僕の部屋。
馬車は宮廷を取り囲んでいる塀の外へは出ずに止まった。
という事は、ここはまだ宮廷の敷地内?
「……、ケラスィン様」
「……、ナラティブ」
また知らない言葉が出た。
状況的には、お帰りなさい・ただいまだと思うんだけど。
それにケラスィンのお母さんだろうか?
声音が子供を迎え出たお母さん、という感じだった。
でも名前に、たぶん「様」が付いてたなぁ。
宮廷に行ったから、ケラスィンがおめかししている可能性もあるけど、着ている物が親子にしては差があり過ぎる……。
お母さんじゃないなら、ナラティブがたぶん名前だよな。
そういえば馬車の中で、ケラスィンに「様」を表す言葉を付けるのを忘れてた~。
ケラスィンは笑っていたから、良しとしよう……。
2人は僕の方をちらちら見つつ、会話を続けている。
明らかに僕の事を話しているようなのに、見事に聞き取れない。
ちんぷんかんぷんだっ。
それでも頑張って聞き耳を立てていたが、結局奴隷という言葉は一度も出てこなかった。
う~ん、途中からそうじゃないかとは思っていたが、どう見てもここは奴隷達が集められていそうな建物じゃない。
白いキラキラした石が使われた外壁。
宮廷よりは狭いだろうけど、これも青年の家の広さはあるだろうなぁ。
偉い人が住んでいる場所だと、さすがに分かる。
「エイブ」
おや、お呼びが掛かった。
僕が建物の外見を見ていた間に、2人は中に入ろうとしている。
これは僕も、中に入れって事だよな?
ここで奴隷として働きなさいって風でもない。
いいのかな~?
自分でいうもの何だが、僕は見知らぬ土地からやって来た、不審人物だぞっ?
そんなにアッサリ迎え入れちゃっていいのか?
少なくとも僕は、ロウノームスの使者達にクロワサント島を歩き回って欲しくなかったから、港から一歩も島都へは入れなかった。
ちらっと、僕を呼ぶケラスィンの横に居るナラティブの方を窺う。
大歓迎している目じゃないけど、かといって嫌がってる風でもない。
「エイブっ」
立ち止まったまま動こうとしない僕に焦れたらしい、ケラスィンから再び呼ばれた。
仕方ない、入るか~。
僕は2人に駆け寄った。
入ってみると、中は宮廷よりも重苦しい感じがなくて、思っていたより明るくて驚いた。
どうやら建物内部の壁が、窓からの光を受け、更に反射しているかららしい。
「おかえりなさい、ケラスィン様っ!」
「ただいま、マスタシュ」
うわっ、何だか綺麗な子が出て来たな~!
そして……。
これぞ、まともな反応だ!
言葉は分からないけど、マスタシュは指をさして僕を睨んで来た。
この反応に、ホッとするのは何故だろう……。
それは僕がロウノームスに、混乱をもたらそうとしているから。
奴隷達に混ざって反乱を唆そうとしている理由が、ひたすらクロワサント島の為で、ロウノームスにとっては悪でしかないから。
だけど反乱を起こす以外に、長い間ロウノームスの目を島から逸らす方法が思い付かないんだ。
仲良くなればなるほど、計画を実行に移す時に辛くなるだけ。
「名乗るんじゃなかった」
相手に言葉が分からないのを良い事に、僕は後悔が押し寄せるまま呟いた。
どうやら僕は自分で思う以上に、暗い顔をしてしまったらしい。
「マスタシュ、……」
これは叱るんじゃなくて、諭している声だ。
僕はおばあちゃんを思い出す。
独断で僕が1人でロウノームスに来た事を、おばあちゃんは怒っていないだろう。
でも一言も挨拶すら出来なかったから、きっと物凄く心配してくれていると思う。
心配し過ぎて、体調に響かないと良いんだが……。
おばあちゃんを思い出し、ちょっとしんみりしたのだが、島の事を思うなら、まず現状把握だよなっ!
ゆっくり意識を自分の周りに切り替え、目を張り巡らす。
……おっと、いけない。
マスタシュが、まだお説教されていた。
このままじゃ、マスタシュに悪いよなっ。
しかも始めは女の子に指差され、睨まれる男という図が可笑しかったのか、笑っていたはずのケラスィンまで、心配そうな顔になってしまっている。
「何とも思ってないよ。マスタシュが何を言ってたか分からないし、大丈夫~っ」
もちろんロウノームスの言葉は分からないので、島の言葉で言って、マスタシュの頭を撫でた。
ちゃんと伝わってるといいんだけど。
一瞬その体を硬直させたマスタシュは、僕の手を払い除けたかと思うと、ダダッと奥へ駆け出した。
こちらを振り返りついでに、あっかんべーっ!
ぶっ!
あんなに綺麗な子なのに、あっかんべーっ! だよっ!
間違いないよなっ?!
ロウノームスでもやるんだと、何故か僕は大ウケしてしまった。
何とか僕が笑い納めるのを待っていたかのように、ケラスィンは館の奥へと再び歩き出したのだが、宮廷よりも人が少ない。
ついでに途中擦れ違っても、会釈するだけで隅に寄って跪いたりが全くなかった。
ケラスィンは偉い人なんだよな?
謁見の間に上がるまでの間、何度も僕は隅に寄ったり、跪いたりさせられたんだが、ここではしなくてもいいのか?
む~、僕を連れて来た理由といい、とにかく不思議だ。
そのうち、理由が分かればいいなぁ。
それとも分かる前に追い出されて、初めの行き場所通り、奴隷の仲間入りを果たすのかな?
「予定が狂ったなぁ」
ぽそっと一人心地る。
ちらっとナラティブが僕を見つめて来るが、大丈夫だと小さく手を振った。
う~~~~~ん。
ここを逃げ出して、自分から奴隷にして下さいって言うのは、何か企んでるんじゃないかって、怪しさ満点だろうしな~?
そもそも、どこに奴隷達が集められているのかも知らない……。
さすがに自分から、奴隷という辛い立場になりたくないし、実際予定していた奴隷の反乱は、気が重かったしで、言い訳みたく、僕は内心つらつらとここに留まる理由を並べる。
「ここがエイブの部屋よ」
分かる? と、部屋と僕とを交互に指差して、ケラスィンが言って来る。
うん、分かる。
分かるけど……。
不審人物なのに、部屋までもらっちゃったよ?
この館の人はマスタシュ以外の人に警戒心がないのか?
何だか、僕は館の人が逆に心配になった。
マスタシュ
「だぁぁぁ! 信じられない~! 何であんな怪しい奴を、館に入れるんだよおおおおお!」
「マスタシュ、お前が言うなって」
「お前も怪しい奴だぞ」
「分かってるけどさ~! 言わせてくれよおおおおお~っ!」
「どんどん言え~っ!」
「見張りは任せたぞ~っ!」
「え~~~~~~っ?!」
「奴は俺達を信用してないし、俺達も奴を信用してないんだ」
「だから奴は俺達を傍に寄せないだろう」
「寄せるとしたら、少し気を緩めた姫様かお前だ」
「姫様を寄せられる訳ないわ」
「つまり傍に行けるのは、お前しか居らん」
「よろしく頼みます」
「ぎゃああああ。いつの間にか人が増えてる~!!」
「マスタシュ、館での役目が出来たな」
「まあ、八つ当たりはされるかもしれん」
「それぐらいは、我慢だな」
「無理やりで無いだろうが、無理に連れて来たに違いないだろうしさ」
「だが彼が島の民に好かれた、強力な指導者である事は確かだ。島へ行った船員達が言っていた」
「俺も聞いた。使者達が命じて船に食糧の積み込みをさせた時、顔を出したあらゆる島民が、睨みながら頭を下げて来たと」
「「……」」
「「任せたぞっ」」
「い~や~だ~~っ!!」