晩餐。
『大丈夫ですか?』
『どうなさったんです?』
追いかけて来た人達が、呼吸を整えながら僕に聞いてくる。
「迷子だったんだ。ごめん、大丈夫だよ」
心配されてたんだろう雰囲気で声を掛けて来るので、慌てて僕は手を振り、大丈夫だとアピールだ。
どうも、通じたらしい。
しばらく僕を遠巻きにし、声を掛けずに置いてくれた。
呼吸が落ち付いて来て、ゆっくり僕は立ち上がった。
食堂の様子を冷静に見る事が出来るようになり、非常に僕は驚く。
「本当にコレ、ロウノームスの晩餐なのか?」
テーブルの上に、見るも無残な料理の数々はない。
並んでいる料理は、慎ましやか~の一言に尽きる。
メインは魚、それだけ!
しかも既に調理済みな、お皿が適度な距離を置いて並べられている。
『もうちょっとしたら並び終わるから、私が呼びに行くつもりだったの。エイブから食堂に来てくれて、手間が省けて嬉しいのだけれど、ちょっと予定が狂ったわ』
何だか微妙な表情を浮かべ、ケラスィンが声を掛けてきた。
『晩餐?』
使者達の館に居る間に、何とか覚えた言葉を使って、ケラスィンに聞いてみた。
『ええ、そうよ。こっちがエイブの席よ』
つぃつぃっと、袖を引っ張られて案内された。
『ここよ』
1つの大きな丸いテーブルにある椅子を示され、大人しく僕は座る事にした。
その隣に、ケラスィンも座る。
本当にこれが晩餐らしい。
どうやら準備万端で、料理も並び終わったらしく、僕と一緒に食堂へ飛び込んだ人達も、次々テーブルの周りに腰かけた。
『それでは……今日一日、皆で無事に過ごせた事に感謝して』
『感謝します』
一斉に声が上がり、僕が見てる前で晩餐が始まった。
しばらくそれを見つめ、真似して僕も料理に口を付け出したが、後から調理実演付きで、肉系が出てきそうな様子はない。
「何だかホッとする」
青年の家で、皆と一緒に夕食を食べた時みたいだ。
『それ取って~!』
『ああ、これ? はいどうぞ』
『そう、ありがと!』
『それ、こっちも欲しい~っ』
『じゃあ回す~っ』
青年の家で飛び交っていたように、皆が交すのはこんな感じだろうか?
何故だか本当に嬉しかった。
自分では気付かなかったが、僕は1人ニコニコしていたらしい。
それを見たケラスィン達が、更に楽しそうに会話を交わしてたのにも、全く気付かない位。
そんな晩餐の中、僕のロウノームスの晩餐のイメージと、違和感がある点が分かった。
「この館には、奴隷が居ないのかな?」
使者達はあんなに甲斐甲斐しく奴隷達のお世話になりながら、晩餐をしていた。
食べきれない皿をどんどん残し、次から次へと追加の料理を運ばせた。
更に、手の届かない料理は、奴隷に自分の元まで持ってこさせた。
酷いのになると、美人の奴隷の人に、料理を自分の口にまで運ばせて、食べさせてもらっていた。
自分で手を伸ばした方が、絶対早く自分が好きな物を食べれるのになぁ。
そう思ったのを覚えている。
なのに、この館の晩餐は、それが全くない。
よくよく見れば、やっぱりケラスィンとナラティブ、他にも数人が優雅~な感じで食べている。
だがそれは、ケラスィン達に優先的に料理が回って来ていて、声を出す必要が無いだけの事。
そんな数人も含めて、全員で料理の皿を回し合っているのにも、驚いた。
何だか、夕方前にここに来た時より人が増えてないか?
もちろんこの館の主人らしいケラスィンの出迎えに、毎回館の人達全員が出迎えるのは、仕事の効率が悪いからしないと思う。
だけど、それにしても増え過ぎ……。
僕が想像する館勤めの人達とは、全く縁がなさそうな人達まで食堂に居る。
逆にこの館に来た時に見掛けたはずなのに、ここに居ない人も居るような~?
こんなに全く職業が違うっぽい人達が、一緒に晩餐をしてるんだ。
いない人は別室でって、雰囲気じゃない。
そう思う……多分。
この館の晩餐がロウノームスの普通なんだろうか?
それとも、使者達の館の晩餐が普通なんだろうか?
僕としては、前者の方が好みなんだが。
居ない人達は、先に食べてどこかで見張りでもしてるんだろうか?
それとも別に家があるんだろうか?
ロウノームスの常識が分からない僕は、色々考えてしまう。
いや、良く考えてみれば、島の常識も怪しいかもなぁ……。
僕は、家族というものを早く失ってしまった。
気が付いたら、州長になっていた。
僕にとって晩餐の常識は、その家の皆で食事のテーブルを囲むものだ。
だが普通、その家の者=家族。
家族が居ない僕の食事は、州長館の世話をしてくれるご近所さん達が、交代で作ってくれる物だった。
1人で食べる時もあれば、幼馴染達が一緒に付き合ってくれる時もあった。
あれ?
今考えると、何故いつも幼馴染の分まで食事が作られていたんだろう?
前もって、必要かどうかを幼馴染達が伝言していた?
それとも、ご近所さん達がいつも多目に作ってくれていたんだろうか?
たまに何も言わずに、青年の家でご飯をご馳走になっていた時はどうだったんだろう?
考えれば考えるほど分からなくなってきた……。
島に帰れたら、お礼を言うのと、どうだったのかの確認をして、謝らなきゃなぁ。
いや、今は島の事じゃなく、この館の晩餐だ。
今日はまだちょっと、人と人との間に隙間があるけど、今日居ない人達が全員揃って、この丸テーブルに座る事はあるんだろうか?
全員揃ったら、椅子は隙間なくキッチキチ、腕や肘がぶつかり捲りな状態になるんじゃないだろうか?
例え狭く身動き取れそうにない中、晩餐を食べる事になっても、多分美味しいし、使者達の晩餐風景に比べれば、物凄く好みだ。
だが1つだけ愚痴りたい。
ここではコメが主食じゃなくて、おかずに混ざっていた事。
……あれは悲しかった。
コメがおかずに混ざっているのを初めて見た時は、何とも言えない気分だったもんな。
少し口の中での感触が違う気もするし、コメの品種も違うのかもしれない。
少量が混ざっているだけだから、ちゃんと区別が付いてないが。
でも、コメがあるなら、食べたい物がある。
島を出てから、まだ一度もお目に出来た事が無いのだが……。
もしかして、ロウノームスでは、おにぎりがないのかな?
どんぶり飯も食べたい~。
もし駄目なら、おもちでも良いんだけどなぁ。
つらつらコメが混じったおかずを見つめ考えていた僕に、ケラスィンが声を掛けて来た。
『……エイブ?』
いや違うから。
ただ単に、おにぎりを食べたいなぁって思ってただけ。
もしかして、僕って、思った事が顔に出てるのか?
しかも量が足りないと感じていたと思われたのか、コメの入ったお惣菜のお皿を回してもらっているじゃないか~。
「違う違うっ」
ケラスィン、そんなに心配そうな顔をしないでくれ。
慌てて首を振ったけど、どっさりと盛られてしまった~。
多過ぎやしないかい、これは?
善意からこうしてくれたのは分かるし、頑張って全部食べたけど。
「ほあ~」
お腹が苦しい。
でも、何だか眠くなってきた~……。
ご飯
「あう~。またこれかよ~っ」
「そう言うなよ~。お前だって、似た物ばかり作ってるだろっ」
「まぁなぁ」
「エイブが居ればなぁ」
「うん。食べに行けたんだけどなぁ」
「男だけの集団生活だと、潤いが無いよなぁ」
「今度、青年の家にご馳走になりに行くか?」
「前もって言っとけば、何か準備してくれるだろ?」
「それがなぁ」
「何かあったのか?」
「俺等が来ると、予定より早く食糧が無くなるってさ」
「差し入れ持って行かないと、もうさすがに無理だろう」
「う~ん」
「差し入れで、思いつく物ないしなぁ」
「あ~嫌だけどなぁ」
「う~背に腹は代えられないかぁ」
「州長館の女達の手伝いして、飯にありつくか」
「どれだけこき使われる事になるやら~」
「だが、美味い飯の為だっ」
「覚悟して行きますかっ!」
「おうっ!」