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白く輝く帆の下で  ー北の州長の奮闘記ー  作者: きいまき
クロワサント
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州長になった。

 父が死んだ。

 過労死だった。



 息子を助ける為とはいえ嘘をつき、最後の薬草を隠匿した、という後ろめたさの為か、父はその埋め合わせをする如く、身を削って州の為に働いた。


「お父さん、まだ起きてるの?」

「もう少ししたら寝るさ。先に寝ていなさい、エイブ」


「お父さん、ご飯は?」

「さっき済んだよ。エイブは成長期なんだから、ゆっくり食べるんだぞ」


「お父さん、少しは休まないと……」

「あぁ、そうだな。これが終わったら……」


 僕は父が罪悪感から働き詰めにしていると分かっていた。

 だが、その明らかに我が身を顧みない州長振りを心配せずにはいられなかった。


 それなのに何度同じ様な言葉を繰り返しても、父は州の為に働き続けるのを止めようとはしなかった。



 父が亡くなって数日も経たないうちに、遠縁の者が僕に御託を並べ出した。


「亡き州長の遺志を継げるのは一緒に付いて回っていた君しかいないよ、エイブ君」

「州都以外から集まって来ている人達にも一番顔を覚えられているでしょうし、エイブ君が州長を引き継ぐべきだわ」


 一体何を言っているんだ、この人達は……。


「僕はまだ十五歳の子供です。州長など僕には無理です」

 とてもではないが、僕は父の様に動く事など出来はしない。


 州都再建に向けて動いている皆だって、15歳の子供にアレコレ言われたくないだろうし、まとめ役などどうしたって無理だ。


「ちょうどいい機会です。新たな州長はくじ引きで決めませんか?」


 だからクロワサント島のこれまでの制度通りに戻そうと、くじ引きを持ち出したのだが、遠縁の者は意見を引かず、更に言い募ってくる。


「今はまだとてもくじ引きなど出来る状態ではないさ」

「くじ引きをして働く場所が変わってしまったら、それこそみんな混乱して復興が遅くなるじゃないの」


 しかしきっと遠縁の者達の心の内は違うのだ。


 くじ引きとなれば、遠縁の者達が面倒を見なければ、15歳の僕は孤児として、青年の家に入る事になる。

 そして自分達と関係ない者が州長になれば、遠縁の者達も当然州長館から出なければならない。


 それは復興のおこぼれに預かれなくなるという事を意味している。

 州長館に留まる為に、僕を州長の座に据えたいのだろう。



 だというのに、一見その意見が道理に適っていたのが問題だった。


 遠縁の者達のそんな内心を知らない、復興仕事のまとめ役として動いている親方達を含む大人達が、その意見に賛成してしまったのだ。

 働き過ぎる父が心配で側にいただけなのに、それが返って仇になるなんて僕は思いもしなかった。


「僕はくじ引き制度を復活させたいんだけど、どんな風に言えば大人達を説得出来ると思う?」

 堪り兼ねて僕は生き残っていた同年齢の幼馴染達に相談した。


 てっきり州長を固辞すべく一緒になって考えてくれると思っていたのだが。


「くじ引きなんて無理だろ」

「無理よ」

「「無理無理」」

 と、一刀両断されてしまった。


 その上、青年の家に住む皆は、幼馴染を皮切りとして、僕の思惑とは反対にこぞって州長になれと言い募ってきた。


「俺はエイブ以上に青年の家を気に掛けてくれる大人はいないと思う」

「エイブが出て行っても、遠縁の奴等は理由を付けて、州長館から出て行かないかも知れないぞ」


「うん。エイブは辛いだろうけど、州長館に留まってほしいなっ」

「小さい子の面倒を見るのはエイブじゃなくっても出来るけど、青年の家を少しでも守れるのはエイブだけだよね」


 未だに16歳になると大人と一緒に復興仕事に駆り出されるので、15歳は青年の家にいる子供達の中で一番年上だった。

 幼馴染達も、年下の子達を守ろうと自然と責任感も沸いているのだろう。


 そして最後には、州の最高齢者である、北の賢者おばあちゃんの鶴の一声に止めを刺された。


「エイブ。気持ちは分かるけれど、今はくじ引きなんてしている時期じゃあないよ。お前が州長におなり」


「おばあちゃんまで……」

 僕はがっくりと肩を落とした。


 おばあちゃんは賢者として名高く、流行病が拡がる前から相談役として青年の家に住んでいる。


 流行病さえも乗り越えて、足腰目耳と弱ってはいるが、杖さえ持てば歩ける。

 青年の家の女の子達が、おばあちゃんの世話役を交代で受け持っていた。


 そんなおばあちゃんの勧めもあり、気は進まないが僕は推されるままに州長になった。



 ところが、何かあったら父の指示に従っていれば大丈夫だという北の州の大人達の意識が、僕にとって大きな問題となってきた。


 少しずつだが父の代わりに、遠縁であり同じ州長館に住み、父の補佐していた者達の指示に従えば、北の州の復興は進むという意見が増え、最終的に復興の全権を遠縁の者達が握る事になったのである。



 生前の父は遠縁の者達に、青年の家の孤児達の世話も頼んでいた。


 しかし、ある時。

 僕は青年の家の子供が州長館で食器洗いをしているのを見つけてしまった。


 更に、遠縁の者の部屋から掃除道具を持って出てきたりするのに出くわす事が多くなった。


 気が付くたびに僕が代わろうとすると、「怒られる」「大丈夫だから」と断られ、遠縁の者に対し怯えてもいる様だ。


「あの子達はあなた方の召使いじゃないんです」

 そう僕が言っても。


「大袈裟だな、エイブ君は」

「手が空いていそうだから、ちょっと頼んだだけよ」


 そんな風に遠縁の者達はまるで取り合おうとしない。

 

 その上、青年の家に回す分の物資や食料を、遠縁の者は着服しているらしい。

 しかもそれは年を追うごとに酷くなっていた。



 本来なら11歳から19歳の青年達が共同生活する青年の家は、僕の憧れの存在だ。


 今はそんな憧れや羨ましい場所には程遠い。

 2・3歳から15歳まで、身寄りのない子供が住み、州長館付属の召使いとして援助を受ける側に回っているのだ。


 くじ引き制度復活がまだ早いというなら、せめて青年の家を本来の状態に戻したい。


 16歳になってしまうと、幼馴染達は大人扱いとなり、青年の家から出なくてはならなくなる。

 そうなると、今より接点を持ち辛くなるに違いなかった。


 だからあと1年で本来の状態への方向性が付けられる様に……。


 幸いというべきか、お飾り州長として、考える時間だけなら僕にはたくさんあった。

 でも、どこから手を付けていけばいいのだろうかと、おばあちゃんに相談を持ち掛ける為に僕は青年の家へ向かった。


「そうだねぇ……」

 

 おばあちゃんが僕の考えを吟味するように黙り込むと、それを側で聞いていたその日のお世話を受け持っていた幼馴染が力説して来る。


「まずご飯のおかずをもう一品希望! 最低生活脱出!!」


 青年の家に回るはずの食糧を僕も遠縁の者達と一緒に口にしているはずで、思わず謝罪が口をつきそうになった。


 でも僕からの謝罪など、幼馴染が望んでいるわけではない。

 謝りさえすれば僕はその分気持ちが楽になるだろうが、青年の家の現状は全く変わらないのだ。


 建設的な事を考えようと、耐える。


 まず飢えたままでは仕方がない、という事だ。

 州の復興と、青年の家を本来の状態に戻すのでは規模が違うが、父も食糧確保から動いていた事を僕は思い出す。


「確か、前は田んぼや畑を青年の家で独自に持っていたよなぁ?」

「うん。今はその場所の収穫物も州都の物になっちゃってるけど……」


「じゃあ駄目か……」

 元は青年の家の田畑だったのだから返してほしいと頼んでも、遠縁の者達が頷いてくれるはずがない。


「山で山菜採りは? 薬草も摘める」

 さすがに父の様に、雪山で狩りなど僕には真似出来ないが……。


「それならたまに思うんだけど、どれが食べられるのかがよく分からなくて。それに小さい子の面倒も見ながらだから、あんまり奥までは行けないだろうし」


 黙って、幼馴染と僕とのやり取りを聞いていたおばあちゃんが口を開く。


「エイブがお探し」

「え、探すって何をですか、おばあちゃん?」


「青年の家も州長館にも植物事典があるじゃろうから、それを探し出すんじゃよ。どれが食べられるか、それとも駄目なのか、覚えるまでそれを持って採りに行くのさ」


「そっか、なるほど」


「それに山や野だけじゃないんだよ。州都はすぐ近くに海もあるんだからね、砂浜で海藻や貝が採れる。波が高くない日を選んで行けば、小さいお子等が一緒でも大丈夫じゃろう」


「海藻や貝の事典も僕が探すんですね」

「そうじゃ。まずはそこからさ、頑張るんだよ、エイブ」


 そう言って、おばあちゃんはにっこりと笑った。


 ただお飾りになっているだけではなく、お前にもちゃんと出来る事があるんだよ、と僕は言われた様な気がした。


「はい。じゃあ早速探してみます!」

「私もこの事をみんなに伝えとくから」

「うん、頼んだ!」


 僕は駆け出した。



青年の家


 クロワサント島の島人は、生まれてから最初の10年は親元で過ごす。


 6歳から10歳までは通いで、『青年の家』で日中過ごす。


 11歳から19歳までは、青年の家での集団生活。


 青年の家での生活の間に、どんなくじを引いても大丈夫なように、基本的な職業訓練が行われるのだ。


 青年の家は、基本的に村長(州長)の家の横に建てられている。

 間に敷居はない。


 日常生活(食事洗濯農作業田植えなど)を、子供達それぞれで世話しあう。


 その子供達の先生役&相談役として、年配になり田植え労働がきつくなった老人達があたり、仕事の仕方をビシビシ鍛えた。


 中には100歳を超える長老もいて、知恵者として大事にされている。


 相談役のくじは老人達に回すのが、くじにおける暗黙の約束になっていた。

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