馬車の旅。
やっぱり外の空気は美味しいな~。
普段州長館に引き籠ってるわけじゃないけど、やっぱり初めて出た州都の外の空気、旅の空の下の空気は一味違う気がする。
「エイブ、ちょっと御者代わってくれないか?」
「喜んで~っ」
馬はちょこちょこ乗っていたが、馬車を動かすのは初めてだ。
これぞ旅の醍醐味!
急いで僕は御者席に向かった。
「道なりに馬を歩かせればいいから。手綱を絶対離すなよ」
「了解!」
隣で見させてもらったり、触らせてもらった事はあるから何とかなるだろう。
エッドもそう思うから、変わってくれたんだろうし。
いつもダメ出しを出すエッドが出したお許しだ。
こんな機会逃せるかっ。
やっぱり旅に出ると違うよなぁ!
「エイブお兄ちゃん、いいなぁ」
「バナも来るかい?」
「いや、バナはダメ。ちょっとこっちにおいで」
「エッド兄、何~?」
僕と入れ違いに荷台へと戻ったエッドが、バナに向かって手招きする。
何だろう?
気になるが、後ろを見続けると馬車が道から逸れてしまう。
前に集中するしかない。
「食糧の分配について、考えないといけないからね。ちょっとバナの持ってきた食糧を見せて貰えるかい?」
「わかった~。これだよ~」
バラバラっと物が落ちる音がする。
「……バナ?」
「うわっちゃぁ~」
背後に幼馴染達の怒気を僕は感じた。
「どこが食糧だっ! おやつと遊び道具ばっかり持ってきやがってぇっ!」
「痛いイタイいたいっ!」
どうやらお仕置き真っ最中らしい……。
ごめんバナ、庇い切れない……。
「バナだけじゃないもんっ! エイブお兄ちゃんもそうだもんっ!」
「ばらすなぁあああ!」
背中に突き刺さる皆からの視線が痛い!
「エイブ、帰ったらお仕置き決定な!」
「うぎゃああああああ!」
ワザとじゃないんだよ~っ!
食糧を持ってこれない分、旅の間の暇つぶしや、他州の人達とのコミュニケーションツールと思ってさぁ~っ!
はい。
もちろん無視されました。
寂しく御者台で御者ですよ……。
「北西の州と南西の州で、少し分けてもらうしかないな」
「迷惑かける事になるけど、しょうがない」
「おう……」
「「……ごめんなさい」」
落ち込む幼馴染達を救う為か、ヘイズルとアイリンがアイデアを出してくれた。
「道々何かを収穫していくのは?」
「木の実とかキノコとか山菜とか」
「それ貰ったっ! 見つけたら教えてくれっ」
「「は~いっ」」
もちろん僕も返事した。
旅は実に……予想外だったっ!
まず、道が思ってたより綺麗。
「馬車が通れない所はないようにした」
との報告は確かに受けてたけど、此処まで整備してあるとは思わなかった。
「道の整備は大変だっただろ?」
御者台から道を見ながら、ダニャルに聞いた。
「たぶんエイブが思ってるより楽だったぞ。元々道があったからかな? 通りやすいように枝を掃ったら道が蘇った感じだった」
「もっとも、ここはまだ北の州だから、他より手が入ってるよ」
横からエッドも混ざってきた。
「北の州から外れると、道は厳しい?」
「今はそうだね。北の州に近いほど通行量が多いから」
「おれ達が通るたびに手を入れるからな」
「そうか。今回馬車で旅が出来るのは皆のお陰だな。ありがとう」
「恩に着てくれ」
「うん。でも貸しにはしないぞ」
貸しを作ったら、また州長のくじを押し付けられそうで怖い……。
「ちぇっ」
あ~、やっぱりか……。
これからも、貸しを作らない様に頑張らねばと、心に刻む僕だった。
馬車の荷台は結構ガタガタ揺れるんだと知ってはいたが、長時間ガタガタ揺れ続けるのは結構きつい。
でも、馬車内で出来る手遊びやゲームをしたり、歌を歌ったり、(仕事以外の!)話をしたりするのはとっても楽しい。
「この辺でちょっと休憩取ろうよ~!」
「ちょっと待てっ。さっき取ったばかりだっ」
御者台からガーンディが言って来たが、ヘイズルとアイリンは、僕の味方!
「靴が落ちた!」
「ガーンディ兄、馬車止めて~!」
荷車の後ろから足をぷらぷらさせていた、2人がタイミング良く声を上げる。
「君達も甘いねぇ」
2人の頭をエッドが撫でて来た。
「エッド兄程じゃないもん」
「そうだもんっ」
2人は急いで靴を拾いに向かいながら、エッドに言い返している。
しかし、ばれる早かったなぁ。
先ほどから、僕が休憩を求めると、「雲だ~鳥だ~花だ~靴だ~」と、ヘイズルとアイリンが声を上げ、馬車を止めてくれたからなぁ。
ちなみにバナは、おやつが零れた! と、僕とはまた違うタイミングで馬車を止めてくれていた。
まぁ、これはわざとじゃなくて、本当に零してるんだけど……。
地面に凸凹があると、結構大きく揺れるからなぁ。
その内、馬車の揺れにも慣れるってガーンディは言うけど、僕はまだ慣れない。
腰やらおしりやら、荷台をギュッとつかむ腕やら手やらが、僕に痛みを訴えてくる。
でも、ずっと夢見ていた待望の旅なんだよ。
目的地に行って帰るだけなんて、つまらな過ぎる。
どうせなら色々見て行きたい。
あ! 木の実が生ってる。キノコだっ。動物が見えたっ!
陳腐でも、使えるモノは利用せねばっ!
当然それからも馬車を止める口実に、僕は食糧調達を使いまくった。
僕の旅はのどかに続く。
取引物資を受け渡ししつつ、ずっと小さな事できゃあきゃあ騒ぎ、のんきに楽しく馬車を進め、何事もなく州都に帰るのだろうと、この時の僕は思っていた。
噂話
「北の州長がここに来るって?」
「ホントか?」
「何で?」
「何でも、島都に行くらしいよ」
「「島都?!」」
一斉に皆で口を閉じる合図を行っていた。
「……おかしいっ」
「みんな揃って同じポーズっ」
今度は大声で笑ってしまわないよう、皆で急いで口を塞ぎ合った。
「船で来られるの?」
「それがさ。北の州長なのに、船酔いするから馬車だってっ」
「……ぷっ」
駄目! 駄目だ! 皆でまた口を塞ぎ合う。
「ダメだわ! 詳しい話はまた今度聞かせて!」
「俺もだ!」
今にも吹き出しそうな顔のまま肩を震わせ、皆一斉に散っていった。
それを横目で聞いていた南西の州の親方が、ぼくに聞いてきた。
「エッド君、今の噂は本当かね?」
「……何でばれるんでしょうか?」
「それだけ期待が大きいって事だろう。いつも州境など無視な君達が、通行手形を手に入れようと動いている事から出た噂らしい」
「……まいったなぁ」
ぼくは肩を竦める。
「本当なのかっ!」
「ええ。今回エイブは動くでしょう。ぼく達はその安全を図る為なら、何でもします。通行手形もその為になら手に入れてみせる」
「ここにある。持って行ってくれ」
「……親方っ?!」
「無事に来られる事を祈っている」
「はい。全力を尽くします」
初めて契約を交わした時と同じく、ぼくは親方と固く握手を交わした。