密馬車します。
試験的に、次の北西と南西の州の商品取引を帆船ではなく馬車で届け、そのまま島都へ向かうと聞いて、僕はしめた! と思った。
出発する前に馬車に潜り込んで、そして引き返すのが面倒な位置まで来たら……。
「エイブお兄ちゃんっ!」
思いっきり妄想に耽っていた僕はビクッとした。
「……どどどうしたんだ、バナ?」
動揺を隠しきれず、かなり挙動不審だったはずなのだが、それに頓着する事無く、バナが言って来る。
「今度“輝ける白”はバナなしで行くって。バナお休みだし、でもバナも取引に行きたい。島都へも行くっていうしっ!」
興奮しすぎて分かりにくいが、つまり馬車に乗りたいって事かな?
まあ、次の航海は新しい帆船を造船している関係上、バナを抜かした航海を経験させ、皆の操船技術向上を目指してるからなぁ。
お留守番が寂しいのは実に良く分かるんだが……。
「もう島都行きのメンバーは決まってるんだよなぁ」
ダニャル・エッド・ガーンディと、緊急連絡用伝書鳥のお世話担当でヘイズル&アイリン。
しかしバナはそんな事関係ないとばかりに仰った。
「でも、エイブお兄ちゃんは潜り込むんだよねっ?」
「……っ?!」
「だ・よ・ねっ!」
バナの口調は完全に決めつけている。
何で分かるんだっ?!
そういえば最近バナは、女性陣でも一番の姐御であるフィシャリと、よく一緒に行動している。
……そのせいか?
なんか雰囲気が女性陣に似てきてるような~。
いや、確かに潜り込むつもりなのだが。
今も妄想真っ只中だったし……。
「皆には秘密だよ、バナ」
「うん、黙ってる。だから一緒に密航者ならぬ、密馬車しようよっ」
「……」
それはつまり、拒否したらバラすって事か。
……まぁ、一緒の方が心強いかな?
「1人で帰るのが難しい頃合いまで来たら、2人で同時にワッと出て、驚かそうよっ」
むっ! そ・それは……。
「1人より2人でする方が楽しそうだなっ!」
「うんっ。やろう~っ!」
「おうっ!」
意気投合したところで、僕は心配事を持ち出した。
「バナは旅の間の食料をちょろまかして来れそうかな?」
「自分の分だけなら。2人分は無理かも……」
「僕は無理そうなんだよなぁ。でも僕の分くらいなら、みんな分けてくれる……だろう、うん」
迷惑を掛ける皆には申し訳ないが、もう密馬車計画は思い止まれないのだ!
「楽しみだね~、バナっ!」
「楽しみだね~、エイブお兄ちゃんっ!」
こうしてバナと僕は密馬車仲間となり、黒い笑顔を浮かべあった。
バナとコソコソと密談をして計画を練り、密馬車旅行の荷物を作っていった。
「これを持っていくのはどうかな?」
「そういや、船から見た事ないよ」
「おおっ! やったっ!」
「エイブお兄ちゃん、これはどう?」
「いいねっ!」
実に楽しい。
ついでに事務仕事もポ~イッとどっかに放り投げたかったのだが、いつもと違う行動をすれば怪しまれる。
でも後ちょっとで楽しい事が待っていると思えば、ここ最近ちっともペンが進まなかった事務もはかどるし、いつも以上に頑張った。
「うん。やり残しなしっ! ばっちりっ!」
断じて帰って来てからが怖いとか、性分だからとかじゃないからなっ。
そして決行日がやって来た。
「エイブお兄ちゃん、これをちょっと動かして」
「うん。いい感じだ」
「エイブお兄ちゃんはいけそう?」
「大丈夫。ばっちりだよ」
バナと僕は誰もいないのを見計らって、早朝既に商品を積んである荷台に潜り込んだ。
日が昇ってしばらくしてから、ダニャル・エッド・ガーンディとヘイズル・アイリンがやって来て、めいめい馬車に乗り込んできた。
「じゃあ頼むわよ!」
馬車の中にフィシャリの声が響く。
更に周りに大勢の人が見送りに来ている気配がする。
動かない、動かない……。
ここで見つかったらこれまでの準備がすべて水の泡だ。
あとはタイミングを待って、ワッと皆を驚かすのだ。
……と思っていたのに。
「お~い、エイブ。もう出てきたらどうだ?」
「密馬車気分も十分堪能出来ただろ」
「せっかくの馬車旅行だ。楽しまなきゃ損するぞ~」
馬車が動き出し州都が見えなくなった辺りで、声を掛けられた。
どうやら、見送りに僕の姿がないのに、全く話題にも上らなかったのは、僕の密馬車計画が皆にお見通しだった為らしい。
まぁ、バナにバレて、幼馴染達にバレないはずがないんだが……。
「……どうしてバレてるんだああああああッ!」
僕は隠れていた場所から、飛び出した。
「ええっ、バレてたのッ?!」
違う場所から一緒にバナも飛び出した。
だが、飛び出て来たバナの姿に、ヘイズルとアイリンが同時に驚いた。
「「わぁっ、バナもいるっ!」」
僕には驚かなかった幼馴染3人も、バナに関しては同様だった。
「バナ、なんで!」
「マジでバナがいる!」
「なぜバナまで~!」
おや?
僕と反応が違うぞ?
「あれ、バナの事はバレてなかった……?」
「当たり前だっ! お前だけだと思ってたよっ!」
「エイブのはあるけど、バナの分の食料はないぞ」
「こっからなら、バナでも歩いて帰……」
「持って来てるから大丈夫だもん! エイブお兄ちゃんの密馬車仲間に、1人で帰れなんて言わないよねっ?」
幼馴染達は顔を見合わせた。
うん。
ダニャル達の負けだ。
三人とも同じ表情を浮かべている。
「行ってもいいって、バナ! 良かったなぁ」
「うん、やった~!」
ハイタッチをして喜ぶ僕等に幼馴染達は苦笑いするが、バナを追い帰そうとはしなかった。
「甘いなぁ。オレ達」
「仕方ないかぁ」
「うん……」
そんな3人に、ヘイズルとアイリンまで、
「相手がエイブお兄ちゃんだからねぇ」
「しょうがないよ」
何故か納得している。
それはそうと、今回の密馬車計画がバレバレだったのは置いといて、僕の旅の食料まで馬車に積んでくれてる事が気になって、幼馴染達に問い掛けた。
「本当に僕も堂々と行っていいんだ?」
「最近のエイブはお疲れ気味だったしな」
「これまで頑張ったご褒美だ」
「州の主な面々にも、州長は留守って言ってある」
驚かすのは失敗してしまったが、後の心配が何もいらないとは……素晴らしいっ!
何も憂う事なく、旅の間過ごせそうで僕はお礼を言う。
「ありがとうっ!」
「「おう」」
「エイブお兄ちゃん、良かったねっ!」
「うんっ! 楽しもうっ!」
バナと二人喜び合っている僕に、御者席からエッドが言って来た。
「事務決済は残しとくってさ」
「何で~っ!」
僕は居ないんだから、皆で決めて処理しといてくれよ~っ!
そうして旅の終わりに待っている書類の山を想像し、天国から地獄に突き落とされた僕は州都から、そして北の州から初めて旅立った。
密談
「ただいま帰りましたっ」
「お帰りっ」
「どうだった?」
「OKっ! 手に入ったっ!」
「おし。これで通行手形はバッチリだなっ」
「うん。これなら皆、納得してくれるでしょ」
この所様子のおかしいエイブが安全に旅に出れるよう、思いつく限りの手は打てた。
エイブも自分が煮詰まっているのが分かっているらしく、黙って島都への旅に付いて行こうと何やら準備している。
後は難関だが、親方達を説得するだけだ。
「まぁ、しょうがないよなぁ」
「ず~っと出たがっていたものねぇ」
「そんなに良いもんじゃないと思うんだがなぁ」
「一回経験したら分かるさ」
「確かにっ」
皆でドッと笑いあう。
最初の時より、旅をし易くしてはある。
今度の旅が、エイブの気分転換になってくれればそれでいい。
エイブさえいれば、北の州は何とかなる。
これは北の州の皆の総意だ。
いや、今ではクロワサント島の一般島民の総意とも言える。
「どんな事が起こるだろうなぁ」
「楽しみねぇ」
後はエイブが密馬車してくるのを待つだけだ。
「ちょっとヘイズルとアイリンが気の毒ね」
「バナで慣れてるから大丈夫さ」
「「確かにっ」」
明るい未来の予感がする。
この風をずっと感じて来れたのは、エイブのお陰。
「エイブは今度はどんな波を起こすかしら?」
「きっと全島を巻き込むさ」
海の波頭が白く輝くごとく。