話し合い。
「はい。どうぞ」
「いただきます」
島長室らしき所に連れ込まれ、島長が手ずから入れたお茶を頂いた。
さすがに、いきなり毒殺って事はないよな……ドキドキしながら飲む。
「美味しいお茶ですね」
「ありがとう」
話し合う為に付いてきたが、実際に2人だけだと緊張する。
しかし、黙ったままというわけにはいかない。
いい機会だ。
ずっと引っ掛かっていた事を出してしまえ。
「今更ですが、まずは島長にお詫びします。ロウノームスの使者達を島都へ送り出した事、父も悔やんでいたと思います。申し訳ありませんでした」
……やっと言えた。
今度の旅の最終地点を聞いた時から、言えないかもと思いつつ、それでも言いたかった言葉。
北の州で抑える事が出来ていれば、ここまで被害は大きくならなかった。
考えれば考えるほど、悔しい。
「確かに、北の州を恨まなかったとは言えない。でも流行病が全島を襲ったのは北の州の責任ではないと、誰もが分かっている事よ」
「しかし南の州でも、9割の方が亡くなられたと聞きました。ロウノームスの船が流行病を運んできたと、すぐに分かっていればと思わずにはいられません」
「北の州も被害が大きかったと聞いているわ。助けの手を出す事も出来ず、こちらも心苦しく思っているの。でも……、話を誤魔化すのは止めて貰えるかしら」
そうして、島長は戦いの火蓋を切って落とした。
「商談って、何の事かしら? 島長である私を通さずに、話を進めないで貰いましょうか」
「いや、それは……」
「北西と南西の州での州長交代劇も聞いたわよ。スィーザを巻き込んで、南の州でも同じ事をするつもりだったのね?」
おおぅ。
島長は完全に喧嘩腰だ。
まずは誤解から解いていこう……。
「スィーザから南の州も商品取引に加えてほしいと、話を持ち掛けられまして」
「スィーザが? 全く、勝手な事してっ!」
「彼にも言いましたが、乳製品、いいですね。北の州には農耕作業用の牛しかいないので、是非とも商談を成立させたいと思っています」
途端に、島長の目が釣り上がる。
「商談については、分かったわ。納得してないけれど、考えておきましょう。それより……」
ぎらんっ!
睨んできたぁ~!
「北西と南西の州の騒ぎは、貴方のせいだと聞いてるわ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい~! 僕が指示したんじゃありません~!」
「言い逃れは認めないわよ! 貴方が動いた途端、州長交代劇が起こるなんて、都合が良いにも程があるっ!」
ひぇえええ~。
どう言えば納得してくれるんだぁ。
「元々くじ引き復活の動きがあったんです~っ。僕は相談を受けて、前州長を閉じ込めちゃえば、血を流さずに州の実権を取り戻せますよって言っただけです~っ」
「何ですってっ!?」
「何人もの人達が北の州に逃げて来るほど、最低生活を送ってるんです~っ。州民を助けない州長など要りません~っ」
「馬鹿な……」
僕が迫力に気押されて、思ってた事をぶちまけた途端、島長は一気に脱力した。
その気持ちは良く分かる。
僕等の根底にある相互扶助の精神を、全く生かさない州長が存在するという事なのだから。
「北西と南西の州を出る前に、それぞれの前州長と話をしてきました。何故自分達が閉じ込められたのか、今頃は納得していると思います」
「……」
動かなかった島長の責任は重い。
州長が駄目な時は、島長が動くのがクロワサント島の仕組みだ。
だが、もし島長が動いていたとしても、それぞれの州長が聞いたとは思えない。
それどころか、島長を巡っての争いが勃発していたんじゃないかと思う。
「南の州は他州より大変だったんですから、しょうがないですよ」
「それは言い訳にならないわ……」
あ~、駄目か……。
僕的には南の州が無事である事は、とても喜ばしい事なんだけどな。
何か明るくなる話題は~……あった。
「スィーザは馬車の中で、流行病後の南の州の話をしてくれました。頑張っている島長の話をずっと。……尊敬しているのが伝わってきました」
「……尊敬?」
「スィーザは、商品取引を通じてコメを手に入れたいと言っていました。それって州長であるお母さんを助けたいからではないのでしょうか」
「助ける?」
おお!
島長の顔が上がったっ!
「自分が島長の息子だとは言いませんでした。ただ少しでも手助けしたいのだと」
「そんな事ある訳がっ」
「青年の家の子供達の事を理由にして、島都を長く離れられないと言ってましたが、そんなの南の州を飛び出してしまえば関係ないですしね」
「……」
おや?
島長の表情が曇った。
けれどスィーザと島長が親子だと分かって、謎が解けたと僕は感じた。
僕も父がもし生きていたら、スィーザと同じ様に必死で手伝いをしていたと思う。
「島長殿は任期が過ぎているとはいえ、流行病前のくじ引きで島長のくじを引いた、正式な島長だそうですね」
「そうよ」
「スィーザが疑問に思っていたのは1つだけ。何故島長がくじ引きを再開しないのか」
「……それは」
「少し話しただけですが、スィーザがしっかりしているのは分かります」
「あら、ありがとう」
「権力に固執しているように見えない島長が、くじ引きを再開しないのは、もしかして、スィーザを正式な南の州の州長にさせたいからではないですか?」
おおぅ……。
島長から冷気が漂ってきた。
頭ではじき出した答えを元に、まず島長がスィーザを州長にしたがっている事を前提で話を続ける事にした。
父はどうたったかな?
僕に州長を継がせたいと考えただろうか……う~ん、アレ?
それはない気がする。
いや今は僕じゃなくスィーザだ。
「スィーザは今年でいくつですか? 青年の家の代表だと言っていましたから、20歳は越えてませんよね?」
「……そうよ」
「まぁ、スィーザは頷かないだろうなぁ。貴女が正式な島長である事に拘りがあるみたいだったし。だからスィーザが20歳になるのを待った。……ちょっと外堀を埋め過ぎですか?」
怒られるかと思っていたのだが、島長は怒り以外の、何とも表現のしようのない表情を浮かべている。
「すみません。先ほど通らせて貰いましたが、スィーザに対する島都の皆さんの態度からして、正式な手続きを経ずに州長に押しても、反対は上がらなかったと思います」
「ええ。その通りよ」
「でもスィーザ本人は、まんまと州長のくじを引いてくれればいいが、個人の交換でうっかり州長のくじを受け取るなんて、絶対にしなさそうだ」
「よく分かるわね」
テンポ良く入ってくる相槌に、つるっと僕は口を滑らせた。
「あ~、実は州の事務仕事を僕にさせ続ける為に、たった1つの借りで州長のくじを押し付けられたんで……」
僕は一瞬、遠い目をした。
あ、いけない。
スィーザの話だったのに、僕の話に脱線した。
ハッと向き直った僕の前に、迫力を増した島長が居た。
「伝わって来る人物評価なんて、当てにならないと高を括っていたのに甘かったわ。全力で捕縛するべきだったようね」
「ままま待って下さい、当てにならないです。これでもかって位、思いっきり過大評価されちゃってます~っ!」
「信じられないわね」
「スィーザと僕は、すっかり意気投合したんです。しかも島長殿の息子で、北の州長の息子だった僕と背景も似てるしっ。だから、こうかな~と、想像しやすかっただけでっ!」
ほほほ捕縛回避~っ!!
慌てた僕に島長は呆れたような表情で、ため息をつき……そして苦笑した。
「参ったわ、北の州長殿。ほぼ貴方の想像通りよ。エイブ君と呼んでいいかしら?」
おっ。
よく分からないけど、捕縛対象から息子の友人として、一気に格上げしてもらえた気配。
「もちろんですっ」
僕は大きく頷いた。
船上で
「帰って来た~!」
「凄いわねっ!」
伝書鳥の両方向伝書の実験が、今回の航海で一緒に行われているけど、凄い確率で帰ってくる。
“輝ける白”は航海の真っ只中。
動いていない日は無いというのに……。
「それで、何て?」
「北西の州長が取り巻きと一緒に隔離されて、新しい州長が立つ事になったって!」
「何だって~っ!!」
「どういう事?!」
「そこまで書いてないですよ~!」
「一体何をしたんだエイブはっ?」
全く信じられない……。
くじ引きを復活させようという意気込みは確かにあった。
でもその為に何をすれば良いか誰も思いつかなくて動けず、現状維持が続いていたのに。
「エイブが何をしたか聞いてみよう」
「それしか思いつかないな」
「うん」
伝書鳥にご褒美を上げ、伝書を託し空に離した。
羽ばたいて行く伝書鳥を見送っていると、空高く何かが上がっていた。
「あれは何?」
「どれどれ?」
一斉に皆で空を見上げた。
「……凧だ!」
「それも凄い数っ!」
「……北西の州だよな」
「エイブが?」
「まさか……でも、凧揚げ好きだったよな」
「ああ」
信じられないが、それも有りと思えるのがエイブだ。
「俺達への激励かな」
「負けてられない! 帆を広げるぞ!」
「「おお~!」」
バナが居ない初めての航海で恐る恐るしか上げれなかった帆を全て一斉に翻した。