真実のセリフ。
うっわぁああああ、どうしようっ!
なぜ僕がこんなに狼狽えているかというと、ケラスィンと2人きりだからだっ!
さっき街の食堂に出ようとしてると、ケラスィンが話し掛けて来た。
「エイブ、今から食堂?」
「うん。会計する」
「今日、食堂お休み出来ないかしら?」
「休み? 何かあった?」
「ちょっと付き合って貰いたい所があるの」
「僕?」
「そう。エイブ」
「マスタシュは?」
「席がちょっと……」
「席?」
話を聞くと、観劇にロウケイシャン王と行く予定だったけれど、王様が行けなくなったらしい。
「多分、西の属州の問題で、会議が臨時開催される事になったのだと思うわ。西の属州に係わりがあるなら、前からの約束なのだから、観劇を優先してとは言い辛いでしょ?」
いや、言っても良いと思う。
王様に情報が伝わるのが遅すぎるんじゃないか?
今頃西の属州の問題を会議したって、西の属州に対して今更出来る事なんて何もない。
「人気のある一座らしいし、席を確保したご厚意を無駄に出来ないから、代わりに誰かをと……思っていたちょうど今、エイブが前を通り掛かって」
なるほど。
人数合わせですね。
「駄目かしら?」
ケラスィンが僕を見つめてくる。
可愛いなぁ。
久しぶりに正面からケラスィンを見た気がする。
「さっさと頷けっ! 会計は何とかなるっ!」
後ろからマスタシュが囁いてくるのに甘え、僕は観劇のお供に付いて行く事にした。
でも、馬車に乗り込んだのはいいとして、初めて出会った日みたいに会話が弾まないぃ。
あの時より、ロウノームスの言葉だって分かってるのに、あの時と同じで、何を話していいか分からない~。
それに、ケラスィンの方も何だか……。
焦る僕の様子に微笑んだり、今日の観劇を楽しみにしているらしく、うきうきした雰囲気が伝わって来るんだけど、ふとした瞬間瞬間に考え事をしている感じがする。
それも難しそうな考え事。
それを僕に言おうか言うまいか、悩んでいる感じにも見える。
2人きりだけど、全くデートっぽい雰囲気じゃない。
残念~。
そういやケラスィンに、紙について詳しく話してなかったなぁ。
「ケラスィン、紙、話する?」
「いいえ、それよりもエイブに聞きたい事があったの」
「聞きたい事?」
ケラスィンが僕に聞きたい事って何だろう~?
「青年の家って、何かしら? 何か良い案があるなら、聞きたいわ。孤児院ではなく青年の家、なのよね。マスタシュの友達を館に呼びたいの?」
「孤児院、子供集めて、食べさせる。青年の家、子供達、働く。大人、手助け」
「子供、が、働くの?」
ケラスィンが不思議そうな顔をしている。
「孤児院、子供働く。働く力、孤児院摂取。青年の家、子供働く。働く力、子供達摂取」
僕が青年の家について話し始めると、ケラスィンも説明の合間に何度も頷いて、考えてくれているようだ。
表情からすると、紙の時と違って前向きに検討する様な返事をしてくれるかな?
どんな返事が来るか、緊張だ。
「エイブ、着いたみたいね」
どんどん話し続け、ケラスィンの様子を窺っていたが、今日の目的地に到着したのか馬車が止まった。
今日は、紙だけじゃなく、青年の家も保留だなぁ。
ちょっと拍子抜けしたが、気を取り直し馬車から降りると、王都の中央部から少し外れた場所だった。
ロウノームスに来てから、まだ一度も立ち入った事がない場所。
だが、マスタシュから一応教わっていた場所。
「神殿?」
「そうよ、行きましょう」
まさか神殿とは思わなかった。
ケラスィンは何度も来ているのか、どんどん歩いて行く。
例え案内の人が居なくたって、迷わずに進んでいそうな感じだ。
「お待ち下さい。お久しぶりです、ケラスィン様。ご案内申し上げますわ」
「お久しぶりね、ラスル」
横から声が掛けられ、ケラスィンが足を止める。
「ロウケイシャン様から、此方に来られないと伝言は頂きました」
「そうなのよ。代わりにエイブを連れて来たわ」
「島の方ですね。ラスルと申します。よろしくお見知り置き下さいませ」
「初めまして、エイブです」
それからの僕はケラスィンの後ろを付いて行くだけ。
ケラスィンは、案内の人と楽しげに会話しながら進んでいく。
紹介はして貰えたが、初対面の僕はちょっぴり疎外感。
だがケラスィンが王宮用の態度を使わず、館での態度と変わらなく楽しげなので、僕も釣られてちょっと嬉しい。
「ロウケイシャン様もお元気でしょうか?」
「ええ。毎日お仕事に励んでいらっしゃるわ、窮屈そうだけど」
どうやらここは王様とも関係のある神殿らしい。
たぶん普段は礼拝堂に使われている、ホールだろうか?
神像が置かれているし、壁には宗教画も描かれている。
どういう神様なのかサッパリだが、何となく厳か~な気分。
と言いつつ、キョロキョロ。
ケラスィンの説明によると、旅の一座が神殿を借りて公演しているらしい。
もしくは神殿が旅の一座に来てもらって、かな。
観劇料の大半が神殿への寄付金になっているのだ。
僕はケラスィンのお供なので、すっごく見やすい席から観劇する事が出来た。
前座に大道芸やら、ちょっとしたサーカスがあり、そうして劇が始まった。
歌あり、踊りあり、ちゃんばらあり。
ところどころ言葉としては分からない部分があるけど、劇の雰囲気とかで充分伝わって来る。
神殿の中だから、この神殿に関係する神様の劇と考えていたが、恋愛劇だった。
お、いよいよ告白シーンだ!
あれ、告白、だよな……?
このセリフどっかで聞いたというか、言ったな。
ケラスィンに、僕が。
君をケラスィンに変えただけ。
アクスファド先生に、ケラスィンにお礼を言いたいから教えて下さいって、習った言葉だよ?!
お礼を言うシーンじゃないよな、これっ?!
何故っ!?
何で告白に使う言葉を先生は僕に教えたんだ?!
だから僕がお礼を(実際は愛の台詞だったけどっ)言った時、ケラスィンが(その前にマスタシュもだけど)怒ってた?!
でも、意味を分からず伝えた言葉は嘘じゃない。
島から引き離された僕は、本当に1人で辛かった。
そんな時、ケラスィン、君だけが僕を認め、受け入れてくれた。
ロウノームスに反乱を起こすという気持ちを、僕の運命を、真逆に引っ繰り返したんだ。
今や僕の思考の中心は島じゃなく、ケラスィン、君なんだよ。
君が生きて、笑っていなきゃ、今の僕に意味がない。
だから頼む。
傍に居たい。
君の為に生きていきたい。
愛の告白
「先生、何故エイブに嘘を教えられたのですか?」
「嘘? 嘘は教えておりませんよ?」
「だって、いつも一緒に居たい。君の為に生きていきたいって」
「愛の告白ですね」
「エイブは愛の告白をするつもりじゃなかったはずです」
「何故そう言いきれます?」
「だって……」
「どうされました?」
「愛の告白をする表情じゃ……」
「表情が違うと言われても、ケラスィン様は島の習慣をご存じじゃない」
「確かにそうだけど……」
「島ではあのように、愛の告白をするのかもしれませんよ」
「でも、エイブは意味が分かってません」
「何故そう言われます?」
「だって、マスタシュが怒ってるのに、何故怒られてるのか分からないって顔なんですよ?」
「それは本当に意味が分かってなかったのでしょう」
「だからあのセリフも、意味も分からず言っていたと思います」
「そうですか」
「はい」
「では、本当に真剣に告白されたらどうされます?」
「え?」
「ちゃんとロウノームスの習慣に則って、エイブ君が告白して来たらどうされます?」
「エイブが?」
「どうされます?」
「そんなの無いと思うけど?」
「有りえる事だと思います」
「……」
「もっとも今回は、劇の台詞を教えましたがね」
「先生っ!」
「考えておくのも良いと思いますよ」