家族会議。
「暴動?」
「西の属州で飢えた民が、食料を求めて代官の館に押し掛けたそうよ」
「西の代官って元老院の腰巾着じゃ?」
「いつも王都に居て、おべっか使って元老院入りを狙ってるわね」
「冗談じゃない。ますます国が乱れるじゃないか」
僕が西の属州の暴動を知ったのは、家族会議でだった。
街に出てから数日後、ケラスィンに家族会議をすると言われて、連れて行かれたのが食堂で、そこでは皆が慌てたように喋り合っていた。
「そろそろ良いかしら?」
ざわつく館の皆を落ち着かせたのは、ケラスィンである。
僕がアクスファド先生に習った所によると、属国ではなく州という言葉を使っているのは、ロウノームスが制圧した地の、元々の国や民族の主体性を認めていないからだそうだ。
今回も反乱ではなく、暴動と言い繕っているのもその1つ。
だが今回の暴動で、更に見えて来た事がある。
つまり、ロウノームスは自国の民を養う事が出来なくなっているのだ。
やはりロウノームスは僕が何もしなくても、滅びそうだなぁと改めて思う。
ただ……ロウノームスが滅びると、世情が不安になる。
世情が不安になれば、ロウノームスの王族であるケラスィンに危険が迫る。
ケラスィンに危険が及ぶロウノームスの滅びを止めたくて、何かをしたいと思うのだが、一体この僕にどれだけの事が出来るか……。
一人の知恵では高々知れている。
だから皆で話し合う為の、家族会議があるわけだよな。
そう頭を切り替える。
でもその家族会議も、どうも見聞きした報告会という、膠着状態に陥っている感がある。
王宮内で仕入れた情報。
店の売り上げや、お客さんの様子、街で拾って来た噂話など、街全体の状況も見ているらしい。
だけど、たま~に分からない言葉があるんだよなぁ。
要点だけでも、メモって置いてもらえないかなぁ。
そしたら後から分からない部分を聞きに行けるし。
皆には周知の事実でも、僕には分からない事がいっぱいありそうだ。
分からない言葉が出る都度、マスタシュへ尋ねていたら、会議の進行に水を差しそうだし、後から聞こうにも、聞く時点で、あれ、何だっけ? ってなりそうな気がする。
分からない個所をメモしたいんだが、メモをするという習慣がロウノームスには無さそうなんだよなぁ。
会議場を見回しても、書類というものはなく、口頭で意見を言い合うだけになっている。
会議の内容を纏めてる人は誰も居ない。
これまでの会議の内容はどうだったんだろう?
やっぱり口頭のみだとすると、後で読み返す事が出来ないから、何かアイデア無いかなって時に、事前の会議で出てたアイデアを1から作り直しになっちゃう。
もう墓穴を掘って、言い出しっぺで議事録は僕の役目になったってこの際構わないっ。
紙だ、紙をくれ!
メモする為にもやっぱり、紙が欲しいっ!
市場にここ数日通ったが、王都内には上質な紙の原料は売ってなさそうなんだよなぁ。
まあ、紙自体が普及してないんだから、売ってないのも当たり前だけどさ。
でもロウノームスは広いんだから、どこかには絶対あるはず。
探しに行かなくちゃ。
とはいえ今の僕は、言葉が微妙で、土地勘もない、居候の無一文。
無い無い尽くしで参るよなぁ。
しかし、何もしなければ、何も起こせない。
ここは言うだけでも、言ってみよう!
「はい!」
僕は挙手をして、発言許可を求める。
「どうぞ、エイブ君」
「紙、欲しい! 材料、探したい! 人手、欲しい!」
初めは自分用のメモ用紙とか、お店のチラシや帳簿くらいに考えていたけど。
どうせなら、紙製作所を国家事業規模で興したい!
初めは王都内からだって、いい。
紙製作の技術は完全に開示して、どんどん色々な場所に紙を広げる。
そうすれば、紙と一緒に製紙技術の始まりはロウノームスの王族だと、きっと広まるはずだ。
ロウノームスの王族が王都で大切に思われているのは間違いない。
だが、征服された属州ではきっと違うだろう。
武力で襲い、それまでの生活を一変させ、自分達を奴隷とし、自由に生きる権利を奪うロウノームスを恨まない訳がない。
そのロウノームスの王族が完全開示した、新しい技術。
それも、武器防具ではない、戦法でもない。
ただの紙。
されど、紙だ。
きっと僕以上に、もっと頻繁に紙を必要としている人が絶対にいるはず。
でもその技術を独占しない王族の姿勢は、ロウノームスに対する敵意や不満を少しは宥めてくれないだろうか。
「ケラスィン、お金、貸す。欲しいっ!」
「こ、の、馬鹿っ! 重ね重ねケラスィン様に向かって、何だってっ?!」
「……マスタシュ、痛い」
初・殴られ?!
しかも後ろからだったから、頭に机をぶつけたよっ!
余りの痛さに涙を浮かべ顔を上げれば、マスタシュの様に言葉と態度には出さないが、何を言い出しやがる! 的な顔付きで、雰囲気を硬くした館の人達。
「え? 何で?」
そんなに変な事を言ったのだろうか?
顔見知りの人達の顔を見渡すが、表情が変わらない所か、更に悪化する。
助けを求めてマスタシュを振り返るが、更に殴ろうと手を振り上げて居る。
割って入ってくれたのはケラスィンだった。
「マスタシュ、落ち着いて。エイブ、もう少し詳しく話して頂戴」
「ありがとう、ケラスィン」
僕は頑張って、紙の利点とロウノームスの王族のイメージアップを説明する。
だが、どうもうまく伝わってない気がする。
もっとロウノームスの言葉を喋れるようにならないとなぁ。
「紙ねぇ。紙かぁ! うん、いいんじゃないの? 材料探しと人手集めなら、手伝うよ」
これは、自分だけで紙作りを頑張るしかないかなぁと思い始めた時に、反応が出た。
パーパスさんだ。
しかも、賛成してくれてるよ!
「どう良いのかさっぱりですが、パーパスさんが言うなら……」
「このまま手をこまねくより、何かしないとな」
「手の空いている時なら、手伝いますわ」
どうやら、GOサインが出たようだ!
嬉しくなって、後ろを振り返ったけど、振り返るんじゃなかった……。
マスタシュが、相変わらずこぶしを握ったまま振り上げたままだったのだ。
「何で~?!」
その僕の慄き声に、皆が一斉にマスタシュを見つめ、笑い出した。
バツが悪くなったのか、マスタシュが手をやっと下ろしてくれた。
あ~良かった。
とはいえ、紙は一昼夜では出来ないよ~。
すぐ出来る事って、何か無いかなぁ。
マスタシュの機嫌がすぐ直るような何か~。
「青年の家、欲しい。マスタシュ、友達、館呼びたい」
「だああああああああ!」
「痛いっ! 痛いっ!」
今度は、首を腕で絞められながら、殴られた~。
死ぬ死ぬ~!
見送る
「「いってきます~!」」
窓の外からエイブとマスタシュの声がする。
「今日もエイブ街に出るのかしら?」
「どうも、街の食堂で会計係に抜擢されたそうです」
「会計係?」
「食堂のお釣りをお客様に返す仕事です」
「お釣りを間違えたら、大変じゃないのかしら?」
「店で働いている者達によると、とても早くて正確だそうです。皆大助かりだそうで」
「そうなの?」
「店は計算に自信がある者は居りませんでしたから」
「だから毎日出かけてるのね」
「もっとも、すぐにお店に来ないそうですよ」
「どこかで寄り道でもするのかしら?」
「市場で良く見かけるそうです。見つかって、店に引っ張って行かれるそうですよ」
「楽しそうね」
「楽しそう?」
「楽しそうじゃない?」
「確かに楽しそうですね」
「マスタシュも一緒に行ってるけど、マスタシュは何をしてるの?」
「どうやら一緒に会計係をしているそうですよ」
「一緒に?」
「アクスファド様に計算を習い始めたそうで、実地練習だそうですよ」
「マスタシュも頑張ってるわねぇ」
「字も大分覚えたそうですしね」
「マスタシュもシーツ学習してるのかしら?」
「壁一面のシーツには、文字がびっしりに書かれてるそうです」
「凄いわねぇ」
「誠に」
「私もお店に見学に行っても良いかしら?」
「申し訳ございません」
「駄目なのね」
「はい」