助けの手。
家族会議で紙についてあまり好感触を得られなかったので、これは見本位は自分で1から揃えた上で、協力してもらった方が良いかも知れないと僕は考えた。
その為には~。
「マスタシュ~」
「嫌だぞ」
「助けて~」
「紙だろ? 何で必要なのか分からないから嫌だ」
「紙、必要。勉強、楽、なる」
「む~」
マスタシュはまだ怒っているけど、僕と一番意思の疎通が出来ているのはマスタシュだ。
どうしても引っ捕まえておきたい。
マスタシュの興味を引くには、一緒に切磋琢磨する勉強こそ最強!
僕は見事マスタシュを釣り上げた。
「本当だろうなぁ?」
「もちろん」
字を書きやすい紙があったら、勉強もはかどるってもんだ。
嘘は言ってないぞっ!
「それで? 何をするんだ?」
「紙、材料、市場、探す。マスタシュ、手伝う」
案内してもらった王都のお店をちらちら覗いたが、自分では紙の材料を一切見つけられなかった。
だが、ロウノームスについては、マスタシュの方が詳しい。
もっと別に違う市場や、違う商品を扱っている商店の情報を持ってないか、島の言葉を混ぜ込みつつ、紙についての意気込みを僕はマスタシュに語った。
そんな僕に、マスタシュは自分の知る限りの協力をしてくれた。
館から店に行く途中、ちょっと大回りして、一緒に色々なお店を見て回った。
それなのに、上質な紙の材料が王都のどこにも見つからない。
このまま王都を探すだけでは、紙の材料は見つかりそうにない。
「僕、材料探す。旅、出る!」
「ちょっと待て~っ!」
僕がマスタシュに宣言し、慌てたマスタシュが引き留め様と、店からの帰り道騒いでいる最中、パーパスさんが僕達に近づいて来た。
「ちょっと待つんだ」
「パーパスさん?」
「路上で騒ぐのはちょっとマズイ。一度館に帰らないか?」
穏やかに話しかけてくる。
「そうしようぜっ! 腹も減ったしっ!」
透かさずマスタシュはパーパスさんに同意して、僕を引っ張っていく力を強くする。
「……」
確かにお腹は空いている。
路上で騒いで通報されれば、憲兵に捕まって、奴隷行きの恐れもある。
だからこそパーパスさんも僕達に話しかけてくれたんだろう。
「分かった。館、戻る」
それに、旅に出るなら旅用の荷物を作らなきゃだしな。
今回はしょうがないと、大人しく僕は館に戻る事にした。
館に着くと食事の時間が迫っていたので、急いで食堂に向かう僕の背に、パーパスさんが話しかけて来た。
「食事が済んだ後に、エイブ君の部屋に集合で良いかい?」
「パーパスさん?」
「実は話しかける機会を伺っていたんだよ。時間を取ってくれないか?」
ふざけていないらしい硬い表情をしたパーパスさんに、驚きながら僕は言葉を返す。
「はい」
「宜しく頼んだよ」
そう言うと、パーパスさんは自分の席に向かっていく。
少しその背を見送ってから、僕も自分の席に向かった。
食事を済ませ、部屋に戻ってしばらくすると、マスタシュと一緒にパーパスさんが来た。
「紙の製造が難航していると聞いている。私は全面的にエイブ君に協力するつもりだよ。待っているだけなのは歯痒いだろうが、材料探し、私に任せてみないかな?」
確かに、家族会議に提案した時、一番に賛成してくれたのは、パーパスさんだった。
あれはマスタシュに殴られている僕が、単に哀れだったからじゃないらしい。
「私もロウノームスを何とかしたいんだ。出来る事は何でもする決意で居る」
その硬く締められた表情を見て、その真剣さが伝わって来る。
それにしてもパーパスさんは大道芸をしている時と今とじゃ、口調といい全く雰囲気が違うなぁ。
ちょっと疑問に思う僕に、パーパスさんはどうして今回の話に乗ったのかの説明がてら、自分がロウノームスの下位貴族だった事を伝えて来た。
「高位貴族に口答えして、一族郎党奴隷にされそうになった所を、ケラスィン様に助けられましてね」
「口答え?!」
一見朗らかそうに見えるけど、実は熱い人なんだろうか?
僕は思わずパーパスさんを凝視してしまった。
「お恥ずかしい限りだが、どうにも我慢が出来なくてね」
余りに僕が凝視するので、パーパスさんは照れ、本当に恥ずかしそうになった。
「国の行く末を憂いて、私は色々やってしまってね。それが高位貴族は気に入らなかったらしい。これ幸いと奴隷落ちさ」
「凄い」
「そんなこんなで、気が付けば人脈も広がっていてね。私の所には王都の色んな情報も集まってくる。頼めばきっと、紙の材料集めも手伝ってくれると思う」
慕われているのは本当なんだろうな。
そうじゃなきゃ、僕が紙の製造を提案した時、パーパスさんが賛成するなら自分も……と言い出す人は居なかっただろう。
「材料らしき物を見つけて、持って来てもらった時に、それが正しい物なのか判別出来るエイブ君が居なくては話にならない。だから君は王都に残るべきだ」
う~ん。
紙の製造だけじゃ、僕の目標は達成出来ないんだよなぁ。
「そういやエイブ君の夢はもっと大きかったね。館の皆は話が大きすぎて賛成出来兼ねていたが、紙の製造をロウノームスの公共事業として行う事を最終目的にしようじゃないか」
「凄いっ!」
僕の目標がバッチリ盛り込まれたっ!
素直に心強い人が味方になってくれたと、ここはパーパスさんを頼っちゃえ。
「ありがとうございます!」
それから僕は、上質の紙に使う材料について延々と説明した。
「う~ん」
「結局、どんなのが欲しいんだよっ!」
延々と説明しすぎて、とうとうマスタシュが切れた。
「島、使う材料、色々ある」
「つまり、何種類もの材料の説明をしてたのかっ? 分かりにくいっ!」
「ひぇえええ」
そうは言っても紙の材料って、その紙ごとに色々あるんだよお。
どれかがあれば良いから、一通り説明しただけなんだよ~っ!
でもそうだよなぁ。
色々口で説明しても、実際に実物を見せる方が絶対上手く伝わるものだ。
「絵、書く」
ベットのシーツで切れ端を作り、絵に描いて「こんなの」と僕は説明する。
上手くはいないけど、特徴は書けているはず。
「なるほど、エイブ君はシーツの代わりが欲しいわけだ」
シーツの切れ端に苦心して書く僕と、更に壁に掛っているシーツを見て、凄く納得したらしいパーパスさんが頷いて居るので、つい大きく首を縦に振った。
「紙、書きやすい」
上質の紙の書き易さを僕は思い出し、更に紙の入手に全力を尽くす気持を強くする。
これだけの物が、この量出来る。
必ず儲かる、損はないと、具体的に示せるようになったら、もう1回家族会議に出してみよう。
そしたら今度はケラスィンも頷いてくれるかな?
同志
「わわっ」
「どわぁ」
隠れていた場所から出て、更に後を追いかけようとした出頭に、ぶつかりそうになった。
「す、すまん」
「ごめんなさい」
「「……」」
このガキとぶつかりそうになったのは、この数日で実に3回目だ。
いくら王都が広くても、同じ人間に3回もぶつかりそうになったら、さすがに顔を覚える。
しかも、全く同じシチュエーションだ。
「何でお前とぶつかるんだろうなぁ?」
追いかける人物の行方を見てから、チラッとぶつかった子供を見ると、子供もチラッと同じ方向を見てからオレを見て、ダダっと逃げ去る。
「あれは、マスタシュの裏街仲間ですよ」
クウィヴァが影から出て来て教えてくれる。
「どうやら、彼らも気になっている様ですね」
「おう。どう見ても、探し物をしているよな」
「ここ数日、あっちこっちの市場や店から目撃情報が来てますよ」
「だろうなぁ。今日もあっちこっちの店を覗きまくってた」
「パーパスさんによると、紙を作りたいそうです」
「え? 市場に材料売ってただろ?」
「ええ。超高級品として店頭に紙自体も並んでました」
「それなのに、見向きもしない?」
「そうなんです。マスタシュは紙自体を知らないと思うので論外ですが、作りたいと言い出した島の人が、紙を知らないはずないんですが」
「変だな。島の人が言う紙って何だ? ロウノームスの紙とは違うのか?」
「分かりません。これは更なる注意が必要ですね」
「そうだな。パーパスさんも気にされていた」