街のお店。
館用として納入された賄いの、材料の余りを提供しているので、メニューの材料に元手が掛からないお店。
材料費が低価格で抑えられるので、料理メニューは、破格の値段で提供している店だと思っていた。
しかし、実際のお店にはビックリだった。
店のメニューは、確かに安い。
相場から見れば、安いけど破格の値段ではない。
もっとも、食材のどれくらいを館からの流用で、賄っているのかは分からない。
手の込んだ料理はなく、高級感も一切ない。
パンとおかずとスープを好きな組み合わせで選ぶ。
注文したらすぐに運ばれてくる。
忙しい人なら、ぱっと食べて、サッと出ていける。
先に会計を済ませてあるから、逆にのんびり居座る事も出来る、そんな感じの店だった。
今日は先に市場に行って色々買い食いして来たから、この街の大体の相場は何となくだが分かっている。
やっぱり余りに値段が破格過ぎると、どんな材料を使ってるか怪しくて、逆に怖いか。
周りの飲食店との兼ね合いもあるだろうしなぁ。
だが、この値段なら儲けが結構出てるはず。
館からの食材の持ち出しは、ケラスィンが思うほどじゃないのかな?
お店の稼ぎは何に使っているんだろう?
ちょっと気になるところだ。
「会計が全部で1874G。もらった額が2000Gって事は、おつりは126Gだよなぁ?」
店に入る順番待ちをしていると、非常に自信なさげな声が前から聞こえて来た。
その余りに頼りない声に、僕はつい助け船を出す。
「正しい。合ってる」
「……エイブ君、計算出来るのかぁ」
すると会計をしていた人に、じろっと見られた。
あれ、まずかったか?
仕事に口を挟んじゃったわけだし。
と、思ったら。
「食べてからでいいから、ちょっと手伝ってくれないかなぁ」
絶対逃がさない! と、目が語っている。
今日の予定が何もない僕は、とっても暇人。
確かに、何かお手伝いする事はないかな~と思って、僕は店に来たよ。
でも、掃除とか、お皿洗いとか、僕としてはそういう基本的な事を想像してたんだよ~!
「何で僕はここに居るんだ?」
会計口で、僕はついぼやいた。
僕は信用出来ないから、マスタシュという見張りが付けられたはずなんだが、店に来た初日に、金勘定を任せられてしまったよ?
「お会計、582Gです。600G頂きました。18Gお返しです」
「ありがとうございました」
最初に、言葉の指導を受けた後は、もうすっかり会計専属になってしまっている。
確かに背後に監査役もいるけどさ~。
「マスタシュ、計算出来る?」
「出来る訳ないだろ。読み書きだって、ようやくなんだから」
『ズルして、ちょろまかし放題だな』
「な! ……どうせしないくせに」
「マスタシュ、凄い」
「どこがだぁ!」
呟いた僕に、マスタシュが目くじらを立てた。
「マスタシュ、島言葉、覚えた」
子供はやっぱり覚えるのが早い。
羨ましいなぁ。
「マスタシュ、計算覚える? アクスファド先生、習う?」
すると今度は、不思議顔が返って来た。
何でその表情なのかが分からなくて、僕も同じ様な顔になる。
「僕なんかに読み書きだけじゃなくて、計算もだって? 何考えてるんだ?」
「マスタシュ、計算すぐ覚える。島、青年の家、全員読み書き・計算習う」
上手く訳す事が出来なかったが、島では皆、読み書き・計算が出来、特別な事ではないと僕は伝えた。
「青年の家?」
「子供、皆集まる。子供達、集団生活。仕事、勉強する」
「へ~」
マスタシュからの返事は短かったけど、ロウノームスにも青年の家があったら、大人から口出しされず、楽しかっただろうなぁという風に考えている様に見える。
「マスタシュ、館、青年の家、する?」
広い館の一区画を区切れば、いくらでも青年の家に出来ると思うんだが。
そう考えて提案してみたのだが、更にマスタシュは変な顔を浮かべ、僕に突っ込んできた。
「反乱を止めて、勝手にロウノームスの為に何かしようとしてるのを知ったら、島の奴らは怒るんじゃないか?」
「……」
怒られるだろうか?
僕はマスタシュに問われた事を考えてみた。
反乱を起こす為にロウノームスに来たと、島の皆は知らない。
けどもしこの場に皆が居たら、島の迷惑にしかならないロウノームスを生かそうと考えている僕にいい顔はしないだろうか?
それとも、「エイブだから」で、手伝ってくれるだろうか?
何度も何度も心の中で反芻している。
「反乱止める、説明する。皆会う、ロウノームス現状伝える、努力する」
「ふ~ん」
まだロウノームスを知り尽くすほど見て回れていないが、このままロウノームスが進むなら、マスタシュの仲間の様な生活を送る人が増えるのは確実だ。
それどころか、奴隷の身分に落ちる人が増え、死者が確実に増えるだろう。
先生によると、祟り病の前の奴隷生活は、一般の人と変わりない良い生活だったみたいだ。
奴隷の主人は奴隷を大事に扱い、きちんとした健康的な生活を送らせ、気持ち良く仕事をしてもらえるよう努め、奴隷が主人を選ぶ事もあった程。
今の様に、鎖に繋げ、食事を与えない、いつ殺されても文句も言えない、奴隷の命もその扱いも、主人の自由になるなど、祟り病の前後では、信じられない変り様らしい。
一番最初の出会いが、船倉に鎖で繋がれた奴隷達である僕には信じがたい事であったが、先生にとっても、祟り病前に、鎖に繋がれていた奴隷達は信じがたかったそうだ。
でも、何でマスタシュは島の皆の事を出してきたのかな?
やっぱり、さっき友達に会った事が原因だろうか?
「マスタシュ、寝食困らない暮らし、後ろめたい?」
「……友達じゃないって、言っただろ」
「マスタシュ、ロウノームス、考える。僕、一緒、考える」
このままじゃロウノームスが駄目な事は分かっている。
出来そうな事からやっていくぞっ。
『う~ん。紙が欲しいなぁ』
「はぁっ? 紙っ??」
「うん、紙。紙欲しい。いっぱい書き物出来る。売れた物書ける。帳簿付ける。僕、ちょろまか難しい」
島で日常的に使ってたが、ロウノームスに来てから見た事が無い。
日々ロウノームスの言葉を書き留めるのは、壁に止めたシーツだ。
「紙なんて、貴重品だぞ」
「紙、貴重?」
「だからシーツに書いてるんじゃないのか?!」
「すぐ使えた」
壁に掛ければ、すぐに見れるし書く事も出来る。
「ふざけんなっ。くっそぅ、計算も習ってやる~っ!」
「その調子っ! でも、欲しい。紙」
注文票を作れば、注文間違いも減らせるし、帳簿付けも出来る。
色んなアイデアを書き留める、メモ帳だって作れるぞ。
そしたらお店のチラシも作って~。
そのチラシを持ってきてお店へ来てくれた人には、スープを一杯サービスにするとかね。
その紙もまた溶かして再利用~。
うん、イイネイイネっ!
シーツ
「どうしましょう?」
「……」
館の新人である、クロワサント島から来たエイブさんの部屋に入った私はびっくりした。
洗濯物にずっとシーツが出て来なかった事から、ナラティブ様に相談し、部屋からシーツを持って来る許しを得た私は、シーツを洗濯に回すべくエイブさんの部屋に入った。
それにしても、困った。
「ベットにシーツが無いって事は、この壁に掛かっているのが、シーツよね」
貰って行って洗濯したいのだけれど、文字がいっぱい書かれているのだ。
私は文字が読めないから、シーツを洗濯して良いものか分からない。
「……ナラティブ様に相談かしら」
悩んだ私は、ナラティブ様を呼んできたのだ。
ナラティブ様も困っている。
「新しいシーツを持って来て。壁のシーツはそのままで良いわ」
「ケラスィン様」
慌てて私はお辞儀をした。
部屋に入って来たケラスィン様は、壁のシーツをなぞりながら、謎だった文字の内容を伝えてくれる。
「これはエイブの勉強に必要なはず。単語に、多分読み方かしら? それにしても勉強を始めて数日なのに、凄い文字数ね」
「そうなのですか?」
「ええ」
壁のシーツを見つめる真剣なケラスィン様のお顔を見て、ナラティブ様が私に頷きを見せる。
「なるべく協力を」
「はい」
強く頷き返し、ふと頭に浮かんだ事を聞いてみる。
「もう1枚シーツを用意しましょうか?」
勉強仲間のマスタシュはどう勉強しているのだろう?
「この部屋を見せて、どうするか聞きなさい」
「はい! 擦り切れそうなシーツをご用意しておきます!」