初めての舟。
「みんな~、今日は本を探す手伝いをしてもらえないか~?」
次の日、たまたま雨で外に出れなくて、青年の家で暇を持て余していた年下の子達に僕は声を掛けた。
「舟の本を見つけたら、僕のところに持ってきて欲しいんだ」
「昨日見つけた小舟の修理の本~?」
「そうだよ~」
さすが青年の家。
情報伝達早いなぁ。
「どんな本でもいいから、舟が書いてあったら持ってきて~」
簡単な文字しか読めない小さな子供達にも声を掛けた。
みんな一斉に本棚に殺到し、次から次へと持ってくる。
僕はどんどん本に目を通していった。
一通り目を通して思ったのは、舟に関して全くの初心者である為、僕らが必要としている舟の修繕や造船に関して書いてある専門書は、ただ字面をなぞっただけでは今一つピンと来ないというものだった。
所々に使われている専門用語も意味不明である。
その内容に戸惑ったのは幼馴染達も同様だった。
「うが~っ。分からん~っ」
「なんで舟に油がいるの?」
「う~~~~~ん」
みんなで頭を抱えていると、
「さすがに本だけじゃ無理かねぇ」
「おばあちゃん」
おばあちゃんとも話し合いの上、やはり一度舟に詳しい人に相談に乗ってもらおうという事になった。
僕らの行動を陰ながら支えてくれているお母さん達に、話を持ち掛け、そこから更に秘密を共有してくれそうで、舟に詳しい人を紹介してもらった。
偶然にも、バナの幼馴染のお母さんのお父さんだった。
「久しぶりだ、バナ。元気だったか?」
「……おじさん誰?」
「お前の父ちゃんの仕事仲間さ。まぁ前に会ったのは、お前が生まれたての時だったからな。覚えてるわけないよなぁ」
「……お父ちゃん?」
「お前の母ちゃんも知ってるぞ。お前は二人によく似ているよ」
懐かしそうにバナの頭を撫でている。
話のきっかけに出来ればと思ってバナを連れてきたけれど、娘さんから聞いていた通り、バナの両親は親方に随分と気に入られていたらしい。
「……お疲れのところ、すみません」
もちろん遠縁の者達がいない時間を見計らうのは忘れない。
「子供達の悪巧みの相談に乗ってやってくれって言われて何かと思えば、お前かぁ、エイブ」
早速、相談に訪れた家で、初っ端僕は笑われた。
「そんな、人聞きが悪いです。他言無用でちょっと……じゃなくて、色々と質問したい事があるだけで」
「それを悪巧みしてるっていうのさ」
変な風に話が伝わってしまっているのか?
いや、親方のこの表情だと、ただ単にからかわれているか、面白がられているのだろう。
「それで、何を教えてほしいって?」
「ここが分からないんですけど」
僕は予め持参した本を見せる。
「あぁ、これはな……」
基本的に僕達子供に仕事を教えてくれる大人は、人柄がイイ人=復興仕事をする者達をまとめる親方達や、その手伝いをしている人達が多かった。
だから僕の名前も知っていたのだ。
今回のお願い相手が親方で、顔を何となく知っている程度の面識しかない大人相手じゃない事に、僕は大いにホッとしていた。
「それにしても、どうした、エイブ? 今北の州に舟などないだろうが。なぜ舟について聞いてくる?」
「友達が、難破している舟を見つけたんです。直して使えれば、魚釣りに沖に出れるかと」
「海に出るだと?!」
「ええ」
「馬鹿な! 病は海から来たんだぞ!」
娘さん以外のすべての家族を流行病で亡くした親方の気持ちは分かる。
北の州のほとんどの者が、同じやるせない気持ちを海に対して抱えているだろう。
だが、ここで止めるわけにはいかない。
この村は海と共に生きてきた。
海こそ僕らの復興のカギなのだ。
「親方、海は変わりありません。北の州の病が終焉したように、海の病も終焉したのでしょう。変わらず僕達に豊かな恵みをもたらしてくれています」
「だが。またもし何かあったら……」
「大丈夫ですよ。前回は病に負けましたが、それは病について何も知らなかったからです。今は病がどう進むか、どんな症状が出るか分かっています。早期に対処を行えます」
「う~む」
どうやら話を聞いてもらえそうだ。
僕は親方に、青年の家が目指す『ご飯のおかずをもう一品希望!』の話を聞いてもらった。
さすがの親方も、青年の家の実情は気付いてなかったらしい。
整理されず、つっかえる僕の話を、真剣な顔をして聞き続けてくれた。
今日は朝から舟の修繕である。
最初は青年の家の子供達と親方による口頭のやり取りだったのだが、そのうちに村全体が参加する、雨の日の恒例相談会に広がった。
最初は難破船集めだった。
まずは使えそうな木板に付いた貝殻を削り落とすところから始まり、木板の損傷部分の交換・修繕・そして組み直し。
そして帆の作成方法。
それらを紐で繋ぐ。
木板の継ぎ目には、繊維を練り込んだ防水油を詰め込んで隙間を埋める。
浸水防止としても、油は全体に塗っていく。
「この結び方は舟以外でも使えるからな~。この際、しっかり覚えてとくんだぞ!」
「は~い!」
「指ぬきを忘れるな、自分の手を縫うなよ!」
「わわわ……っ」
「ずっと水が浸かっている部分はどうしても脆くなりやすいが、そのつど修繕していけば何十年も乗れるからな!」
「おお~ッ!」
操船方法に、網の修繕方法や、竿の手入れ、餌の付け方も一から教わり……。
それらの教えを新たに書き残し、纏める役は僕に押し付けられた。
なぜなら。
「もっとキレイに書きなさいよ、読めないでしょっ!」
「誰これ書いたの、汚いわね~」
と、女の子達から散々に言われ。
「あいつら、やいやいウルセェんだよ」
「だから頼むな、エイブ」
「な……っ。僕だって文句言われたくないんだけど……」
やる時はやるし、しっかり口もアイデアも挟む幼馴染達(男)が、文句を言う幼馴染達(女)を恐れて、字を書く作業を僕に押し付けたのだ。
書き写しが間違いないか、書いてはみたものの、やっぱりここが分からない等々。
何度も親方の所に聞きにいった。
だが、『ご飯のおかずをもう一品希望!』が州都全体にひっそり浸透したのに、まとめ役は僕のまま。
その内、書類作成は僕に押し付け=州の事務仕事まで僕担当だと、周知定着してしまった。
押し付けられるたびに僕は、
「やって下さいよ~」
と言うのだが、誰もが、
「任せたぞ~。よっ、纏め上手!(笑)」
と、取り合ってくれない。
仕方なく仲間に、
「お前らズルイ~。僕も書類作成以外で動き回りたい~」
と愚痴を零しつつ、それらの仕事をきっちりこなしていった。
州の事務仕事で唯一嬉しい誤算だったのは、書類作成という最終的な〆を僕が行っているので、遠縁の者達がただの書類預かり係になり、実権がほぼなくなった事だ。
もう復興のおこぼれにはあずかれない流れになっていると、ちゃんと気付いてくれていますか……叔父さん叔母さん……。
ある日のエイブ
朝、起床。
昨日終わらせた書類を見直し。
遠縁の者達と朝食を取る。
収集に出かける青年の家の子達と一緒に村まで出かけ、書類を届ける。
州長館に戻って、出来ていない書類と今日頼まれた書類の作成。
「ぐぅ……。分からん。前回はどうなってたんだっけ?」
ゴソゴソゴソゴソ……。
「……読めない」
「お~い、エイブ、これ頼む~」
「親方いいところに~! コレ教えてほしいんですけど~!」
「おう。これこれこういう訳でな。こうなっている」
「なるほど~」
「教え賃に、こいつも頼む~」
また増えた! しかも……!
「ぐがぁ! 読めないじゃないですかぁ!」
「おう。だから清書をな。こいつは道具と人を借り出す書類だ」
「じゃあ、とうとう?」
「おう! 始めるぞ! 青年の家の奴らに明日の朝、港に来るよう伝えてくれ」
「わかりましたっ!」
打って変わって、自然と声が弾む。
「頼んだぞ~」
去っていこうとする背中を呼び止めて、もちろんお願い!
「僕も乗りたいです!」
「手持ちの書類が全部終わってたらなっ」
「親方、ヒドイ~っ!」
終わる訳ないじゃないですか~っ!
次々と持ってくるのは誰ですかぁ!!
ちょっと落ち込みながら、おばあちゃんとお昼ご飯。
「どうかしたのかい?」
「明日、始動するそうです」
「そうかい。じゃあ今日中に潮の流れや海底の様子を書いてある地図を探さねばね」
「……ワカリマシタ」
明日、舟に乗れないのは確定です…。
午前中頑張って、書類をだいぶ片づけたのになぁ……。
午後いっぱいかけても見つからない地図に、涙目になった僕。
「お~い。エイブが捜してるのはこれ~?」
幼馴染が薄い大判本を持ってきた。
中を見て、
「こ~れ~だ~~~~っ!」
叫んでしまったっ!
「借り一つなっ!」
「おうっ、貸しとくっ!」
明日親方に渡さねばっ! と意気込んでいた僕は、ニヤニヤと幼馴染が眺めて来ているのに気付かなかった……。