえ居たならば、暴動など起きなかったに違いない」
「そもそも代官が任せられた地を留守にするとは何事だ。一体、何用だったのやら」
「それを言うなら、貴殿はどうなのだ……」
「それこそ、話を蒸し返し過ぎるというものだろう……」
責任の押し付け合いを延々しているのだ。
確かに暴動が起こった責任が、誰もしくはどこにあるのか、はっきりさせる必要はある。
だけど。
どうして暴動が起きたのか、理由・経緯・規模、今後起こさない様にどうすればいいのか、また起きてしまった場合、どう対応するか等。
次に繋がる意見が全く出て来ないのだ。
そもそも責任問題についてだって、それを書き留めているわけじゃないから、同じ内容をひたすら繰り返して応酬している感が否めない。
きっと暴動が起きてから今まで、会議はずっとこんな調子だったのだろう。
「何これ?」
「これが今のロウノームスの会議だ」
「……」
何だか会議に参加するのが、時間の無駄な気が僕はしてきた。
「我は現状がどうなっているのか、皆目分からんのだ。属州の続報が我の下に全く届かん。西の属州に急ぎ代官を差し戻したが」
「はい?」
信じられない。
お膝元の街中では噂が一杯流れているのに、ロウケイシャンの耳には入って居ないのか?
「エイブ、属州はどうなっている? 何か情報知らないか?」
「ロウ……」
ここが元老院会議の中だったのを思い出し、慌てて名前を呼ぶのを止めた僕の様子に、情報を持っていると気付いたのだろう、ロウケイシャンは更に問い質して来た。
「ロウで良い。知っているなら教えてくれ」
必死に食い下がってくるロウケイシャンに、僕が名前を縮めて呼んでも認めようとするその姿勢に、本当に情報が入って来ない、その苦しい立場に気付かされた。
そして、情報を持っているケラスィンとの連絡係を、切実に欲して居る事も。
「属州、半分独立。代官、ほぼ無視」
「何だと。全部か?」
「全部」
現在の属州の情報を伝えると、さすがにロウケイシャンは悩みだし、周りのお付きの人達もうろたえだした。
属州の反乱を怖れているのだろう。
今属州に一斉に反乱を起こされたら、ロウノームスに抑える手段は殆どない。
唯一取れる手段は、各属州が手を組まない前に、各個に掃討する事ぐらい。
だが掃討作戦を決行すれば、ただでさえ不足している働き手を戦場に取られ、ロウノームスは自滅する。
戦を始めれば、勝っても負けてもロウノームスは滅びるのだ。
だが幸いな事に、現在の各属州の目的は、ロウノームスからの独立ではない。
「属州、ロウノームス元老院、入る希望」
ロウケイシャンが、ハッと頭を上げ僕を見つめてくる。
「ロウノームス内部から、属州支配を変えるか」
「お腹空く。辛い」
「属州にはロウノームスから食料が回っているからな。下手に独立すると、民衆の不満がロウノームスから新政府に移るか」
さすがロウケイシャン。
僕のたどたどしい言葉からの情報で、属州の現状を理解したよ。
「だが今のロウノームスだと、属州達の元老院入りは厳しいな。今の元老院は、全く変化を認めないからな」
「変化ある。僕居る」
「それは我が元老院の隙を突いたからだ。先生ではなく、助手を我が補佐として望んでな」
「補佐」
「情けない限りだが、我に政の権限は全く無いからな。あっさり肯いてくれたわ」
「ロウ……」
全く元老院は勿体ない事をする。
こんなにも国を良くする事を考えている若き王を、自分達の地位の低下を恐れるあまり、政から遠ざけるなんて。
自らの重しを失った元老院は各自好き勝手にする様になり、元老院会議は空中分解で全く機能していない事にも気付いていない。
それにしても会議が全く動いて居ない現状で、よく王都が活気溢れる状態に戻ったなぁ。
疫病後の島の様に、力を持つ者だけが暴利を貪り、残りの人達は奴隷にされ、ロウノームスは崩壊していたという状態も有り得たんじゃないかと思う。
そうなっていないのは、何故だろう?
王様やケラスィンといった、生き残った王族が、我が物顔に振舞わず、お膝元の人々に慕われていたというのも、一部の貴族が暴利を貪り辛かった一因か?
だが、元老院に影響力がない王族が押さえるだけじゃ、ロウノームスの現状があり得る訳がない。
疫病から10年以上経って居るんだ。
もっと早くからあちこちで暴動が起き、属州は独立を果たし、王都は火の中に失われて居てもおかしくない。
それが起こって無いって事は、疫病で弱まっているロウノームスを助けるんだって踏ん張っていた人達が、この元老院会議の中にきっと居る。
元老院じゃなくても、行政府の何処かに居なくちゃおかしい。
探さなくては。
その力を借りる為に。
「ロウ、僕、王宮好き勝手、動く」
「エイブ?」
「許可」
にっこり笑って、ロウケイシャンを見つめる。
そんな僕に何かの希望を見たのだろう。
ロウケイシャンが楽しそうに顔を崩した。
「許可する。お前達、各所に伝達任せる」
「「はいっ」」
1人だけを残し、一斉に走り出していく。
どうやら、ロウケイシャンの希望が周りに移ってしまったらしい。
僕の力だけじゃ、ロウノームスは動かせないんだけどなぁ。
「エイブ、何をするつもりだ?」
「僕、色々見て回る」
楽しそうにロウケイシャンが聞いてくるが、僕にも何が出てくるか良く分からないんだよなぁ。
とにかく必要なのは、ロウノームスを良くしようと思う人達を探す事。
希望は、国の行く末を憂いて色々やってしまった、というパーパスさん言葉。
パーパスさんは、元老院によって奴隷に落とされそうになったぐらいだ。
色々派手に動いていたはず。
でも派手に動く為には、どうしても資金が必要になって来る。
さすがに個人の財産だけじゃ、無理がある。
どこかから、資金を調達してなきゃおかしい。
パーパスさんにはきっと、色々な分野における協力者がいたはずだ。
帰ったら、パーパスさんに直談判だな。
しっかし毎回参加じゃないにしても、国を救いたいと思っているロウケイシャンが、こんな会議の有様をただ見てなきゃならないなんて、内心思いっきり歯痒いだろうな~。
僕は動けないロウケイシャンに同情した。
秘密兵器
「あれ? マスタシュ1人? エイブは?」
「今日は用があるから行けないって」
「嘘~っ! 会計どうすればいいのよぉ!」
「ボクに任せたって」
「え~? マスタシュが~?」
「食堂の計算なら大丈夫だって、先生からお墨付きを貰った」
「アクスファド先生?」
「うん。秘密兵器も借りて来た」
「秘密兵器?」
「これ……」
「ちょっとっ! そろばんじゃないのっ!」
「何?! マスタシュ使えるのか?!」
「計算を教わる時に、先生が一緒に教えてくれた」
「アクスファド先生、さすがだ……」
「さすが実践主義……」
「マスタシュ! 会計は任せたぞっ!」
「ついでに暇な時に使い方教えてくれ」
「分かったっ」
「……で、1繰り上がるから、左隣りに1を上げるんだ」
「なるほどねぇ」
「分かんねぇ~。で、エイブは今日、どうしたんだ?」
「王様の所に突撃した……」
「うほっ! 突撃?!」
「そろばんが分からないから話をずらしたのが見え見えだったが、どうやって?!」
「王様の助手に選ばれたんだってさ。喜々として王宮に突っ込んでいったよ……」
「いや、突っ込んでも……」
「衛兵に取り押さえられるに1票!」
「上手く潜り抜け、王様近くまで行けるけど、見つかって追い返されるに1票」
「迷子になって疲れ果て、館に帰って来るに1票!」
「ちょっとっ! 上手く王様に会えるに1票投じるのが居ないじゃない!」
「賭けにならんな」
「ボクが賭ける」
「マスタシュ?」
「王様に会って、気に入られるに1票だ」
「そりゃあ……」
「ああ、楽しみだなぁ!」