振り回される。
一緒に勉強をしているせいか、マスタシュは堂々と僕の後を付けて来るようになった。
慕って付いて来る、じゃないところがミソ。
正直、マスタシュを綺麗な女の子と思い込んでいたから、一番初めにお風呂にまで付けて来られた時はビックリしたなぁ。
「え~~~~?!」
「……何だよ」
マスタシュは綺麗な、男の子だったのだ。
「男の子?」
思いっきり水を掛けられた。
蒸される前に、冷たい水を掛けるのは止めてくれぇ~っ!
「止めんかぁっ!」
「マスタシュっ!」
一緒に入ってた人達が止めてくれなかったら、僕は凍死してたかも……。
とにかくマスタシュとの距離が近くなって、僕は安心して迷子になりに行く事が出来た。
最初は言葉が分からないのを強みに、宮廷の敷地内にも入り込み、うろうろした。
「だぁぁあああっ!」
必死で喚いてマスタシュが止めない限り、どんどん進む。
そんな事を数回繰り返した後、マスタシュはアクスファド先生に頼み込み、僕にロウノームス語の禁止を意味する言葉を覚えさせた。
「こっちダメ」
「むぅ……」
言葉が分かるって、つまらん。
僕が言葉が分からないというのは宮廷内でも有名だったらしく、誰もが見て見ぬ振りしてくれてたのに、マスタシュがロウノームス語で止める始めると、皆が僕を言葉で止める。
「この先、何?」
「宮廷内は許しがある者以外、立ち入り禁止です」
片言で聞くと、透かさず言葉が返ってくる。
最初はその返事も分からなかったので、そのまま通ろうとしたのだが、
「書いてくれ」
マスタシュは相手に帳面を渡すか、地面を示し、文字で僕に示して来た。
「う~~~~~ん」
くそう。
マスタシュっ考えたなっ!
これは先に進めないっ!
「分かった」
しょうがないから、その時は大人しく引き下がった。
だが僕がロウノームスの文字が読めるのは、すぐに広がったらしい。
言葉で駄目なら、文字だっ! と、文字を書ける者が僕の行く手を阻むようになった。
「行けない場所、増える……」
「当たり前だろっ! 王宮だぜっ!」
マスタシュが突っ込んでくるが、行ける範囲は見て回りたい。
僕は止められない限り進んでやろうと、全く懲りずにうろうろした。
「だぁあああああっ!」
もちろんマスタシュも道連れに。
そんな僕がうろうろする中で強く驚いたものの中に、館内での発見がある。
館の変な事、……幾つ目だ?
もうすでに何個も変だなぁと思う事があるのだが、その中でも極め付け。
それは美しい絵の様に整えられた庭園の囲いの中にあった。
光が舞い散る景色に、妖精? が戯れている絵。
芸術素人の僕が見ても、美しいと思うその絵の様な庭園。
そこにあった……もとい、植えられていたのは。
「マスタシュ、これ……」
「見て分かんないのか、野菜ぐらい」
い~んだ、い~んだ。
口調は相変わらず、ちっとも友好的じゃなくたって。
近づくだけで、逃げられていた事を思えば、一歩前進。
一応、尋ねれば答えてもくれる。
しかし、だよなぁ。
うん、確かに野菜だ。
非現実的な空想の絵を形作っているのが、思いっきり生活感の溢れる野菜。
思わず、僕はしゃがみ込んだ。
すると透かさずマスタシュから注意が入る。
「勝手に抜くなよ。お世話当番が決まってるんだからなっ」
「当番?」
僕が呟くと、面倒臭そうにだけど、マスタシュはちゃんと説明してくれる。
そうしないと答えるまで、僕がしつこく尋ねて来るだろう事を、ちゃんと学んでくれたらしい……ふふふ。
「毎年くじ引きで、色々当番を決めてるんだ」
「うわぉっ」
くじ引きだって?!
すぐさま反応し、感激声を上げてしまった僕に、
「アンタ、本当くじ引き好きだよなぁ」
マスタシュが胡乱な目を向けて来た。
「当番くじ引き、次いつ? 僕混ざる」
「さぁ」
答えは短かったけど、つまりマスタシュも知らないって事だな。
「聞く、行くっ」
「えっ、あ、おいっ」
後ろから慌てた声が聞こえるが、気にせず知ってそうな人が居る館へと向かう。
それにしても、ロウノームスでも、くじ引きをする事になるとは思わなかったなぁ。
すっかり混ざる気分満々ですよ、僕は。
「どんなくじ引きなんだろう?」
野菜を植える人に水やりをする人、草抜きをする人、虫が付かないように見張る人、たくさんの役目が有るはずだ。
一番は、どんなふうに植えれば見事な絵が描けるかだ。
「庭園、予定図、見たい」
「そんなの何が面白いんだ?」
後ろからマスタシュが突っ込んでくるが、そこはスルーさせてもらった。
さすがに生き物のお世話をするんだ、すぐに居なくなる者にくじ引きを引かせないだろうが、僕は長期滞在になりそうだし、たぶんOKが出ると思うんだけど~。
でもロウノームス全体の仕事の割り振りを、生まれで無く、くじ引き制度に変換するのはやっぱり無理だろうか。
属州って呼ばれている、ロウノームスに制圧された国々や民族を含めると、とにかく広いらしいし、血筋大事が染み付いちゃってるもんなぁ。
仕事の割り振りをくじ引きにしましょうって言ったって、流行病後のクロワサント島でくじ引きを再開した時よりも、道は険しそう。
僕の言葉を聞いて、考えてくれそうな人もいないし……。
あ、ケラスィンは別かもね!
何でか分からないけど、ケラスィンは僕の言う事を聞こうとしてくれる。
ホントに良い所に拾われたよなぁ。
でもこの館はどこか変だ。
僕が知ったロウノームスの標準から外れている。
館の主のケラスィンは、何故こんな生活をしているんだろう?
少し気になる。
だが、今僕が気になるのはロウノームスの社会制度だ。
アクスファド先生によると、ロウノームスは王政でそして、合議制。
合議制といっても、どんな風に話し合いをしているんだろう?
さすがにクロワサント島の座談会とは違うんだろうな。
島長・州長が集まった時のような感じを、大人数でしている感じだろうか。
参加は無理でも、見てみたい気がする。
権力保身しか行わない暴飲暴食の方達以外の、ロウノームスの偉い人も見てみたい。
ケラスィンに頼めば、こっそり連れて行ってくれるかな?
王族であるのケラスィンなら、合議に参加していてもおかしくない。
とりあえず、駄目元で会議見学をお願いしてみるかっ。
「ケラスィン、今居る?」
「なっ。次のくじ引きがいつなのか聞くだけだろ? 何で、わざわざケラスィン様なんだよっ。こら待て! お~~~~~いっ!」
マスタシュの怒鳴り声は、ケラスィンの所へ辿り着くまで続いた。
頑張れスィーザ
「ぐわあ!」
「どうした?!」
「書類ばっかりもう飽きた~! どっかに行かせろ~!」
「スィーザ、気持ちは分かるが、頑張れっ!」
「そんなこと言っても、来る日も来る日も書類整理ばっかり! やってられるかぁ!」
「エイブと同じ事言うんだな」
「エイブもやっぱり言ったのか?!」
「どっかに行きた~い! って、叫んでたな」
「叫ぶだけで、ストレス発散して、また書類に取り組んでたな」
「すげぇなぁ。俺はダメだ。ちょっと出て来るっ!」
「こらぁ! 逃げるなぁ!」
「後は任せた~!」
「……ここも似てる」
「うん。任せた~! って言って、仕事の割り振りもせず、帰って来て仕事が残ってたらまた頑張るんだ」
「まぁ、息抜き位ならいくらでもすれば良い」
「どっかに行っても、ちゃんと帰って来てるしな」
「うんうん」
「さっきと言ってる事違わないか?」
「どこが?」
「叫んでストレス発散して、書類に取り組むエイブ島長が思い浮かぶんだけど?」
「おれもだ」
「うん。普段は叫ぶだけ。たまに今みたいに執務室を抜け出して、現場周りで気分転換」
「それでも駄目な時があってな」
「一番大きかったのが去年かな?」
「それで、お前達はどうしたんだ?」
「しょうがないから、南の州に連れて行ったよ」
「「うはっ」」
「スィーザもいざとなったら北の州に来させればいい。バナと結構話が合ってたから、いい気分転換になるだろう」
「そうさせて貰うわ」