風呂と追い駆けっこ=迷子。
一息ついた後、さすがにケラスィンとナラティブとは別れて、勧められるまま入ったのは湯気風呂だった。
お湯を掛けて流せはするが、浴槽がなくて浸かれないので、お風呂と呼んで良いのかも不明。
たぶん教えてあげて欲しいと頼まれたのだろう、男性が身振り手振りで説明してくれる。
「ロウノームスに来てから、初めてのお風呂だよ~」
それまでは、体を拭く位で済まさざるを得なかったのだ。
「気持ち良いかも~」
浴室に籠っている熱気で、とにかく汗がどんどん出て来た。
「中に溜まっていた疲れが、汗と一緒に流れ出て行くみたいだ」
湯気風呂かぁ。
島の皆にも教えてあげたいなぁ。
ぼ~っとした時間を、ロウノームスに来てから久しぶりに持った。
この湯気風呂が終わったら、たぶん恐怖の夕食だよな……。
夕食ぐらいは豪勢に~という気持ちは、まぁ理解出来なくもない。
だが朝昼はあまり食べないのに、夕食は見るだけで気持ち悪くなるくらい、とにかく大量。
絶対、度が過ぎてる。
「一日の締め括りに相応しい」
数日間、僕を礼儀作法で缶詰にした使者達が、誇らしげに地位が高い者の特権だと言っていたが、ロウノームスの悪習慣だと僕は思う。
もうちょっとバランス良くした方が、健康に良いと思うんだけどなぁ。
この館も恐怖の夕食なんだろうか?
少しうんざりだ。
……それにしても、もう駄目だ~のぼせるっ。
僕は座っていられなくなって、立ち上がった。
『もう出るのか? 外は冷えるぞ~』
みたいな事を言われた……んだと思う。
だが、もうこれ以上は無理~っ。
僕が熱い熱いと、顔を手で仰いで見せたら笑われた。
ちゃんと通じてるな、うん。
身振りでも何とかなるけど、やっぱりロウノームスの言葉は覚えないといけないなぁ。
奴隷になっていたはずの僕を、助けてくれたお礼は言いたい。
予定を狂わされたが、感謝はしてるんだ。
汗をかいた体を拭き、用意してくれた新しい服に着替える。
「これも、お礼を言うべき事だよなぁ」
王の前へ連れて行かれた時に着せられた服より、断然動きやすそうだ。
「島の言葉が分かる人が居れば良いのになぁ」
もしこの館内に、島の言葉を使える人がいるなら、一番にケラスィンは紹介してくれていたと思う。
だから紹介が無いって事は、居ないんだろう。
「生活の中で、おいおい覚えていくしかないか~」
う~~~んっと伸びをし、湯気風呂に入った事で、さっぱり出来た気分を満喫した。
さ~、部屋に戻ろうかな?
でも部屋に帰っても何もする事はないし、ぼ~っと座っていたら、恐怖の夕食がますます入らなく……。
よしっ!
腹を空かせに館内探検に出発だ!
湯気風呂に案内された時は右から来たから、とりあえず左に行ってみよ~っ。
あっちきょろきょろ、こっちきょろきょろしつつ、歩いていた僕だったが、後ろから誰かが付いて来ている事に、すぐ気が付いた。
そっとそ~っと歩いているらしく、足音は小さい。
たぶん1人だと思う。
言葉が分からなくたって、用事があるなら声くらい掛けてくれるはず。
意味するところは、付けられてる?
もしくは、監視されてるんだ。
ど、どうしよう、振り返るべきか?
まぁね、監視して正解だと思うよ。
付いて来ている人の独断か、それとも何人かで僕を怪しいと思っていて、その代表で監視して来ているのかは分からないけど……。
振り返ってみたい気もする。
それで顔を覚えて、その人の前では猫を被る?
でも別に、僕はここに居たい訳じゃない。
じゃあむしろ悪事を働いて、追い出されるように持って行く?
……性格的に、それも無理。
ホント、ど~しようぅ。
すっかり後ろの人に気を取られていたが、どうするかを決められず、僕は歩き続けていた。
何も考えずに、角も数回曲がった……気がする。
「……」
あれ?
ここ、さっきも来た……ような~。
あっれ~っ?
……迷子になってませんかぁ、僕。
……。
ど~しようかぁ。
大分歩いたけど、いつまで経っても部屋に帰りつけない。
出来ればこのまま、尾行されているのは気付かなかった事にして、僕がごくごく普通の人間なんだと館の人が納得してくれるのが、一番良いと思った所だったのに。
後ろを付いて来てくれる人に、助けを求めるしかないのかなぁ?
いやいや、ここで振り向いちゃ負けだろ。
その内、見覚えのある所に着くかもしれないんだ。
もうちょっと歩いてみよう。
上手く行けば、部屋に辿り着けるかもしれないと、更に角を何度か曲がる。
…………。
「駄目だ。諦めよう」
僕はその場で立ち止まり、認めたくなかったが認める事にするっ!
本気で迷子だ~~っ!
僕はくるっと振り向いた。
なんだ、マスタシュじゃないかっ。
まだ声を掛けやすいっ。
ちょっとホッとして、声を掛けようと近づこうとしただけなのに。
あっ!
逃げられたっ!
「待ってくれ~、迷子なんだ~っ。マスタシュっ!」
『う、うわぁ~~~~っ?!』
「何で叫ぶんだよ~っ、助けてほしいだけなんだ~~~っ!」
マスタシュの足は速い。
だが、ここで置いてけぼりにされたら、干からびるまで同じ所をぐるぐるしそう。
干物だけは勘弁~っ!
僕は必死でマスタシュを追い掛けた。
『何だ? どうした?』
『分からないけど、追いかけて来るんだよぉ』
結局……。
1着、マスタシュ。
2着、僕。
3着、いっぱい。
ゴールぅうううううううう!
「マスタシュっ、早い、なぁ……っ!」
途中で声を掛けて来る、幾人かの人達と擦れ違った時、始めはマスタシュに追い付けないのが悔しくて。
その後は、後ろからの気配が怖くて。
最後は、この競争する感じが面白くて。
うん、楽しかったっ。
だから僕から逃げおおせたマスタシュが、食堂へ飛び込んで叱られるまで、止まらずに走り切ってしまったんだ。
しかもいつの間にか、マスタシュを先頭にした、団体走? に……っ。
久々の全力疾走後で苦しくたって、笑うしかない状況だよ、これはっ。
『マスタシュっ! エイブ? 何?? どうしたのっ?!』
そこにはケラスィンもいた。
食事の準備をしている所に、団体で走り込んで来た訳だから、さすがに今度は心配顔じゃなくて怒ってるけど。
ぜーはー。
説明したいけど、言葉が分からない~。
というか、何か……体力の衰えを……感じます……。
でも息切れを起こしてるのは僕だけじゃないや、へへへっ。
似たような状態に陥っている人を見つけて、僕はその人と苦い照れ笑いを交わし合った。
全島祭り
「楽しかったわね」
「うんっ」
「でもエイブお兄ちゃんが居れば、もっと楽しかったと思う」
「バナ……」
「迎えに行っちゃダメ?」
「行き方分かるのか?」
「分からない」
「だろ?」
「でも、いつかは絶対俺達は行くぞっ!」
「いつ?!」
「分からんが、いつかだっ!」
「何よ~。それ~」
「ロウノームスの奴等が来れたんだ。俺達に行けないはずはないっ!」
「うんっ!」
「航路を探してどんどん北へ行けば、ロウノームスに着くはずだっ!」
「うんっ!」
「協力させてくれっ!」
「俺達もぜひ混ぜてくれっ!」
「わぁっ! 人が一杯っ!」
「今回の全島祭りで、ロウノームスに渡した祭り用の食糧の補完だけでも、ありがたいぐらいです」
「俺達が困っている時に、助けてくれた島長が連れ去られたんだ」
「何もしないで居る方が苦しくて、悔しいんだっ」
「何か出来る事は無い?」
「何でもするわっ!」
「じゃあ皆で手分けして、ロウノームスへの航路を開拓するかっ!」
「スィーザ?!」
「北の州だけで、エイブを助けに行くのはズルイぞっ!」
「じゃあ、来年の全島祭りは、どれだけ北の航路を見つけてるか勝負ねっ?」
「フィシャリっ!」
「負けないもんっ!」
「「バナ~~~っ!」」