街に出よう。
「人、いっぱい」
「そうか? 祟り病前に比べたら静かなもんだって、大人達は言うぞ?」
僕の前を歩き、案内をしているマスタシュが、そう返事を返してきたが、やっぱりロウノームスの王都は、クロワサント島に比べて賑やかだ。
ケラスィンから街に出るお許しが出た次の日、早速街に繰り出した僕は、改めて思う。
「賑やかと言えば、市場だな。こっちだ」
ケラスィンに頼まれたのが大きいんだろうけど、今日のマスタシュは一味違う。
何と、街を案内してくれているのだっ!
「市場?」
「色んな物が売っている場所だ」
「へぇ~!」
他州の闇市の闇が抜けた市場かぁ!
結局北の州は、物を探している人に、直に物々交換が主で、市場が立つまでは行かなかったもんなぁ。
闇市じゃない市場って、どんな感じなんだろう?
ちらっと通り過ぎた時に見た限りでは、物が一杯に人も一杯で、とっても賑やかそうだったよなぁ。
市場に行ったら色んな食べ物が食べれるって聞いたし、実に楽しみだぁ!
もらったお小遣いで、何を買おう?
お昼ご飯を考えたら、どれくらい使っちゃっていいんだろう?
まぁ買えない物に手を出そうとしたら、一味違う今日のマスタシュが、僕を止めてくれるだろう。
というわけで、何だか美味しそうな物発見っ。
島にはなかった、たぶんフルーツっ!
1口ぐらいに切ってあり、櫛に数個刺さっている。
しかもそれが数種類、綺麗に並んで僕を呼んでいた。
「僕、あれ食べる。マスタシュ、食べる?」
「いきなりかよっ。だから朝飯あんまり食べない様にしてたんだなっ?」
あ、バレた。
これはますますマスタシュにも食べさせて、買い食いの共犯にしておかなくっちゃ。
「マスタシュどれ? 僕これ。名前、何?」
「それはナシっ! おいっ! 幾つ買うんだよっ!」
「マスタシュ、どれ?」
ここでマスタシュを共犯にせねば、ケラスィンにまずい報告が入ったら、街への外出が取り消されてしまう。
ナシと、さっきマスタシュがちらっと見ていた果物を2櫛、とりあえず僕は買い取った。
「おいしそう。マスタシュ食べる」
その場で頬張り、マスタシュにも櫛を渡す。
噛むと、口の中に甘い果汁が広がった。
当たりだ~っ。
「……しょうがないなぁ」
選んだ果物は、どうやら無事にマスタシュの好物だったらしい。
僕は、マスタシュの買収に成功した。
次は何を食べよう……もとい、しようかなぁ。
きょろきょろ僕は市場を見学する。
「市場すごい」
「逸れるなよっ!」
「うん」
そう返事は返すが、本当に逸れずに済む気はしない。
それほど僕は、市場に引き付けられていた。
ちゃんとお店を構えている所もあれば、敷物を広げて売っている人もいる。
前から案内していると、絶対僕が逸れると見てとったらしいマスタシュに、後ろから誘導されつつ、人の流れに乗っていくと、店が途切れ、日が差し込む広場に僕は着いた。
おやっ!
見覚えのある人、見つけた~っ!
館の中だと物凄く派手だったのに、周りが大道芸人で一杯である。
混ざると、派手に思えないのが不思議だ。
「マスタシュ、あれ」
「パーパスだっ! 公演中だなっ!」
「近く行く?」
「行こうっ!」
今度は、マスタシュに引っ張られながら、僕はパーパスさんの傍まで進んだ。
そういえば島に来た使者一行を見た時、派手な奴等だなぁと思ってたなぁ。
でも今は、そう感じなくなってしまっている。
上には上がいるって事か?
「そこのお2人っ! この芸は正面から見てほしいッス!」
おや、呼んでもらえてるっ!
見て行っていいよ、って事だな?
「無許可でやってるから、お客さんが広がって往来の邪魔だって、怖~い憲兵さん? に捕まっちゃうッスよ。いや~参っちゃうッスよねぇ」
思わず笑いを誘うような、おどけた調子で言われた。
始めは1つだった、カラフルなお手玉の数が増えていく。
「拍手お願いしまッス! 皆で一斉にやって頂けると、嬉しいッスよ~。あそこら辺にいる人に、何だ何だって思わせるぐらいに」
更には物まで大きくなっていく。
「あぁ! 帰らないで~、最後まで見て行って~。……行っちゃったッスね~」
そして。
「……さぁ、もっとも緊張する時間がやって来たッスよ~」
もっとすごい大技でもするのかと思いきや、おもむろに持ち上げたのは、お客さんがお金を入れる箱っ。
「え~。ようやく祟り病が落ち着いた所で、お客様方の懐もまだまだ寂しい状態かと思われまッス」
おや。まともな口上が来た。
「がっ。ちょっと、ええ、ほんのちょっとで構いませんっ。私めの生活の心配をですね、ぜひぜひして欲しいなぁと思う訳でありまッス」
「う~~~~~ん」
「……50点」
ズバッとお願いしすぎだぁ。
「これ位言わないと、皆お捻りも出し辛い懐具合だしな。しょうがないか」
な~んて、横でマスタシュが呟いている。
お願いしますと、ありがとうございます、を何度も繰り返して、最後にパーパスさんは、僕の所へやってきた。
「君のお陰で、お客さんの雰囲気良かったッス。ありがとうっ」
物が大きくなるにつれ、まじまじと見ちゃってたもんあぁ。
思わず声も出しちゃってた気がするし……。
「面白かったっ」
僕は、ケラスィンから預かったお金の中から小銭を数枚取り出し、1枚をマスタシュに渡し、残りをチャリンとパーパスさんの箱に落とした。
その後、違う通りの市場に向かい、あっちを見、こっちを見していた僕の懐に、小さな手が伸びて来た。
その手はお小遣いが入った袋をしっかりと握っており、そのまま盗って行こうとしている。
が!
残念~っ!
お小遣いは貰った物だし、袋だって借り物だから、絶対無くしちゃいけないと思って、紐で手首に繋いでおいたのだ。
小さな手はその事に気付いて、一瞬だけ戸惑ったものの、そのまま逃げて行ってしまう。
凄く、小さくて細い手だった。
実害は無かったし、捕まえる気なんて、僕にはなかったのに。
「先に店へ行っとけよ!」
「へっ?!」
マスタシュがその小さな手を追って行ってしまった。
僕のその後の行動だって、早かったよ。
ここに置き去りは勘弁だっ!
パーパス
「マジに気に入ったなぁ」
マスタシュに案内され、広場から去って行く後姿を見送りながら私は1人心地た。
あれだけ警戒心が強い裏街出身のマスタシュが、彼にすっかり懐いているのも高得点だ。
更に、今日私の芸を楽しんでくれてた態度。
全く持って、私が好む人物である。
最初はただ見ていただけだ。
何せ、館に入って来た者はしばらく経つと篩い分けられ、館に合わないとなると追い出されるのが常だから、それが決まってから態度を決めるつもりだった。
「だけど、今回ばかりは、注目したよなぁ」
「そうなんですか?」
横から声が掛けられる。
「そうなんだよ、クウィヴァ。何せ、ケラスィン様に愛を告白したんだよ、彼」
「えっ!? 良く無事ですね、彼」
クウィヴァがびっくりした顔を向けて来た。
まあ、その気持ちは良く分かる。
館は今、ケラスィン様親衛隊で囲われている様なモノなのだ。
「ただ教わった言葉を、そのまま話してるのが丸分かりだったからね、彼」
「いや、それでも、何かしらありそうな気がするんですが」
「誰も突っ込めなかったんだよ、マスタシュの怒り様が凄くて」
「マスタシュは、ケラスィン様への暴走を止めなかったと怒られそうだから怒った?」
探るように、クウィヴァが尋ねてくる。
「いやいや、怒り狂うマスタシュに、何で怒ってるんだって、彼、困っててね」
「は?」
「マスタシュは、意味も分かってないのに、愛の告白するなって怒り捲ってたよ」
「じゃあ、彼が?」
「そう、彼がエイブ殿さ」
「へぇ~」
気付けば、広場中の眼が私の次の一言に集中していた。
「ケラスィン様は、嫌がってなかったし、私は良いと思うんだけどねぇ」
「……見込みが?」
「これからの動きが注目される逸材だと私は見ているよ」