再登場。
ロウノームスからの使者一行は、子供の頃の記憶と同様に派手だった。
間近で見た分、記憶以上かもしれない。
「お初にお目に掛かる。若く見えるが、貴殿はこの島の代表者だろうか?」
前回の使者と違い、全く挙動不審な所がない。
今回はあの船に、病を積んで来た訳では無いようだ。
「そうです。今は僕がくじ引きで選ばれた、島長に間違いありません」
「伝え聞いた通り、相変わらず奇怪な選ばれ様だ」
む、くじ引きを馬鹿にしたなっ?
鼻で笑っただろ、今っ!
……落ち着け、落ち着け。
ここは怒っている場合じゃない。
伝え聞いたって事は、しばらく、たぶん10年以上クロワサント島はロウノームスでは話題にも上らなかったのだろう。
そのまま忘れてくれていれば、どんなに良かったか。
まずは確認しよう。
「そう仰る貴方は、ロウノームスからの正式な使者ですか?」
「そうだ」
「要件は前回と同様でしょうか?」
「分かっているなら、話は早い」
やっぱり、そうなのか。
でも、絶対に駄目だ。
ロウノームスからの話には頷けない。
そして戦いにする訳にはいかない。
何とか、ここで使者を諦めさせられないだろうか?
時間稼ぎでもいい。
せめて、お祭りが定着するまで、もう一度ロウノームスがこの島の事を忘れて置いてくれれば……。
「その件でしたら、今は無理です。島には人がいません」
「人がいない? 船上からでは、何人か浜に出ていたのが見えたが?」
くそ~、見てたか。
ロウノームスの使者達が奴隷として、島の人を連れて行こうとしていた話は、北の州に知れ渡っている。
だから船に気が付いた途端、皆で一斉に隠れたらしく、現在港には僕と僕を心配して付いて来た、幼馴染達しかいない。
しかし、こちらがロウノームスの船に気が付く前から、たぶん使者達は島の様子を窺っていたのだろう。
「いえ、本当です。前回の貴方方の使者が運んで来た病で、多くの島民が亡くなりました」
すると僕と話していた、目の前の使者1人だけが、見るからに動揺した。
あれ?
今何て言った?
たぶん「何だって?」的な、驚いた調子の使者の第一声が理解出来なかった。
もしかして、ロウノームスとクロワサント島では言葉が違う?
「失礼した。まさかこの島にまで祟り病が届いているとは……」
「祟り?」
「あぁ、いや……何でもない」
続けて、その驚いた使者が、その反応に対して不思議顔をしている他の使者達に、やはり僕には分からない言葉で、何かを伝え、やや怯えた様子でひそひそ話をし始めた。
僕の記憶では、前回の使者一行は全員が島の言葉を話せていた気がするが、どうも今回は1人しか話せないらしい。
後ろに居るエッドに目で確認を取ると、エッドも驚きながらも頷いてくる。
ロウノームスとクロワサント島じゃ言葉が違うなんて、考えもしなかった。
前回ロウノームスから来た人々を看病していた場所に、僕達子供は近づけなかったし、その後はそれどころじゃなかったからな。
しかも流行病をどうやら祟り病と言い、僕達に隠しきれないほど怯えている。
まだ病が島に残っていると思って怯えているのか、それとも……。
しかし使者達に動揺を誘えた事には間違いない。
これは僕にとって、吉か、凶か……。
「全州の島民が、この村に集まって暮らしている状態です」
「そんなのにも……?」
「船漕ぎ奴隷を入れれば、こんな僕達など、貴方方は簡単に制圧してしまえるでしょう。島には今それだけの数しか居りません」
まるで制圧を勧めるかのような僕の言葉に、使者は疑うような眼差しを向けて来る。
「僕の言葉が本当かどうか、確かめたいと思われるでしょうが、あまり歩き回られない方がよろしいかと」
「何故だ?」
「病で亡くなった者達が少なからず、ロウノームスを恨みに思い、成仏出来ずに彷徨っているのです」
「……」
「ロウノームスの使者である貴方方の存在がその者達を刺激したら、ますます厄介な事になってしまいます」
僕はロウノームスの使者達の、動揺の激しさを見て、賭けに出た。
死者が彷徨うなど、世迷言だと平素なら一笑に伏されるだろう。
しかし使者達はくじ引きの話のように、鼻で笑いもしなかった。
失笑もない。
賭けは成功だ、と僕は確信する。
クロワサント島の言葉が分かる使者が、青ざめつつも、僕の言葉を他の使者達に伝えた。
そしてまた、ひそひそとやり出す。
ロウノームスがクロワサント島に求めているのは、奴隷に出来る人間だ。
きっとロウノームスでも大量の死者が出て、奴隷の数が足りなくなったのだろう。
どうやら大陸では、流行病は祟りだと思われているようだ。
それなのに同じ大陸内から、奴隷を集めて来れば、また祟られてしまうかも知れない。
そこで思い浮かんだのが、クロワサント島だったに違いない。
こちらは思い浮かべてなんか、欲しく無かったというのに。
島への手出しに猶予をもらう為に、僕は口を開いた。
「何でしたらクロワサント島には、奴隷と出来るような数がいないと、この島の代表として、僕がロウノームスで証言しても構いません」
「エイブっ! 何言ってるっ! そんなの駄目に決まってるだろっ?」
当然、今まで僕の言葉の内容に合わせて、神妙に頷いたりしていてくれていた幼馴染達が、一斉に僕を捕まえ、後ろに下がらせようとする。
だが、使者達にも面子がある。
このまま手ぶらで帰る訳にいかないはずだ。
僕は決意を込めて、幼馴染達を見た。
「ここは誰かが行かなきゃ収まらない。それなら島長である僕が一番適任だ」
「エイブ……」
「そんな……」
一斉に首を横に振って来る。
「大丈夫だ。僕はそう簡単に死なないよ。そのうち迎えに来てくれると助かる」
もし僕からの案が通ってロウノームスへ行ったら、僕1人を送り届ける為に、船を出してくれる訳がないから、もう帰って来られない可能性が高い。
そう考え、少々強張りはしたが、僕を心配する幼馴染達の為、何とか笑顔を浮かべる事に成功する。
「「エイブっ!」」
「頼むね」
僕は使者達に向き直り、更に揺さ振りを掛ける。
「貴方方にとっても、この島を他の土地への足掛かりにするならば、未来に活用する為に今の時点では奴隷にして連れ帰らず、島民を増やしてからの方が得策だと思いますが?」
ロウノームス側はこれを、帰る為の大義名分が出来たと捉えてくれるだろうか?
ひそひそとやっている姿を見つめて、僕は使者達からの返事を待つ。
「エイブ……」
後ろからの声に、僕は使者達に聞こえない様、ボソッと答える。
「大丈夫だ」
「別にお前じゃなくても良いはずだ」
「代わりにぼくが……」
口々に言って来るが、多分ロウノームスの使者達は変更を認めないだろう。
「クロワサント島にはスィーザがいる。助けてやってくれ」
全島くじ引き再開でも、僕とあれだけ意気投合したスィーザなら、お祭りも成功させ、そしてロウノームスに対する備えも、きっと着実に行ってくれるはず。
「スィーザに、僕の事は考えなくていい。島の事は任せた、と伝えて欲しい」
「エイブ……っ!」
「何とかして来るから」
後ろを振り返る気力を何とか振り絞り、僕は幼馴染達ににやりと笑いかけた。
そうして僕は、使者達と船上の人となった。
しまった!
船酔い忘れてた~っ!
そう僕が思い出すのは、島の影がすっかり見えなくなって、海の波が高くなってからだった。
そんな訳で一体どこが、ロウノームスとクロワサント島の補給地点なのかも分からないくらい、前後不覚状態。
まぁ、僕が船に弱いのは周知の事実だし、島の皆も許してくれるだろう。
……とりあえず気持ち悪~ぃ。
そして船はロウノームスに着いたのだった。
目標
「何で引き止めなかったんだよっ!」
「スィーザ……」
「いくらでも代われたはずだろっ?!」
「「……」」
「やめなさいっ! スィーザっ!」
「「前・島長様……」」
「言っても代わるのは無理だったでしょう。それがロウノームスよ」
「何でっ! 俺達にはエイブが必要なのにっ!」
「喚かないのっ!」
「母さんっ!」
「エイブ君はちゃんと、クロワサントの方向を示してくれているじゃないの」
「え?」
「ますは全島祭りの成功。州の交流を活性化させ、結び付きを強化する事。それに迎えに来てくれって言ったんでしょ?」
「「はいっ」」
「後は任せたと。僕の事は気にせず、島を頼むと」
「そして最後に、何とかして来る。と」
「何とかして来る?」
「「はい」」
「じゃあ、する事は決まっているわね」
「「エイブが稼いでくれる猶予を有効に使う事」」
「そうよ。今度こそこんな無理難題など、絶対に認めなくて済む様にするのよっ!」
「でも、俺は腹が立つっ!」
「だからって、何もしなければエイブ君を助ける事も出来ないわよ」
「ちくしょうっ!」
「スィーザ、ぼく達はお前を助ける様言われているんだ」
「力を付けるぞっ! やるぞっ!!」
「そして、エイブを迎えに行こうっ!」
「「おうっ!」」
「……エイブ君って、船に弱いんじゃなかったかしら?」
「「「……」」」
「帰らないって言うかも知れないわねぇ」
「「「……」」」