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白く輝く帆の下で  ー北の州長の奮闘記ー  作者: きいまき
クロワサント
20/102

南の州に到着。

 馬車の中で、みんなを呆れさせ、寝不足に巻き込みつつ、スィーザと僕はとにかく語り合った。


 過去に遡って、流行病の真っ只中の時には辛かったとか、現在の青年の家の詳しい状況。

 例えば、今はこんな作業をしている……とか。


 もちろん商品取引の話もした。


 南の州の特産品についての関係で、逃げた牛を捕まえるエピソードも面白かった。

 北の州の牛は、農耕作業の補助用であって、乳製品までは取れるだけの数が居ない。


 北の州の自慢もしっかり返しておいた。


 とはいえ僕は実働部隊じゃなかったから、スィーザみたく僕自身の武勇伝は1個もないんだけど……。



 他州との連絡に使っていた伝書鳥が怪我をして、島都に迷い込んだ事もあったらしい。


「もしかしてその子……」

「両方向伝書鳥になるかも……」


「両方向伝書?」


「うん。伝書を持たせて放ったら、返書を持って帰ってくる子が何羽か居るの」


「バナとの実験でも、動いている“輝ける白”に戻る子が出て来てて」

「ちょっとしたブームになってるんだよね~っ」


「「へぇ~っ」」


 僕にとってもびっくり情報だ。 


「まだ全羽の実験は済んでないの」

「今も青年の家で、皆が実験してくれてるよ」


 それは帰ったら結果が楽しみだ。


 南の州の伝書鳥も、緊急連絡用に預かって帰る約束をする。


「島都に着いたら、どんなお世話をしているか教えてくれる?」

「俺はあまり詳しくないから、詳しい奴を紹介するよ」


「うん、お願いっ!」

「あと、この子達をよろしくねっ!」


 ヘイズルとアイリンが満面の笑みで、スィーザに北から連れて来た伝書鳥を見せている。

 ずっと籠に入れっぱなしだった伝書鳥が、お役に立つのが嬉しいらしい。



 スィーザと僕達は、島都に着くまでず~っと話をした。


 聞けば聞くほど、島長は権力を独占する訳でなく、南の州をただ守っているのを感じる。


 流行病後の復興に尽力を注ぎ、州民の声に耳を傾け、何かあれば文句も付けるが、否定するばかりではなく、正しく評価もしていたらしい。



 それなのに何故くじ引き復活だけは固辞するのだろうと、ますます不思議だ。




 裏道からこっそり南の州へ入って……さぁ! いよいよ最終目的地の島都だっ!


 乳製品を作る作業も実際見てみたかったし、スィーザの提案で僕達は青年の家でお世話になる事にした。


 そういえば、他州の青年の家に行くのも初めてだ。


 島都の青年の家も、北の州と同様に島都館の横に建っているが、素知らぬ顔なら馬車で乗り入れても、仰々しくしなければ大丈夫だろうという事になった。



 島都に入ると、どうやら顔を知られているらしいスィーザは、あちこちから「おかえりっ」と親しげに声を掛けられている。

 そんな様子からも島都の人々が抑圧されている印象は全く受けない。



 ところが……。


「あっ! スィーザ兄っ! 今、帰ってきちゃ駄目っ!」


 いざ、青年の家の敷地に入った所で、僕達の馬車は引き留められた。

 スィーザの顔が一気に苦くなる。


「……まさか」

「うん、そう! 島長が来てるのっ! 早くっ、バックバック」


 御者台にいるスィーザに僕は聞く。


「どうするんだ、スィーザ?」

「とりあえず、回れ右で……っ」

「了解っ」


 そう返事を返してきたスィーザは慌てて方向転換をしてくれていたが、馬車は人と違って、急に逆方向に戻れない。


「コラッ! 待ちなさい、スィーザ!!」


 そう声を張り上げて来たのは、4・50代の女性だった。


 島長は女性だったのか~。

 そういえば性別は誰にも聞いた事がなかった。


「げっ」

「逃げたら青年の家の子供達がどうなるか、分かってるんでしょうね~っっ」


「……くそっ」


 スィーザが悪態をついた後、言って来る。


「俺だけ降りるから、乗ったまま待っててくれ」


「大丈夫か?」

「ああ。何とかする」


 どうやらスィーザは、島長に青年の家の子供達を半人質に取られているらしい。

 だからあまり島都を留守に出来ないと言っていたのだろう。



「どこに行ってたの、スィーザ! こんな時に遠出だなんて心配するじゃないのっ」


「どこだっていいだろっ。心配しなくても青年の家の事がある限り、俺はちゃんと島都へ帰って来るっ。……こんな時って、どうしたんだよ?」


 何だろう、この遣り取り……?


 僕にでさえ、北の州長だからと始めは敬語を使っていたスィーザだったのに、島長相手、しかもかなり年上相手に随分と遠慮がない口調のような……?


 この感じだとまるで……。


「決まってるでしょう、北の州長よ。あなたが捕まりでもしたら、母さんは困るの」


 母さんっ!

 聞き間違いじゃないよな? と、僕は幼馴染とお互いに顔を合わせる。


 そっか、スィーザは島長の息子かぁ。

 馬車の中でたまに言葉を濁してたのは、こういう事だったのか。



「母さんだけじゃない。あなたに何かあったら、島都の皆も、ひいては島全体が後々困るのよっ」


「何言ってんだよっ! 北の州長は問答無用で俺の事を捕まえるような人じゃない。なんで母さんはそんなに北の州を警戒するんだ」


「それは……っ。北の州が周りの州と違う動きをするからっ」


「おかしいだろっ。北の州は元に戻ろうって言ってるだけだ。そもそも母さんは何でそこまでくじ引き再開を反対するっ?」


「……何度も言ってるでしょう、時期じゃないって!」

「どう考えたって、今が時期だっ!」


 スィーザと島長の言い合いは平行線を辿り出した。



「……ん~」


 これは出て行った方が良さげかなっ?

 力ずくで引き留められる前に、馬車から降りちゃえっ。


「こら、エイブ!」

「何で勝手に、降りてるんだよ」

「あ、馬鹿っ」


 幼馴染達は口々に言って来るが……ハイ、親子喧嘩に乱入~っと。


「どうも、はじめまして」

「誰、見ない顔ね?」


 近づいてきた僕に気が付いたスィーザも、何で出てきたっ的な表情をして、慌てて僕を後ろに隠す。


「……まさかっ、スィーザっ?」


「そのまさかの北の州長です。スィーザと意気投合して遊びに来ました。エイブと呼んで下さい」


 スィーザの肩を大丈夫だと叩きながら、前に出る。


「どういうつもり?」


「島長が女性だなんて、他州の女性は押え付けられてるという状態を耳にしているので、凄く嬉しいです。だから島都はしっかりしてるんですね。雰囲気も優しいし」


「……」


 う~ん、島長から胡散臭そうに見られてる……っ。

 この反応は本物だって、信じてもらえてないっぽい?


 でもまぁ、ここは続けて言い切ってしまおう。


「せっかくお会い出来た事ですし、僕を捕まえる前にお話を伺いたいのですが、如何でしょう?」


「なら、俺も……っ」


「いや、スィーザは居ない方がいいと思う。あ、でも万が一牢屋に入れられたら、ちゃんと助けてくれっ」


 とは訴えておこう、うん。



 スィーザの反応で、どうやら本物の北の州長だとようやく納得してもらえたのか、島長がお茶に誘って来た。


「そうね。お話ししましょう、差しで。お茶くらいは出すわ」

「ずっと馬車に揺られて、喉が渇いているのでごちそうになります」


「「エイブ~っ!」」


 独断しちゃった僕を怒ってるような、心配してるような、北の州の面々の声が追いかけてくる。

 

 島長館に向かう島長の後を付いて行こうとしていた僕は、そういや皆は安全な所に居てもらった方が良いよなと、後ろを振り向く。


「あ、そうだ。商談は任せるっ。乳製品のおすすめ料理もしっかり習っといて~っ」

「「エイブ~っ!」」


 ここは無視っ!

 ちゃんと話し合いをしないと、絶対禍根を残す事になる。


 そう感じた僕は皆に言い置き、今度こそ島長の後を付いていった。




北西の州


「お父さん~! お母さ~ん!」

 駆け寄ってきた我が子の姿を見て、妻と2人安堵する。


「無事か~!」

「良かったぁ!」


 そんな親の気も知らず、子供はじゃーんっと懐かしい物を見せてきた。


「見て見て~! コレ作ったんだよ~! 明日凧揚げするから見てね~!」


 しかし、頷けるはずもない。


「……すまん。出れんのだ」

「ごめんねっ! ごめんねっ!」


 あれよあれよと、州民達に軟禁されている身なのだ。

 ところが子供は問題ないっと笑う。


「大丈夫っ! すぐ横で上げるからっ! 一緒に揚げようね~っ!」


「……何だって?」

 その言葉に耳を疑い尋ね返すと、子供は再び言った。


「ここで揚げるの~っ!」


「……一緒に揚げような」

「……(泣)」


「うんっ! じゃあ、また明日ね~!」


 子供は実に楽しそうだ。

 辛い目には合っていないらしい。


「無事で良かったな」

「……はい」



 

「前州長殿。お会いしたいと言っている方が居られるのですが」

「誰であろうと会う気はないっ!」


「でもお会いした方が良いですよ。北の州長殿ですから」

「……何だって?!」


 許可などしていないのに、見知らぬ若造が部屋に入ってくる。

 何という事だ、こんな若造に州の民は踊らされたのかっ。


「こんにちは」


「……何故ここに居るっ!」

 しかも、呑気に挨拶までしくさった。


「旅の途中でして。お騒がせしてすみません」

「お前さえ居なければ、こんな目には合わなかったのに」


「いや……。たぶん生きてないですよ。あの子もね」

「何故あの子が!」


「この州でどれだけ子供がお腹を空かせていたか、ご存知ですか?」

「……知らん」


「どの親だって、お腹を空かせて泣く我が子など見たくないんですよ」

「「……」」


 脅しか、これは?

 転び様によっては、軟禁どころか、これまでの恨みを命で払わされていたかも知れないのだぞ、という。


 もちろん、その時は子供諸共だったはずだ。

 その事に始めて気が付いて、妻と青ざめる。


「ちょうどいい事に、今のお住まいは青年の家です。ちょっと昔を思い出してみるのはどうです? 貴方達は輝かしい時代をお過ごしのはずだ。実に羨ましいですよ」


「青年の家……」

「……北の州長殿、貴方は今お幾つ?」


「24になりました。僕は憧れていた青年の家で、過ごした事がないんですよ」

「……そうなの?」


「ええ。誠に貴方達が羨ましい……。じゃあ僕はこれで」

「「……」」


 そうか……。

 羨ましく思えるものなのか……。

 再び、妻と二人で言葉を失った。


「そうそう。ここを出るのは簡単です。くじ引き制度に戻す事を納得してくれる事」


「くじ引きだって?!」


「ええ。平和だったクロワサント島に戻すんです。自ら仕事をして下さるなら、みんな大歓迎だと思いますよ」


 それだけで軟禁状態から解放される。

 とはいえ、これまでのように強い立場ではいられなくなるに違いなかった。


 しかし……。いや……。だが……。

 色々な思考が脳裏を過り、結局馬鹿の一つ覚えの様に同じ言葉を繰り返す。


「くじ引き……」

「良くお考え下さい」


 そして、若造……北の州長は去って行った。

 明日の凧揚げでも、子供は笑っているだろうか……。



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