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白く輝く帆の下で  ー北の州長の奮闘記ー  作者: きいまき
ロウノームス
29/102

自己紹介。

 掴まれた手が離れたのは、その人と馬車の中に乗り込んでからだった。

 離れたと同時に、僕は矢継ぎ早に尋ねる。


「あのっ! 貴女は誰ですかっ? これから、どこへっ? 僕はどうなるんでしょうっ?」

「……」


 しかし残念ながら、この人はクロワサント島の言葉が通じないらしい。


 使者達でさえ、その内の1人しか島の言葉が話せなかったし、偉い人なら、そういう人に通訳してもらえば良いので、自分が覚える必要がないのだろう。



 使者達は偉そうに見えたけど、謁見の順番を待たされた事といい、王に直接声を掛けられない事といい、ロウノームスでの地位はそれほど高くなさそうだ。


 良く考えれば、島への使者役なんて、下手したら、


「ふざけた事、言ってんじゃね~っ!」

 グサ~ッと、僕達に殺される事も想定内だっただろう。


 大船団を引き連れて、島に向う事が出来る人なら、


「勝って当然、手柄は自分のもの~っ!」

 と、征服し、島の領主になっていたかも知れない。


 そう考えると、新たな奴隷発掘の為に渋々とはいえ、前回の使者も今回の使者も、ある意味で勇気ある人達なのかも知れない。


 ところがクロワサント島には連れて帰れるだけの、人口が居なかった訳で。

 アテが外れて、ガックリだっただろうなぁ。


 使者役を成功させて、少しでも偉くなりたい! とか思ってたんだったり……?

 だからって騙した事を悪かったと、僕は思わないけど。


 だって、僕達は奴隷になんてなりたくなかったし、これからどんどん良くなるだろう島から、離れたくなかったんだから。



 本当なら、僕だってロウノームスに来たくなかったよ。


 あともうちょっとでお祭りの準備が終わって、大々的に全島祭りを開催できる所だったのに~っ!


 記憶に残る大勝負が、一体どれぐらい繰り広げられたんだろうと思うと、地団駄踏みたくなるぐらいとても悔しい。


 スィーザが僕の代わりに、全島祭りを開催してくれただろうけど、僕も参加したかったなぁっ!



 それにしても言葉が通じないって、不便だなぁ。

 困ったなぁと僕が思っていると、この人も困り顔を浮かべていた。


 困り顔、だよな?

 ロウノームスでは言葉どころか、表情まで違う意味を持つ事は無いよな?


 こんな表情をするって事は、この人が僕とコミュニケーションをとってくれる気があるからだと思う、たぶん……。


 試しにちょっと会釈をば……。


 おやっ!

 好反応っ!


 少しだけだが、表情が緩んだっ!

 おお!

 小首を傾げて返してくれたっ!


 うわぁ~!

 可愛いなぁ~!

 自己紹介、して……みようかなぁ?


 うん、しちゃおうっ。



 僕は自分の事をぽんぽん叩いて、


「僕はエイブです。クロワサント島から来ました」

 と、覚えたばかりのロウノームスの片言語で名乗った。


 そして、貴女は~? と、手のひらを向ける。


「私はケラスィン。ロウノームスの……」


 おおっ、返事来た~っ!

 最後の方、何を言ってるか分かんなかったけど、ケラスィンって名前だよな?


 王様とか島長とかの、役職名じゃないよな?

 僕は思わず、にこ~っとする。


「ケラスィン?」

 試しに名前らしき所を繰り返すと、ケラスィンから笑みが返された。


 名前っ!

 決っ定っっ!!


 つい顔を向け、にこにこ笑い合った。



 それにしても、ケラスィンは一体何者?


 王と直接話が出来るこの人は、ロウノームス的には、かなり位が高いはず。

 位が高ければ高いほど、位の低い者と会話をする時、間に人が入るのが、僕の知ったロウノームスにおける常識。


 でも、ケラスィンは、僕と直接話をする。

 しかも、今、馬車の中は2人きり。


 ロウノームスの人達にとって、クロワサントの島長など不審者だ。

 その不審者を、高貴な姫君と馬車の中とはいえ、2人きりにするなど、常識的にはありえないと思う。


 ケラスィンは一体誰なんだろう?


 多分僕には意味不明だった、さっきの自己紹介返しの後半に、この疑問に答える言葉があったのだろう。


 本当にケラスィンが高貴な姫君なのだとすると、この密室に2人きりなシチュエーションは絶対マズイ。


 だが、いまだに僕とケラスィンの邪魔をする人間は現れない。

 ケラスィンも、無礼者! と怒って来ないし。



 とりあえず、顔を見てもOKらしい。

 こうしてゆっくりと、人と向き合えるのは久しぶりな気がする。


 僕よりは若そう、かなぁ?

 バナと同じくらいか、それより上だろうか?


 いや、待て。

 バナを基準にして、年齢を推察するのは危険か……。


 何せ、僕よりスィーザと年が近いのに、スィーザとバナは、僕と同じぐらい年が離れている様に感じる事があるからだ。


 あれ?

 バナと比べると、僕とスィーザが同じ位の年になってしまったよ。

 僕が幼いのか、スィーザが老けてるのか、どっちだ?


 いやいや、違うって。

 だから、ケラスィンの年はいくつなんだって話のはず。



 ちょっと聞いてみたかったが、年齢を聞くロウノームスの言葉が分からない。


 楽しそうに見つめられて来るから、期待に応えて会話をしたかったんだけど、会話になりそうなロウノームス語の単語も思いつかない。


 まぁ、結局ケラスィンとそれ以上の話はちっとも進まなかった。


 けど、ケラスィンを見続けるのは止めておいた。

 ケラスィンが偉そうな立場だからというより、礼儀作法としてだけどね。


 初っ端ケラスィンに見下ろされるわ、下顎を掴まれるわしたけれど、同じ事をやり返すのは小心者の僕にはとても無理!


 というか同じ事をクロワサント島の女性陣にやったら、僕のお腹に拳がめり込むんじゃないだろうか。

 あ~、くわばらくわばら。


 王と話していたケラスィンは、ちょっと島の女性陣と雰囲気が似てたから、絶対何かが降って来るに違いない。



 でも、こうして向き合って座っていても、名乗り合ったせいだろうか、ほんの少し前と今とじゃ印象が違う。


 宮廷でのケラスィンは完全に、いかにも制圧者な態度だった。


 命令するのは当たり前。

 自分がした命令が、実行されるのも当たり前って気配をまとっていた。


 それなのに今は、僕を見下してくる感じだけはしない。

 それどころか、そのうち楽しい話が聞けるかもっな視線を、ケラスィンが向けて来るのを感じるほどだ。



 その視線を感じ、僕はロウノームスに対する嫌悪が薄れている自分に気付かされた。


 さっきまで、僕はロウノームスがどうなろうが全く関心がなかった。

 島の皆が助かれば、それで良かった。


 なのに、ケラスィンが居るロウノームスを混乱させる事に躊躇を覚える。

 ロウノームスに来て、僕を人として扱っていると初めて感じるケラスィンが、傷つくのは嫌だと感じるのだ。


 人の内心など僕は読めない。


 だからケラスィンが本当に個人的に、僕を自分と対等だと思っているのか分からないし、あくまで僕の感触でしか無いんだけど……。




ケラスィン


「何ですって?」

「クロワサント島の住民が、ロウノームスに無理やり連れて来られたそうです」


「無理やりっ?」

「どうなさいますか? 今日、王と謁見するそうですが」


「謁見の間に行くわ。支度を」

「はい」


 私は急いで王宮に向かった。

 連絡なく来た私に、宮廷の者達が浮足立つが、無視だ無視。



「お久しぶり、従兄殿」

「やあ、従妹殿。元気そうだね」


「無理やり、クロワサント島の住民を連れて来たって聞いたわ」

「無理やりではなく、自分から来たらしいよ。彼がそうだ」


 楽しげな従兄殿を無視し、島からの賓客を確認する。


 何て事っ!

 このやつれ具合は酷過ぎるっ!

 どこからどう見ても、無理やりじゃないっ!


 病気になってないか、あちこち確かめさせて貰ったが、大丈夫そう。


「……従兄殿?」

「いやいや、我は連れて来いと命じた訳じゃないから」


「そんな逃げ口上など認めませんわ」

「お~~~~い」


「従兄殿。この方は私が引き取りますね」

「ケラスィ~ン」


「我らと同じ血を引くと思われる方を、蔑ろに出来る訳ありませんっ!」

「そうなんだがな~」


「義兄上だって、本音ではお手元に残したいくせにっ。私が引き取りますっ!」

「でもなぁ~」


「問答無用っ!」


 後ろから引き止められるけど、無視よ!

 無視っ!



 彼を館に匿う為に、急いで馬車へと引き上げたけど、問題が発生した。

 相手の喋る言葉が分からないのだ。


「どうしよう……」


 困っていると、相手の方は自分の胸をポンポン叩き、


「僕はエイブです。クロワサント島から来ました」


 たどたどしいながら、名乗ってくれたっ!


 そうよっ!

 ゆっくり言葉を覚えて貰えばいいんだわっ!

 お迎えが来るまでっ!


 希望の光が見えた瞬間だった。


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