求婚。
突然、大きな声で尋ねた僕に、ケラスィンどころか、テーブルに座る一同の視線を掻っ攫ってしまっているのは分かっていたが、我慢出来ず続ける。
「僕、ケラスィン、好きっ! 傍にいたい! 君の為に生きていきたい! 本気!!」
ケラスィンを見つめつつ、愛を告げるというより、訴えるみたいに僕は言い切ったっ!
さっきの劇で見たのがロウノームスにおける求婚の作法なんだろうと、同じ様に見える様に片膝をついて、ケラスィンの心を請う。
自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
何たって、告白なんてしたのは初めてだ。
今のところケラスィンは怒った表情はしてない、けど……。
嬉しそうでもないし、照れる様子もない……。
あれ?
劇で見たのは正式な求婚の作法じゃなかったのかな?
アクスファド先生は、ちゃんと求婚すればケラスィンが信じても良いって言ってくれたって言ってたのにな。
でも、ロウノームスの求婚の作法なんて僕知らないよっ!
頼む!
ケラスィン信じてっ!
僕の気持ち、ちゃんと伝わった?!
「エイブ……」
あれれ?
ケラスィンに苦笑い……された?
嫌がられて、拒絶されるのは辛いだろうと思ってたけど、何で苦笑い?
どういう事???
疑問符でいっぱいになっていると、ケラスィンが言って来る。
「その場面、素敵だったわね。相変わらず勘違いしているみたいだけど、真似をするって事はエイブも今日の劇、気に入ったのよね。良かったわ」
「えっ? え?! 勘違い、ケラスィン……っ」
いや、そうじゃなくて、劇じゃなくて、僕は……っ。
僕は、ケラスィンに正式な求婚行動をしてるんだけどっ!
そんな僕を他所に、ケラスィンはラスルさんとの話に戻ってしまう。
「……」
あうぅ~。
全く眼中外?
僕はケラスィンにとって、やっぱり恋愛対象外なのかなぁ……。
確かに僕はケラスィンに拾われ、養われている身分だ。
ロウノームスの王族であるケラスィンに相応しい地位も力も持ってない。
ケラスィンから良い返事が貰える可能性は低いのは分かっていた。
でも、僕は告白せずにはいられなかったんだ。
王様を好きだというケラスィンに、王様の事だけじゃなくて、僕の事を考えて欲しくて。
「兄ちゃん、落ち込むな」
「ケラスィン様、自分がモテてる事に全然気付いてないの」
「周りの親衛隊がちょっかい掛けさせないから余計にね」
「諦めずに何度もアタックあるのみだよっ」
「うん……。ありがとう」
ケラスィンと違い神殿の子供達には、僕の本気が分かったらしく慰めてくれるけど、壁に体当たりして砕けた感が強くて、今日はもうアタック出来そうにない。
ケラスィンがラスルさんと話す昔話を聞いて、情報を集める気力も、完全に萎んでしまった。
そのまま周囲に合わせて笑う努力はする。
だけど、話はほとんど耳を素通りで、内心僕はしょんぼりしたまま。
心配そうに、神殿の子供達や神官様達が僕を見ているのに気づいてはいたが、その気遣いに感謝する事も出来なかった。
そんな僕が、何とか気を取り直したのは帰りの馬車に乗り込む前。
『助力必要、我々思う。よろしく』
え?
クロワサントの言葉?
「神官長様?」
一緒にケラスィンを見送りに来た神官達も、不思議そうに神官長様を見ている。
「久しぶりに島の人にお会いしたものでして。久しぶりに島の言葉を使わせて貰いましたが、分かりましたでしょうか?」
「はい。大変良く。ありがとうございます」
どうやら、余りの僕の落ち込み様に、神官長様は気を遣って下さったらしい。
久しぶりの島の言葉に懐かしさとありがたさを覚え、言葉とその眼差しの温かさに目に涙が滲んで来てしまう。
「我々は、エイブ殿が気に入りましたのでな。いつでも歓迎いたしますぞ」
その神官長様の言葉に、見送りに来てくれた皆さんが、頷きを僕に返してくれる。
「ありがとう。本当にありがとう」
その心が嬉しくて、やっと僕は浮上出来た。
だが、帰りの馬車はケラスィンと二人きり。
気詰まりだった。
ケラスィンも何だか難しい顔をしている。
そういえば、行きの馬車でも時々そんな顔をしていたなぁと思い出した。
「ケラスィン?」
告白して玉砕したとしても、ケラスィンが気になるのは仕方ない。
問い掛けた僕に、ケラスィンは覚悟を決めたような顔をした。
「エイブ、会議を見てみたいと言っていたでしょう? その気持ちは変わっていない?」
僕はすぐに頷いた。
駄目元で、以前ケラスィンに頼んでみた話だ。
もちろん頼んだ事を覚えているし、気持ちも変わってなんかない。
「アクスファド先生の弟子として意見をしてほしいと、従兄殿から会議の助手の話が来ているのだけれど……」
む!
出たな、ライバルめっ!
でも答えは、決まっている。
「会議、見たい」
するとケラスィンも応じる様に頷く。
「分かったわ。従兄殿に伝えておくわね」
「ありがとう、ケラスィン!」
頑張るぞっ!
ロウノームスを動かし、ケラスィンが安心して生活出来る様に何としてでもするっ!
「本当はこのお話、エイブが街へ行き始めた頃に来ていたの。でも私はまだ早いと思ったのよ、ロウノームスの会話が今でもスムーズに行えていないもの」
「意見どうして変わった?」
「エイブの部屋のシーツを見たの」
部屋のシーツと聞いて、少し恥ずかしくなる。
アクスファド先生から教えてもらった事、店や紙の材料探しをしている時に感じた事、家族会議を通じて知った事、ただずらずらと書き連ねたものだから。
ロウノームスについての自分なりの考えをあくまで主観的に、しかも厳しく書いた気がする。
難しい顔を続けているケラスィンは、気を悪くはしなかったみたいだけど、その内容の救いの無さに悲しませてしまったかも知れない。
「勝手に部屋に入って、ごめんなさいね。ずっとシーツが洗濯に出てないと相談されたのよ。追加のシーツが欲しかったら、誰かに声を掛けて頂戴ね」
「うん」
ヤバイ……。
シーツを紙の代用にしたのは、やっぱり不味かったらしい。
それで数日前に、新しいシーツがベットに掛ってたんだな。
さすがに新しいシーツは、紙の代用に出来ないよなぁ。
「ただ、会議に従兄殿は毎回参加されていない様なの。あくまでも王族はお飾りであって欲しいのでしょう。言いたい事も言えていない御様子だわ」
やっぱりなぁ。
西の属州の問題が今頃会議になる位だもんなぁ。
「会議をこの目で見た事がない私が言うのもおかしいけれど、エイブが助手として会議に参加しても、落胆するだけかも知れないわ」
それでも、僕は行きたい。
ケラスィンが大事にしているロウノームスを、僕は救いたいんだ。
「僕、行く。会議、見たい」
僕はもう一度、ケラスィンに言った。
確かに会議は僕がロウノームスを生かす為の、助けにはならないかも知れない。
だが、ロウノームスの内情を僕は更に知る事が出来る。
な、何だろう?
そんな僕をケラスィンはじ~っと見つめて来る。
そんな眼差しを向けられると、照れが登って来るんだけど。
「落胆しても、エイブは私達を助けてくれる? 島の人達を奴隷にしようとした、この国を。私達はエイブを頼りにしていいのかしら?」
「僕、ケラスィン会った。ロウノームス、守りたい」
「……ありがとう」
あれ?
さっき神殿で告白した時よりも、ケラスィンが何だか柔らかい良い雰囲気になっている……気がする。
これって、願望過多?
自意識過剰?
結局行きと同様に、館に着くまで馬車の中で僕はドキドキ緊張してしまった。
願い
「凄い方ですねぇ」
「ねぇちゃんもそう思う?」
「ケラスィン様に求婚するなんて」
「しかも、大勢の前だぜ?」
「意味分かってないのかしら?」
「分かっておられましたよ」
「「神官長様」」
「でも、ケラスィン様によれば、一度意味分からず求婚されたそうですわ」
「さっきのは絶対分かってやったよな」
「すっごい落ち込んでたもんな」
「エイブ殿ならケラスィン様が断られるまで、何度でも求婚されるでしょう」
「神官長様?」
「感じませんでしたか?」
「真剣さが違いました」
「必死だった」
「幸せにケラスィン様はなるべきです」
「神官長様」
「共に疫病を乗り越えられたのです。皆で幸せになるべきなのです」
「幸せに?」
「幸せに」
「何としても幸せになる道を探さねば。今のままでは壊れるばかりなのですから」
「「はい」」