裏街仲間。
僕は必死でマスタシュの後を追いかけた。
呼び止める事も考えたが、きっと止まってくれないだろうと、追いかける事に専念する。
マスタシュ達は人混みの中を進むのに慣れているらしく、始終その姿が人影に消える。
マスタシュの着ていた服を覚えていなかったら、完全に見失ってしまっていたと思う。
そんなギリギリの状態で追い掛けて、立ち止まった先にはマスタシュと、僕の財布を狙った小さな手の子と、もう少し上の子供達が数人。
待ち構え、対峙していた。
「マスタシュ、久しぶり~」
「元気か?」
「お前らもな。でもわざと一番下手な奴に来させただろ」
「さすが、マスタシュ」
「マスタシュなら分かると思ってたよ」
「で、何の用だよっ?」
どうやら知り合いみたいだ。
しかも雰囲気から察するに、戻って来い……じゃないだろうか?
という事は、この子供達はマスタシュの友達だ。
しかも相当深い仲。
当たり屋をして、ケラスィンに館に連れて行かれ、帰って来ないマスタシュを心配していたに違いない。
マスタシュに友達が居たなんて。
ちょっと僕は感動する。
館では、僕の監視ばかりして、誰かと遊んでいる姿なんて見なかったもんなぁ。
だが、ちょっとマスタシュ達の雰囲気がおかしい。
「だから今は無理だってっ」
仕切りに帰ってくるように訴える友達達に、マスタシュは防戦一方だ。
絶対に頷かないマスタシュに、友達達は僕の方を指差し、
「挙句の果てに、マスタシュがあんなのの後ろを、付いて行かなきゃいけないなんて」
へっ?
僕っ?!
慌てて自分の顔を指さした僕に向かって、友達達は一斉に頷いてくる。
「お前、どうやってマスタシュを誑かしたっ?!」
「お前のせいでマスタシュが帰って来れないんだろっ?!」
「え~?!」
どうやら、マスタシュの友達達は、マスタシュが僕に付いて回ってるのが気に入らないっぽい。
まぁ、当然かな……。
ず~っと心配していた友達が、見た事もない奴の世話をしてるんだから。
「違う違う。マスタシュ、僕、監視する」
「「監視~?!」」
それまで、友達達の帰ってこいコールに防戦一方で、周りを見れなかったマスタシュは、後ろを振り向き、付いて来ていた僕を見て、ぎょっと固まってたが、
「エイブっ! 何で居るんだよお~っ!」
僕を指差し、叫んだ。
ふふふ~。
ちょっと胸を張っちゃうぞっ
尾行は僕の方が上手らしいな。
だが、このままじゃ、マスタシュ達の話は平行線のままだ。
僕が間に入ると、余計拗れるかなぁと思いつつ、まぁ割り込んじゃおうっ!
「一緒、皆、館帰る」
「馬鹿かっ。そんなの駄目に決まってるだろっ!」
マスタシュは慌てているが、他の子はむしろ白けていた。
しまった。
どうやら話を一足飛びにし過ぎたらしい。
学習能力ないのっ?!
クロワサント島に居たら、女性陣達からタコ殴りの嵐だ。
だが、ここはロウノームス。
マスタシュの怒鳴り声だけで済む。
にしても、マスタシュ、大分僕の考えが読める様になって来てないか?
怒鳴るって事は、逆を返せば、マスタシュは僕が本気だって分かってるって事だから。
「マスタシュ、友達?」
「友達じゃない、スリ仲間」
「スリ?」
どうも良く分からない。
だがマスタシュの話と先程の小さな手の子の態度からすると、人のお金を盗って生計を立ててる仲間達って事か。
ロウノームスには青年の家みたいな制度がないのかなぁ。
祟り病流行後しばらくの間、青年の家の子供が小間使いをさせられたり、お腹を空かせたりしていた。
でも青年の家があったから、小さな子供がマスタシュの様に当たり屋をしなくてはならないなんて事はなかったし、北の州では盗みもなかったはずだ。
「そいつ、お前の主人じゃないんだ?」
「主人はケラスィン様」
「主人、違う。家族」
館の皆が家族だと、ケラスィンは言っていた。
つまり。
「マスタシュ、帰らない、駄目。ケラスィン、悲しむ。縁あった。だから皆、一緒帰る」
「だから、駄目だって。大体ボクが館にいるのだって、可笑しいんだからな。それにここに居るだけじゃない。何人居ると思ってるんだよっ」
「大丈夫。館、広い。走る場所、一杯。食材、余ってる。問題なし」
寝るのは館で、走るのは王宮の庭で、後それに食べ盛りが大勢いれば、僕は未だに毎食毎に目の前に出される大量の惣菜皿から逃げられる。
うん、いいじゃないかっ。
そんな遣り取りと、マスタシュの慌て様で、子供達は何か感じる所があったらしい。
「マスタシュ。何コイツ、マジで言ってんのか?」
「ただの馬鹿なんだよ」
「マスタシュ、酷い」
僕=不審人物=馬鹿?!
なら、そう思われてる通りに行動するかっ。
強制的に連れて帰っちゃえ~っ!
僕はマスタシュと話していた、子供達のリーダー的存在っぽい子供に手を伸ばした。
むっ、避けられた!
「ケラスィン様って、お姫様だよな? 王宮に住んでるんだろ? そんなトコに住む度胸はマスタシュと違ってない!」
「大丈夫。皆家族。普通じゃない普通」
「どっちだよっ。とにかく王様は特別なんだ! 無理ったら、無理っ!」
「大丈夫、大丈夫~」
更に、誰でも良いと、一番近い所に居る子に手を伸ばすが、誰もが僕の手を避けるっ!
「じゃ、じゃあなっ、マスタシュ!」
「変な奴がいるみたいだけど、話せて安心したっ!」
「いつでも帰ってきていいからなっっ」
子供達はあっという間に、しかも散り散りに逃げて行ってしまった。
結局マスタシュが友達と語らう時間を、僕が短くしちゃっただけになっちゃったなぁ。
「ごめん、マスタシュ。マスタシュ追い掛ける。話す」
「いい。さっきのアイツがたまたま面倒見のいい奴ってだけで、別に仲が良いわけでも何でもない」
「……」
そうかなぁ。
仲が良いから、心配してくれたんだと思うんだけど……。
「それより先に店に行けって言っただろ。何で付いて来たんだよ」
「店、場所、分からない」
「パーパスにでも聞けば良かったじゃんか」
「……そうか」
本当に全員連れて帰りたかったなぁ。
僕は後ろを振り返りながら、マスタシュに背中を押され、当初の目的通り、お店へと向かった。
王都の一日
「お疲れさん~」
「お疲れさんでした~」
「今日はどうだ~?」
「変わりないですねぇ。稼ぎも……」
「う~む……」
「懐具合がやばいなら、店に行けよ」
「はい。またお願いします」
「ああ。いつでも来い」
「食堂で食うよりは、財布にやさしいはずだ」
「そうですね。お土産付きますし」
「でも食堂の方が情報入るんだよなぁ」
「まぁなぁ」
「そういえば、食堂で西の属領で騒ぎが起きたって、商人が言ってましたよ」
「何だと?」
「食えなくなった貧民街の者が、代官の館に押しかけて、飯を寄越せと騒いだそうです」
「西もとうとう喰えなくなったか……」
「はい……」
「それで?」
「ちょうど代官が留守でして……」
「それは……」
「まずいんじゃないか?」
「ええ。もうちょっとで、焼き討ち騒ぎになる所だったそうです」
「……もうちょっと?」
「その騒ぎを聞きつけた属領領主が、炊き出しをして、何とか解散させたそうです」
「良い領主だな」
「ああ」
「騒ぎを起こして捕まったら奴隷行きだ」
「今の奴隷は死と同義だからな」