先生。
朝、目が覚めたら、ちゃんとお腹が空いていた。
身支度を整えて、食堂へ向かうと既に人がいる。
食べ終わって、これから出掛けるような格好の人もいる。
ふむ~。
やっぱり館の外で仕事をしてる人もいるんだなぁ。
「おはよう(ございます)っ!」
ロウノームスの言葉で入って行ったので、おやっ? という顔をされた。
ふふふ。
昨日の『晩餐』という言葉もそうだけど、僕だってこれくらいなら言えるのだ~。
しかしっ。
『おはようっ!』
うぅ……。
朝食の説明かな?
それとも天気?
何か想像もつかない内容か?
挨拶を返してもらえたのは嬉しい。
だが、それに続けてどっば~っと話が続いた。
何を言ってるのか、サッパリだぁ。
「得意げになり過ぎでした、すみませんっ」
途端にちんぷんかんぷんな僕は、とにかく焦りのジェスチャーをし、周りからのロウノームスの言葉攻撃をかわそうと試みる。
僕の焦りのジェスチャーが面白かったのか、皆に笑われたけど、ちょうど食堂に入ってきたケラスィンが僕に声を掛けて来た。
『こちらよ、エイブ』
「はい、何ですか?」
僕の名前を呼ばれたので顔を向けるが、何の事だか分からない。
結局手招きで呼ばれ、晩餐の時と同じ席に着いた。
いきなり目の前に、お惣菜のお皿をどんっどんっどんっと置かれた。
何故っ?!
まだ食べ始めてもいないし、今は量が足りないなぁと思われる顔だって、してないはずなのに~。
『貴方の朝ご飯だから。残さず食べる事』
はい?
目の前のこれを全部、僕が食べなさいという手振りに見えますが?
思わず、フリーズ。
『痩せ過ぎ、もっと太らなきゃ』
料理の皿を運んできたナラティブ達は、僕を指し、両手で細い隙間を作って、続けてそれを広くする。
「ひょえ~~~~っ!」
いくら何でも細過ぎだよ、その初めの手の隙間。
それじゃ、骨だけになっちゃうじゃないかっ。
「無理ですよぉっ!」
『食べれるだけでも食べる事っ』
うひゃあ!
駄目出し手振り来た~っ!
必死で食べ始めたが、さすがにこれは多すぎだってばっ!
だが必死で食べる僕を、食堂に居る人達は微笑ましげに見つめてくる。
これってもしかして、この館の人達は、僕がここに来るまで、ろくにご飯も貰えない様な、酷い目に合わされたと思ってたりするんじゃないだろうか。
確かに船酔いというエライ目には合ったけど、使者達は一応僕を島の代表者に見せなくてはいけないからと、ちゃんと食事の用意はしてくれていたんだけどなぁ。
「さすがに無理。ギブアップ」
ともあれ僕は何度も、もうお腹一杯アピールをせねばならなかった。
これはさっさと食堂から退散した方がいいかも……。
今度こそ迷子にならないように、探検に行こうかな?
そう考えて、席を立った僕を見て、
『仕方ないわね』
ようやく諦めてくれたらしく、ケラスィンが僕を呼ぶ。
なんだろう~? と思いつつも、僕はその後を付いていく。
素直にほいほい付いて行き過ぎかなぁという気もするけど、僕に危害を加える気なら、この館には連れて来ないだろうし、まぁ良いよな。
しばらく、後を付いて行きながら、今度こそ迷子にならないよう道を覚えようと、周りに気を張った。
むむ?
僕の後ろから、もう1人付いて来てるな。
この軽い足音。
君の正体は振り返らずとも分かっているぞ、マスタシュ。
今日もまた尾行するなら、僕が迷子になった時、今度は逃げずに道を教えてくれ~。
そして僕は初老の男性を紹介された。
『エイブ。アクスファド先生よ』
「初めまして。ようこそ、ロウノームスへ」
「!」
おお、使者に続けて2人目っ!
「島の言葉を話せるんですかっ? いけないっ。初めまして、エイブと言います」
「初めまして、アクスファドと言います」
何だか、知性溢れる人だなぁ。
「クロワサント島の方と話すのは15年? 振りで、少々心許無いのですが。幼少の頃お教えしていたケラスィン様から、貴方にロウノームスの言葉を教えて欲しいと頼まれました」
「アクスファド先生、よろしくお願いします! うわ~っ! ありがとう、ケラスィンっ!」
既に色々誤解が生じているみたいだし、言葉を覚えれば、この館の人達との意思疎通が楽になるはず。
そう考えて居たものの、どうやってロウノームスの言葉を教えて欲しいと頼めば良いか、悩んでいた所だった。
それが、すでに教えてくれる人を頼んでくれていたなんて。
すごい嬉しい。
『喜んでもらえて良かったわ。余計なお世話じゃなかったみたいね。勉強部屋として、この部屋を好きに使って頂戴。アクスファド先生、あとはお願いします』
『はい、ケラスィン様』
頑張って。
そんな感じで僕を見て、ケラスィンは、ロウノームス語はアクスファド先生に一任してあったらしく、すぐに部屋から去って行った。
あ、そうだっ。
「先生。いきなり不躾な質問なんですが」
「何でしょうか?」
「先生はどれくらい僕の面倒を見てくれるんでしょうか?」
「どういう事です?」
「この部屋の扉の横に隠れている子、マスタシュっていうんですけど」
「おや、どれどれ……?」
こそっと覗きに行った先生。
「……居ましたね」
「どうも僕を見張ってるみたいで。もし先生が良ければ、僕にロウノームスの言葉をご教授頂く間、マスタシュにも一緒に勉強教えて貰えませんか?」
「良いですよ。生徒が増えるのは大歓迎です」
「でも僕が近づくと逃げるので、良ければ先生から誘ってもらっていいですか?」
「まずはあの子がどうするか、聞いてきましょう」
「すみません、お願いします」
快く先生はマスタシュに話し掛けに行ってくれた。
どうかな~?
どうかな~?
ず~っとあそこに立ちっぱなしじゃマスタシュも辛いだろうし、気になって落ち着かないんだよな。
出来れば、目の届く所で僕の見張りがてら一緒に勉強してくれれば、勉強仲間も増えて、僕は大歓迎なんだけどな。
どういう返事が返って来るか気になって、扉の方の気配を探る。
しばらく先生とマスタシュのやり取りが続き、そしてマスタシュは先生に付いて来た。
でも、僕を見たマスタシュは、ふんってした。
「生徒が増えましたよ。頑張りましょうね」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
『何でボクが……』
勉強仲間ゲット~っ。
勉強仲間
「今回のお話、無かった事にして頂きたいのです」
この館を訪れたのは、本当はケラスィン様からの依頼を断る為だった。
「待って下さい、もう先生しか心当りがありません。まず会っては頂けませんか?」
そう言われ、しぶしぶ館を訪れたのだ。
会った生徒は、本物のクロワサント島の住民だった。
クロワサント島!
ロウノームスの裏世界において、クロワサント島は奇跡だ。
発見されながら、唯一ロウノームスによる支配を免れている島。
しかも、島長だったはず……。
上手くすれば、夢の実現が見れるかも知れない。
一瞬そう考えた。
だが、
「どうも僕を見張ってるみたいで。もし先生が良ければ、僕にロウノームスの言葉をご教授頂く間、マスタシュにも一緒に勉強教えて貰えませんか?」
これには、度肝を抜かれた。
自分を見張る者を傍に寄せる?!
しかも、教育まで与える?!
クロワサント島の常識は、自分が持つ常識と違いすぎるのではないかと不安になった。
だからこそさっき見かけた子供を間に置き、クロワサント島の島長であるエイブを観察しようと思ったのだ。
「良いですよ。生徒が増えるのは大歓迎です」
何としても子供を引きずり込む為、自分から子供に声を掛けに行った。
「何をしてるんですか?」
「うわぁ」
「バレバレですよ、マスタシュ君」
「だぁぁぁああああ」
「観念して付いて来なさい。一緒に勉強しましょう」
「……一緒じゃ奴が嫌がるだろ?」
これが常識ですよね。
「それが、エイブ君が一緒にって言ってるんですよ」
「何でぇぇええっ」
「アクスファドと言います。頑張って勉強して、エイブ君の常識を聞いて下さい」