スィーザ。
南西の州でも無事に商品取引を終え、馬車に乗り込んだ。
いよいよ島都へ向かうのだと、バナが好奇心を隠し切れない様子で尋ねる。
「ダニャル兄、島都へはどう行くの?」
「商人達が通る平野部の道があるから、そこを通る予定だ」
初めて行く島都とはいえ、道はちゃんと把握済みらしい。
「そんな道があるんだぁ」
「森の道は島都に繋がってないからな。でも、森の道より馬車の乗り心地は良いと思うぞ」
「そうなの?」
「木の根がないからな」
「なるほど~」
それは助かるなぁ。
大分馬車の旅にも慣れてきたが、木の根があると荷台が跳ねて揺れるからなぁ。
な~んておしゃべりしながら、のんびり僕達は馬車を進ませていた。
ところが、もう少し進めば、南西と南の州の州境が見えてくるという所に来て、御者席に座っていたエッドが不審そうな声を上げる。
「おや? スィーザだ」
「スィーザって、誰だっけ?」
「前に山道であった、南の州の青年の家の代表者だよ」
「あ~~」
そういえば、そんな名前だったなぁ。
スィーザとエッドが出会ったから、今回の島都へ乗り込む話が出て来たのだ。
エッドの声の雰囲気からして、待ち合わせをしていた訳ではなさそうだし、わざわざここまで出迎えに来てくれたのだろうか?
それとも何かあったかな?
そう僕がつらつら考えていると、少しずつスピードを落とした馬車は止まった。
「どうしたんだ、スィーザ」
「すみません。州境で北の州長捕縛命令が出てまして、この道を逆戻りして、裏道を通って島都へ入ってもらいたいんです。俺が案内します」
問題発生らしい。
今、な~んか物騒な単語が聞こえたな~。
気のせいかな~。
「そうなのか、じゃあ頼む」
「まぁ、乗って乗って」
「お邪魔しますっ」
伝えられた言葉の内容に僕が衝撃を受けている間に、勧められたスィーザが馬車に乗り込んできた。
僕は初顔合わせになるし、まずは自己紹介だよなっ。
「はじめまして、一応北の州長のエイブです」
「……一応?」
「こら、エイブ。一応って何だ、スィーザが困ってるだろ!」
「そーだそーだ。ただでさえ、貫録ないのにっ」
「うぅ……」
北西と南西であったくじ引き復活の代表者さん達に比べたら、若さで僕は取っ付きやすいと思う。
けど、州長なんて肩書持ってるし、青年の家代表って事は僕より年下だろうし、親しみやすくしようと、ちょっとだけ砕けた物言いをしただけなのに。
酷い。
「スィーザ、それが本物の北の州長だから」
「……それ扱いか、僕っ」
……しくしく。
やっぱ、一応を付けて正解じゃないかぁ。
「はじめまして、スィーザです」
南の州では青年の家が何歳までなのかは知らないが、礼儀がしっかり身に着いてて、何だかそんなに年下という感じがしない。
「わざわざ知らせに来てくれて、ありがとう」
「いえ。こちらこそこんな事になって、申し訳ない。本当なら俺の方が北の州へ行くべきなのに、あんまり島都を留守には出来なくて……」
スィーザは言葉を濁す。
「そりゃあ代表だし、子供達を置いて遠出は難しいよなぁ」
「……それだけじゃなくて」
あれ?
ちょっと言い辛そう。
何か訳ありっぽいけど、その内話してくれるだろう。
「それで、その~? 早速だけど、捕縛命令っていうのは何で?」
「北西と南西の州の権力者達が、北の州長が行った途端に軟禁状態になった。しかも北の州長はそのまま島都へ向かってるっていう情報が、こちらに伝わって来たので」
「何なんだ、その情報! 端折り過ぎだろ!!」
僕は北西の州では子供達と凧揚げしてたし、南西の州では着いた時には、既に事は終わってたんだ!!
断固、訂正したい!!
憤慨する僕に、スィーザは更に続けた。
「それで同じ事になったら困るんで、北の州長を島都に入れるな! と……」
「僕が行こうが行くまいが関係ないのに~、そういう流れなだけなのに~~っ」
しかしそれを聞いた幼馴染達は、僕とは違い、ウケて大笑いだ。
「情報なんだ、噂じゃなくてっ」
「危険人物認定おめっとさん、エイブ!」
「エイブお兄ちゃん、お尋ね者なのっ? 何か、カッコイイっ!」
「……こらこら、バナっ」
目を輝かせるところじゃないから、ここはっ。
そんな僕達に目を白黒させながらも、スィーザは更に迎えに来た経緯を話してくる。
「青年の家の先輩達が何人も治安部隊に回されてて、その関係で今回の命令もすぐに教えてもらえたので、捕縛される前にと……」
「僕は一般人だぁあっ!」
僕ほど島民Aと呼ばれるに相応しい、どこにでもいるありふれた一般人はいないっていうのに~っ!
「まぁまぁ」
「元々ヤバい橋を渡ってたんだ」
「こうなるかも知れないと思ってたから、エイブは島都には手を出さなかったんだろ?」
確かにその通りですが、いつもの事ながら僕、見抜かれ過ぎ……。
もう疲れました……。
「はぁ~」
ぐったりと、馬車の幌を見上げてしまった。
「お菓子いる?」
そんな僕を慰めようとか、バナが差し出して来た。
「……ありがとう」
僕が受け取るその横で、スィーザもヘイズルからお菓子を受け取り、頬張っている。
「おいしいねぇ」
「うん。おいしいね」
にこにこ言って来るバナにつられて、本当に気分が浮上する僕。
「……単純」
「いいだろっ。僕らしくてっ」
「まぁな」
そんな僕達を見ていたスィーザが問いかけて来た。
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「いいけど、年も近いし敬語止めてね」
「はい」
お?
ちょっと顔つき変わった?
ビシッと引き締まっている。
「北の州で、すでにくじ引き制度が復活してるって本当なのかっ?」
「本当だな」
「青年の家も流行病蔓延前の状態に戻ってるっていうのは?」
「うん。それも本当だ」
ちょっとびっくりして答えられなかった僕に代わり、ダニャルが答えている。
「くじ引きは州民合意で復活させた。青年の家にまだ孤児達は残ってるけど、保護者がいる子供達も通って来たり、集団生活してる」
「今の島都は、青年の家は北の州と同じだ。でも、くじ引きの復活がまだなんだっ!」
「お……っ」
一番に尋ねられたのが、闇市場とか商品取引の話じゃない!
それどころか今僕が目指す事を、猛烈に目を輝かせ、勢い込んで語ってくるっ!
「俺は一刻も早く、島都がくじ引きの行われる状態になればいいと願ってるんだっ」
「うんっ! その為の協力は惜しまないよっ」
目指す所が同じ目線の仲間が島都に居たなんてっ!
僕はスィーザをしっかりと見つめた。
スィーザも気づいたらしく頷き返してきた。
「「そして、全島くじ引き再開っ!!」」
スィーザと僕は改めて、ガシッと握手を交わした。
いや~スィーザとは気が合いそうだ。
まさに意気投合っ!
全島くじ引き復活の夢を語り合いつつ、馬車を島都へと進めた。
州境
ヒヒーン! ブルブルブル。
南西の州都との州境に、南の州の治安維持隊の1隊で辿り着いた。
ちゃんとスィーザに先回りで知らせたし、バレないほどゆっくり目で馬を走らせてきた。
「どうだ?」
「誰も居ない」
「検問所が撤去されてる」
「見事に人が居ないな。この前と大違いだ」
「南西の州の治安部隊維持隊がもう来ないなら、誰か近づけばすぐに分かるね」
「う~ん……」
恩ある島長の命令とはいえ、余り北の州長の捕縛は実行したくない。
「スィーザが合流出来てればいいな」
「大丈夫さ」
「おう」
それにしても、未だに今回の騒動が信じられない。
「北の州長が動くと思わなかった」
「スィーザと違って、指示だけ出す人かと思ってたよ」
「俺もだ。でも動かない人が動くと凄い」
「あっという間に2州が州長交代だ」
「全島に広がるね」
「そうだな」
他州の動きは少しずつ商人を通して情報を仕入れていたが、寝耳に水の出来事だ。
聞いていたのは、北の州長が北西・南西の州を経由して、南の州に来るという噂話だけ。
交代劇の準備など、誰も全く気付かなかった。
でも、南の州的にはいい時期なのかもしれない。
「今度の秋、正式にスィーザにくじ引き権が出来る」
「やっとかっ!」
「他州みたいに、くじなしで州長に押し上げても良かったのにな」
「だが島長としては出来なかったんだろう」
今は全く機能していないが、我等南の州の長だけが、正当なくじ引き制度における島長なのだ。
「待ちに待った収穫祭だ」
「ああ。楽しみだ」