お得ニュース。
尾行が上手とはお世辞にも言えないマスタシュも、実は面白い経歴を持つ子なんだろうか?
怖いもの見たさで、僕は尋ねる。
「マスタシュも、匿われた? 何した?」
「この顔見て、分かんないのかよ?」
改めて、僕はじ~っとマスタシュを見るも。
「……分からない」
「ふんっ、じゃあ教えてやる」
どうも……。
マスタシュの亡くなった母親の商売の元締めに、ここに来るまで世話になっていたマスタシュは、その元締めから稚児趣味な金持ちへ身売りする話を聞かされたらしい。
「いい金になるんだってさ。稚児趣味野郎の趣味に合う子供を売ると」
「稚児趣味?」
「知らんの?」
「うん」
「ふ~~~~~ん」
何だ何だ?
マスタシュが僕に呆れた果てた顔を向けてきたぞ。
稚児趣味って、そんなに有名な言葉なのか?
「お前に分かるように言うなら、やばい趣味を持つ貴族の奴隷にされそうになったんだ」
「奴隷?!」
世話をする大人が子供を売り飛ばすって、おかしいんじゃないか?
そう思ってる僕に、マスタシュは更に驚愕するセリフを出して来た。
「だからボクは、当たり屋すると親方と直談判したんだ」
「当たり屋?」
「馬車にぶつかった振りをして謝礼金を奪えれば、上手くすると、奴隷として売るより大金が手に入るからな」
「馬車ぶつかる。怪我、危ない」
それどころか、下手したら……。
「ボクがそんなヘマするわけないだろ。お前と違って、運動神経がいいんだ」
マスタシュ、君はそう言うけど……。
思わず僕は、背中をゾッとさせた。
「初めて当たり屋をした馬車が、ケラスィン様の乗った馬車だった。ボクは運が良かった」
「……」
確かに相手がケラスィンだったのは運が良かったと思うよ。
でも、マスタシュって今いくつだっけ?
クロワサント島でなら、まだ親元に居るか、せいぜい青年の家に入り立て位のはず。
それなのに、当たり屋という体を張る事をして、お金を稼がなければ、親の無い子供は、奴隷として売り飛ばされるのか?
全くどうなっているんだロウノームスは……。
そもそも今の話が、マスタシュの顔を見ただけで、ロウノームスの皆は想像出来る話なのがおかしすぎる。
「私が匿えるのは、縁のあったほんの僅かだけ。マスタシュの様な子は、ロウノームスに大勢いるのでしょうね」
あわわ、またケラスィンが悲しそうな顔になってしまったよ。
マスタシュが無言で、お前のせいだから、お前が何か上手い事を言えっ! と視線を寄越して来る。
どうしよう?
どうすれば良いんだっ!
考えても考えても良い台詞は出て来ない。
助けてくれっ! と、マスタシュに助けの手を求めても、帰って来ない。
それどころか、ホレっとケラスィンを目で示し、何とかしろと態度で言って来る。
「……」
とりあえず、マスタシュの話を聞いて分かった事は、もし僕が奴隷とされてたら、今頃生き残っていなかったという事だ。
「ケラスィンっ!」
「?」
「縁、大事。僕、ケラスィン会った。嬉しい」
本当に僕の命の恩人だよ、ケラスィンは。
縁があってケラスィンと出会えた事を、誰にも彼にも僕は感謝したい位だ。
だが、急に大きな声を出した僕に、ケラスィンはちょっとビックリ顔をするだけで、まだまだその表情は鈍い。
他は何を言えば良いんだ~っ。
焦る余り、何も思いつかないよぉ!
あ、そうだ!
ケラスィンの所に来た、もう1つの目的があったんだった!
これで話を変えて、ケラスィンの気持ちも変えるぞっ!
「当番くじ引き、次いつ? 僕混ざる!」
「何の事?」
不思議そうに、ケラスィンが聞いてくる。
「中庭当番。僕する」
やっと思い当ったって顔を、ケラスィンが浮かべた。
「クロワサント島でもそうだと、アクスファド先生に教わったのだけれど、秋の収穫祭の後にくじ引きはしているの」
成程~。
この館でくじ引きをしているのは、先生の影響か~。
しかし、そうなると今は春だから~。
次が夏で、さらに次が、
「秋」
う~ん、しばらくまだまだ混ざれそうにないなぁ。
「暇……」
マスタシュのせいで、立ち入り禁止な場所が増えちゃったし。
するとそれを読み取ってくれたらしい、ケラスィンが提案してくれる。
「街へ行ってみたら、どうかしら?」
「おおっ」
その手があった!
前に街見学の機会があった時は、船酔いの感覚が残ってて、辞退しちゃったからな。
今なら元気一杯。
時間はあるし、どこにでも行けるなっ!
「げっ! それは止めましょうよ、ケラスィン様っ」
「マスタシュ?」
「だって、コイツ。始めの頃、言葉が通じないのをいい事に、王宮のあちこちへ入って行こうとしたんですよ。周りの雰囲気とか読めそうなのに、絶対確信犯だと思います!」
「まぁっ」
お、ケラスィンに笑顔が戻った。
マスタシュから、反対されてるっぽいけどね。
「僕、街、行く」
宣言したら、更にケラスィンは笑顔を深め、僕に顔を向けてくれた。
「エイブ、危ないから裏通りには入っては駄目よ。そうね、マスタシュが一緒に付いて行ってあげてくれると、安心なのだけれど?」
「ええええっ?! 嫌ですってぇぇ」
「エイブだって、マスタシュが駄目っていう場所には行かないわよね?」
この様子からしてケラスィンは僕の味方と見たっ。
もちろん僕は大きく頷く。
「ホントに分かってんのか~、お前~っ?」
あ、ケラスィンの話が半分位しか分かってないのが、マスタシュにバレた。
でもマスタシュは、どうせ近距離で付けて来るに違いない。
何たって僕は反乱を企んでた、危ない奴なんだからなっ。
あ、威張れる事じゃないか。
でも話せて、気持ちがスッとした。
「エイブ。広場や大通りで、家族がお芝居や大道芸や絵を売ったりしているわ」
「おおっ!?」
「それに館に届けられる晩餐の食材、実は、朝・昼に回しても余るから、街にあるお店で料理して出しているの。そこでお昼を食べるのはどう?」
また新しい、この館の変な所を知ってしまった。
きっと凄い値段で売っているんだろうなぁ。
「そうそう、お店の当番もくじ引きで決めているのよ。お手伝いくらいなら、エイブにもさせてくれるのではないかしら?」
話が進むにつれて、マスタシュの不機嫌さが上昇して行くのが分かる。
だが、この際放って置くっ!
街かぁ!
いや~、楽しみだなぁ!
ナラティブ
「ナラティブ、どうすれば良いと思う?」
島からの客人を連れて帰って来たケラスィン様は、不安そうに私に訪ねてきた。
いつもの様に子供の頃から傍に居る私に話して、自分の気持ちを纏め様として居る様だ。
「どうなされたいと思われておいでです?」
「分からないわ。とりあえずロウノームスの言葉を覚えて貰おうとは思っているけれど」
成程。
先程玄関先でちらっと見かけた位だが、私は良いんじゃないかと思う。
これまでの経験では、進んでこの館に入って来る者に碌な者は居ない。
巷に溢れるケラスィン様の悪い噂を信じて、甘い汁を吸おうとする者が多いのだ。
まぁ、そういう方達にはさっさと次の住まいを紹介し、館から出ていって貰っているが。
反対に、ケラスィン様が入れというのを辞退する者は、館に住む者にとって安心出来る者である。
自分の考えを持ち、今のロウノームスの体制に反抗する者達だからこそ、王族の数少ない生き残りであるケラスィン様に、迷惑は掛けられないと、入る事をためらうのだ。
そして館に入れば、館が正常に動く様、ケラスィン様を手助け出来る様、自分から動く事を厭わない者が多い。
良き仕事仲間になれるのだ。
だが、あの島の方は、ケラスィン様の事をご存じないはず。
それに、無理矢理ロウノームスに連れて来られたと聞いている。
ロウノームスに恨みや憎しみを持っていてもおかしくない。
なのに、館に入っていいのかと、私に確認の眼差しを向けて来た。
そう感じる。
「ロウノームスの言葉を島の方に覚えて貰えれば、何をしたいか聞く事が出来ますものね」
「ナラティブもそう思う? じゃあ、まずは先生探しかしら」
「お手伝い致しますわ」
「お願いね、ナラティブ」
「はい」