北西の州。
最初の目的地は北西の州だ。
ガーンディが北西の州境警備の人に、通行手形を見せている。
その慣れたやり取りが、何だか様になっていて羨ましい。
ところが州境警備の人の方は、何だかそわそわと荷車を窺ってきた。
何が運ばれて来たかが気になるのだろうか、と思っていると。
「それで、その……噂の北の州長殿も乗っておられるんですか?」
「あぁ、乗っている。仲間内以外には他言無用でお願いする」
「はい。それはもちろん!」
噂って、何だ~っ。
州境警備の人の目に、必要以上の熱が篭ってるのが気になるんですけど~っ!
大騒ぎで問い質すわけにもいかず、僕はエッドをじっと見た。
するとエッドがぼそぼそと小声で答えてくれる。
「エイブは今や全島くじ引き復活に向けての希望の星、旗印的存在なんだよ」
「何それ?」
「他州にとって、自分達を助けてくれる闇市場は北の州あってこそ。その北の州を率い、くじ引きを復活させたエイブは全島の憧れの象徴なのさ」
「……?」
何ですか、その御大層な~?
僕はぽか~んと口を開いた。
「僕がやってたのって、事務仕事ぐらいですが~? くじ引きは州の皆の合意で復活させたんだし、闇市場だって他州の人と実際に関わって進めたのは、皆だと思うんだけど?」
「やっぱエイブに自覚はないかぁ」
しょうがないなぁってエッドは僕を見て来るけれど、闇市場についてはホント報告を聞くぐらいだし、僕のお陰って絶対おかしいと思うんだけどなぁ。
そんな僕の思いとは裏腹に、北の州長が来た! という話は一気に北西の州都に広がったらしい。
闇市用の商品取引が済みさえすれば、後は普通の商人の振りをして、北西の州を通り過ぎるだけ。
僕は一般人。
容姿だって普通だし、大人しくしてればバレないよな。
「ようこそ、北西の州へ」
「……こんばんは」
どうやら、ガーンディが一緒だった事で、僕の存在がばれたらしい。
北西の州のくじ引き復活運動の代表者的な人達から、晩御飯をお呼ばれしてしまった。
何だかこう出迎えに来られちゃうと、旅行というより仕事……?
僕は仕方なくというか、場に応じてというか、結局どこまで来ても性格上というか、敬語発動~。
「はじめまして。こんなに歓迎していただき、ありがとうございます」
「一度、噂の北の州長にお会いしたかった……噂通りお若い」
「こんなのですみません。皆さん、がっかりされたんじゃないでしょうか」
余所行き顔は作ったものの……何だかここまで大人物扱いされちゃうと、これはよっぽど美化された尾鰭が付き捲りに違いないと想像出来た。
ここまで実物と皆の理想像に差がありすぎると、一見の態度だけでも大きく見せようと思わなくなるもんだと僕は知った。
「いやはや、年など関係ない。貴方を中心に動いている北の州に比べ、自州の有様はとてもお恥ずかしい限りだ」
「ガーンディから多少の事は聞いていますが、まだ酷いですか? くじ引き再開に向けて動いているそうですが?」
「その酷い時代が長かったせいか、今一つ踏ん切りがつかないというか。逆らうと後が怖いというのが、しっかり根付いているというか……」
歯切れのよくない答えに、それでも僕はなるほどと頷いた。
確かに権力を握っている連中に正面切って、くじ引きに戻せ! と州長館へ直談判しに行くのはエネルギーのいる行為だろう。
「治安部隊にはどれくらいくじ引き派がいますか?」
「元は一州民ばかりですから、よっぽど美味しい思いをしている者以外は、こちら側だ。言質はなかなか取れないが」
それは非常に心強い。
つまり州民の意識の流れは、くじ引き制度復活にあるって事だ。
これなら治安部隊のほとんどは脅威と考えずに済むどころか、むしろ味方だ。
「州長に対するボイコット……なんて、どうですか? 州長館には稼ぎを納めないんです」
「……ボイコット」
「はい。そもそも州長は僕がいい例ですけど、ただのまとめ役ですから。守ってくれないどころか、虐げて来る州長に、実りや稼ぎを渡す必要はナイと思いますね」
何だか呆然としているが、大丈夫だろうかと思いつつも、僕は続ける。
「まず州長や腰巾着連中は州長館に押し込んで、軟禁しちゃえばいいんです。……こう、わっしょいわっしょいの、ぽ~いっと」
「……ぽ~い」
「ぽ~い、です」
お! 北西の州の皆さんが、少しずつ愉快そうになって来たぞっ。
このまま勢いでしゃべっちゃえっ!
「州長館の横には蔵があるから、飢える事はナイはずです。流行病前は権力を握っている人達も、それぞれ自炊してたでしょうから」
「ふむっ」
「ちょっと頭を冷やしてもらって、権力を握っている人達にも、くじ引き復活について前向きに考えてもらう。という感じはどうでしょうか」
おや? 皆で目線を交わしあってるなぁ。
考えてくれているらしいぞ、前向きに……。
「とりあえず無理を押し付けて来る奴等なんか放っといて、自治体を作っちゃうんですよ。
これなら正面切って対決せずに済みますし、軟禁状態を維持するくらいなら、治安部隊で態度を保留にしている人も協力してくれるんじゃないでしょうか?」
「確かに……」
ちょ~っと無責任なアイデアをダダ漏れしちゃった。
最後は、ちゃんと責任を取らなきゃなぁと僕は付け加えた。
「もちろんこれからも北の州は援助しますし、土地は余ってるから移住は大歓迎です」
失敗したら集団移住して来て下さい、どーんとっ。
ところが……。
「やりましょう、親方っ!」
「やるか、盛り上がってる今やるぞ!」
「わ~~~~!!」
「北の州長に我らの意気を見せるんだ~!」
「うお~~~!!」
誰はどこで、誰々はあっちにいるとか一気に情報が集められ……そして……。
「それ、わっしょい! わっしょい!!」
「わっしょい! わっしょい!!」
あれ、何かあれよあれよと集団で動いていっちゃったぞ……。
まあ、いいか!
この勢いなら、北の州的には残念だけど、ボイコットは成功しそうだなぁ。
そんな風に思っていると、横からガーンディが突っついてきた。
「エイブ。お前さ、確信犯だろ?」
「はっ? 何が???」
「だからさ。自分があぁ言えば、こう動くだろうみたいな……」
「へっ?」
疑問符を浮かべる僕に、ガーンディがため息をついた。
「……もういい。自覚なしエイブに聞いたオレが馬鹿だった」
「何だよ~」
全くもって意味不明だぞっ!
「オレ達はちょっと手伝いに行ってくるわ」
「エイブはバナ達と一緒に大人しくしといてくれよ」
そう言われた僕とバナは不満を大にする。
「え~っ!」
「一緒に行きたい~っ!」
しかし幼馴染達は強かった。
ヘイズルとアイリンにもしっかり釘を刺す。
「君達は、エイブの見張り役だからね」
「着いて来たらお仕置き」
「「……謹んでお留守番させて頂きます」」
睨んでくる目が素晴らしく怖いです……。
「エイブお兄ちゃん、暇だねぇ」
「ホントだねぇ。何しようか~?」
結局、旅先でも置いてきぼりを食らう僕って。
馬車から荷物を引っ張り出すが、旅の間中遊んでたので、ちょっと飽きが来ている物ばかり。
ちらっと後ろを向けば……。
子供達の集団がっ!
「……暇?」
ぶんぶんと首を縦に振ってきたっ!
キラーン!
暇人お仲間、発見しましたっ!
「そうだなぁ。凧揚げでもしようか~っ!」
「凧揚げ?!」
「「これっ!」」
ヘイズルとアイリンが、旅の間に作った自慢の凧を見せびらかした。
「作り方は分かるかい?」
「「分からない……」」
「一緒に作ろうっ。まず材料集めからっ!」
「「わ~~~~~っ」」
親達が北西の州の明日を勝ち取る為の活動をしている最中、僕は州の子供達と凧作り。
無事に州長達の軟禁が完了した次の日には、大凧揚げ大会が開催された。
うん!
実に白熱した凧揚げだったと言っておこうっ!
そして北西の州のこの一件を聞いた南西の州でも、到着してみれば同じ事が起こっており。
「南西の州の心意気も見せねばと、君が来る前に頑張ったのだよ」
「いやいや、僕なんて関係ないですよ! 皆さんのくじ引き復活への熱意があればこそですっ! 南西の州、万歳!!」
そんな異様な熱気を感じつつ、僕は最終目的地の島都へ向かった。
ボイコット
「……という筋書きなんだが、協力してもらえないだろうか?」
「それ、どなたのアイデアで?」
「……北の州長殿だ」
「っ! 来られたっていう話は本当でしたかっ!」
「本当ですよ~」
「お久しぶりです」
「ガーンディさん……」
「貴方が表に出て来たって事は、本当なんですね」
「エイブは実行可能なアイデアを出すし、成功確率は高い」
「今なら皆動いてくれる。話に乗ってくれないか?」
ピュゥ~イッ! ピュゥ~イッ! ピュゥ~イッ!
バタバタバタバタっ!
「隊長っ! とうとうっ?!」
「おうっ! 長い間我慢させたっ! 動くぞっ!」
「「はいっ!」」
「今館から出ているのは?」
「何人か、自宅に帰っている者がおりますっ!」
「州長の名前で、館に呼び戻せっ! ……皆さんはどうしますか?」
「数で押すぞ。呼び出しを掛けるのは少人数で。逃げないように皆で道を塞ぐ」
「治安部隊の皆さんは、州長館の人達の武器解除を優先でお願いする」
「もちろん、言い包めて取り上げるのが一番いいよ。頑張ろうっ!」
「「はいっ!」」
「食堂室に集めましたっ!」
「ご苦労様」
「怪我人は居ないかい?」
「皆掠り傷で済みました。ありがとうございます」
「それじゃあ、初めまして。北の州から来ましたエッドといいます。ちょっと説教したくて集まって貰いました」
「それオレの役目」
「任せたっ」
「いい加減に周りを見ろっ! 腹を空かせてる子供がどれだけ居ると思ってるっ! 良く考えろっ!」
「うん。いいね。という訳で、しばらく軟禁させてもらいます。部屋が足りないと思うので、州長館に入れなかった人は、青年の家で生活して下さい」
「青年の家の子供達は?」
「はい。皆で預かります」
「たぶん、皆エイブを見に行っちゃってると思うけどね」
「だろうな」
「……何で分かるんです?」
「ちょっと前まで青年の家で暮らしてたからな」