始動する。
僕がお飾り州長になった頃から、何とか病の流行は下火になり、州も落ち着きを取り戻し始めていた。
州都に集まって来ている人々が、北の州全体の生き残りならば、9割の住民が亡くなっている事になる。
親や身寄りがいる子供達と、青年の家にいる子供達は、今はそれぞれ住む場所は違うけれど、元は近所に住んでいたりして仲良しだ。
「あ! バナちゃん、みんなでどこ行くの~っ?」
「これから、海へおかずを採りに行くんだよ~!」
「海に、おかず??」
「海藻とか~、貝とか~、なんだって! 一緒に行く?」
「うんっ、行く行く!」
「でもね、大人には内緒だよっ! 子供だけの秘密なのっ!」
「分かった、秘密だねっっ」
そんな風にして秘密の仲間の一員は増えていく。
一緒には出掛けられないが、僕も後から覗きに行って、砂浜でキャーキャー騒いでいるのが青年の家の子供達だけではない事に気付いて、嬉しく思う。
「わぁ! エイブお兄ちゃんも来た~!」
「頑張ってるね~、バナ!」
「うんっ! 病気は海から来たけど、海にはちっとも関係なかったんだよ。だってこんなに気持ちいいもんっ」
ロウノームスの船はこの病気はおかしいと気付いた時点で、父の指示により燃やしてしまった。
もし海の生き物にも流行病がうつるなら、一面死骸だらけで腐った臭いがするに違いない。
バナは僕よりも8歳年下、青年の家の女の子だ。
年長者に引っ付いている年齢でもないが、年下に手取り足取り教えられるほど面倒見が良くなっている歳でもない。
青年の家の中での着替えや食事中ならともかく、今は外に出ているのだ。
ご飯がかかっているというより、同年代の子供と遊んでいたいのだろう。
僕は面倒を見なくてはならない小さい子供を連れた幼馴染を見つけた。
「調子どう?」
「楽しいよ~。本と一つ一つ照らし合わさないといけないのは大変だけど。それにいっぱい採れそうだから、一日では食べきれないかも。赤ちゃん貝は採らないで、海に逃がしてねって言ってはいるけど……」
「そっか~。配るわけにもいかないしなぁ」
「大人には内緒なんだよ! エイブお兄ちゃん!」
話を聞いていたバナに諭され、笑った後すぐ大真面目に頷いた。
「そうだよな、うん。内緒内緒。……手伝えなくて悪いけど、早速おばあちゃんに相談してみる。潮が満ちる時間には気を付けて」
「は~い。頑張ってね~、エイブ州長様~っ」
黄色い声援を向けてくれたのは嬉しいが、州長にしかも様付けまでされて、僕はガックリと肩を落とす。
「……頑張りたくない」
「「駄目!」」
「……はい」
何が出来る訳ではないが復興の進み具合を見ようと、色々な場所に寄ってから青年の家に僕は帰った。
おばあちゃんに海で幼馴染が言っていた保存方法について尋ねると。
「干すか、佃煮だねぇ。一度茹でてから、塩漬けでもいいよ。そうすると傷み難くなるのさ。……そうかそうか、海は健やかだったんだね、有り難や」
まず保護者と一緒に住む子達を家まで送り届けてから、青年の家に帰って来たらしい皆を僕は州長館の窓の内からこっそり見ていた。
その表情は明るい。
砂浜で拾ったり、食べ終わった貝殻は綺麗に洗い、腕輪や首飾りにしたり、重ねてくっ付けてちょっとした置き物にしたり、食べるだけでなく皆で楽しんだ。
僕が後から聞いた話によると、潮が満ちてくるのを始めに気が付いたのはバナだったらしい。
始めに言い出したバナに、
「もう少し大丈夫じゃない?」
と答えているうちに、あれよあれよという間に波が押し寄せて来たのだそうな。
「良く分かったなぁ、バナ。偉いぞ~」
「えへへ」
照れたバナの頭を僕は撫でた。
日々本を片手に、子供達が食材探しに海や里山へと出掛けるのを僕は見送る。
始めは大人には秘密の行動だったのだが、青年の家の子供達以外も一緒に行っていたので……まぁ、少しずつバレた。
「今日はどこに行ってたの?」
「秘密!」
「あら、そうなの~?」
ここまでは良いとして、
「……お母さん、食べられる貝と食べられない貝があるって、知ってた?」
新たに仕入れた知識を、子供は大人に披露してしまうものだからだ。
保護者達にしても、子供達が団体行動していてくれた方が安心だし、ちゃんと帰りは家まで送り届けてくれるのだからと、黙認した。
そのうちに手の空いている大人も一緒に行ったり、自分のところの子供も団体行動に混ぜてほしいと頼んで来たりし始めた。
その上、これはOK、これは駄目、こんな料理が美味しいよ等々、知識を伝えるようになり、食糧調達に向かう子供達の行動範囲はますます広がっていった。
大人達の裏からの協力に支えられながら、青年の家の子供達が食糧調達をするようになってから、しばらく後。
遠縁の者が探るような目をして、僕に聞いて来た。
「隣の孤児達と何かやってるんじゃないか、エイブ君?」
「隣の皆は、最近、海や山に遊びに行ってるみたいですよ」
「エイブ君は行ってないのかい?」
「はい。僕はほとんど付き合えてません。そのうち飽きるんじゃないですか?」
州長館に取られている分の食い扶持を自分達で稼ごうとしているんだ! と言いたいが、今邪魔をされるのは困る。
僕は苦しい言い訳をして誤魔化した。
遠縁の者達は召使いがいなくなったら困るとでも思っているに違いない。
でも僕も自分が100%善意から、青年の家を元の状態に戻そうとしている訳じゃない。
最後の薬草を私物化した罪悪感から、父が州の復興に文字通り命を懸けたように、その薬草を飲んだ僕は、青年の家を元の状態に戻せば贖罪になると、心のどこかで思っている。
もちろん、くじ引き再開もしかり……。
もし薬草の件がなければ、僕だって遠縁の者達のように、手に入れた権力を手放すまいと、青年の家の幼馴染達の事など放っておいたかも知れなかった。
とにかく遠縁の者達に疑われ始めている事を伝えておこうと、僕は青年の家へ向かった。
すると待ってましたとばかりに、幼馴染達に引っ捕らえられる。
「エイブ! 小舟の直し方、知ってる?」
「たぶん州から逃げ出す時に使って、射掛けられた小舟だと思うんだけど、浜に打ち上げられてるのよ」
「直すのが分からなかったら、小舟を作る方法でもいいぞ」
「え、ちょっと待って……」
戸惑う僕に、幼馴染は更に口々に言い出した。
「船があれば、魚釣りに行けるだろ」
「貝や海藻を食べ続けても何ともないんだもん。海の魚も食べたい!」
「釣りって、どうやるんだっけ?」
「糸の先に餌を付けて、んで~? あと網で獲ったりもしなかったっけ?」
「ちょ、ちょっと……」
せ、せめてメモしたい……。
しかし僕の制止など、幼馴染達は聞いちゃいなかった。
ひたすら自分達の言いたい事だけを述べて来る。
「余ったら、魚も干せるらしいよ」
「他に魚の保存方法ってあるのかな~?」
「調べといて! エイブ!!」
様々な言葉に押し潰されそうになっている僕を助けられるのは、おばあちゃんしかいなかった。
「こらこら、お前達。エイブが困ってるじゃあないか。さすがに私にも分からないんだよ。助けになれなくてすまないねぇ、エイブ」
「そんな事ないです。十分助かりました、おばあちゃん」
幼馴染達からの猛攻撃を止めてもらえただけで、とは口に出すと後から怖いので言わなかったが。
「ええっと……。まずは船から?」
「そうだよ。調べ物が色々とあるんだから、今度はちゃあんと文字が読める子に手伝ってもらうんだよ、エイブ。何もかも全部自分一人で調べなくっちゃって、しょい込む必要はないからね」
「はい、おばあちゃん」
おばあちゃんに言われて、僕は随分気が楽になったのを感じる。
僕にとってのおばあちゃんのような存在が、父にはいたのだろうか?
もしいれば、父は死にまではしなかったのではないか……。
「ところで、エイブ。しばらくの食材も確保出来たし、みんな外で集団行動するのにも慣れてきたから、隣村まで出掛けて、田んぼと畑を始めようと思ってるの」
「隣村?」
そういえば海や里山に行く前、流行病前に青年の家が持っていた田畑の事が話題に出たっけと、僕は思い出した。
「そ、弁当持参でな」
「州の生き残りは州都に集まって来てて、周りの村は放置されて寂れてるだけのはずだし」
「農具とかもそのままだといいんだけど」
「あとは苗種だよね~」
「だよな~」
僕なら何とかしてくれるだろうという、幼馴染達の期待の籠った視線を無視したい。
「こらこら、お前達っ」
「だって、おばあちゃん……」
「だって、じゃあないよ」
「はぁ~い」
「……おばあちゃん、ありがとうっっ」
僕は内心涙した。
クロワサント島
クロワサント島は太い三日月の船が転覆したような形をしている。
島の外周は砂浜では続いてはおらず、所々は切り立った断崖が続いている為、歩いて巡ると半年近くは掛かるのではないかと言われていた。
島の中央には東西に、雲が垂れ込めると頂上が隠れてしまうくらい高い山脈の峰々がいくつも連なり伸びている。
そんな高い山には雪が降る事もたまにあるが、基本クロワサント島の気候は高温多湿で、山脈の南側は特に雨が多かった。
山脈はクロワサント島の南北を隔てる州境となっていた。
更にその南北も、山脈を源流とする川でそれぞれ5個ずつの州に分かれ、クロワサント島は計10の州で成り立っている。
州は、一番左から西南の州、西北の州、南西の州、北西の州、南の州、北の州、南東の州、北東の州、東南の州、東北の州と呼ばれている。