闇市場。
8州それぞれの契約を担当した幼馴染達が、航海からしばらく経ったある日言いだした。
「エイブ、オレ達ちょっと出掛けてくる」
「え、どこへ?」
「契約先の様子を見に」
「え~?!」
さも当然といった調子のガーンディに僕は驚く。
「お前、気にならないのかよ」
「そりゃあなるけど」
「オレは気になってしょうがないから、ちょっと様子を見に行ってくるわ」
「ぼくも」
ガーンディが言い出したからというわけではないだろう、エッドもそれに倣った。
「でもさぁ。冬が近いんだよ?」
隣の北西の州ならともかく、西南や東南の州だと遠すぎる気がするけどなぁ。
「おう! だから雪が降る前に急いで行って帰ってくるさ」
「う~~~~ん」
「すぐに戻るって」
「……分かった」
渋りつつも、結局折れた。
実は僕も気になってるし、担当のガーンディやエッドにしたら尚更だろうから、しょうがないよな。
「これ、持ってってくれ」
引き出しの中からお金を出し、それぞれに配る。
「何だこれ?」
「お金さ。これで旅が楽になるように、出先の州でそれぞれ馬とか鉈とか斧とか買ってくれないか?」
「買う?」
疑問顔をしている2人に僕は頷く。
「うん。北の州には皆に使ってもらえるような馬や鉈の予備はないけど、それぞれの州になら1つずつぐらいあるんじゃないかと思ってさ」
「なるほど」
どうやら、これだけの言葉で理解してもらえたようだ。
僕はさらに続ける。
「それで、もし譲ってもらえる余力がありそうだったら、教えてくれないか?」
「ああ、北の州用に頼むのか」
「うん。僕等には新しく作る技術が残ってないから、そろそろ道具がね……」
舟関係も親方が生き残っていなかったら、海へ出るのはもっと遅くなっていたに違いない。
他州に少しでも多く、色々な技術を継いだ人々が、生き残ってくれていればいいのだが……。
「そうだな」
「気をつけとく」
「うん、頼む。気を付けて行ってきてくれ」
「「おう」」
まぁ、悲観的になる事はないよな。
僕らはお互いに笑顔を浮かべた。
無事に冬が来る前に、皆は北の州にお土産付きで帰ってきた。
「馬なら少し融通が利くって言ってくれたよ」
「こっちは刃物だな」
「鍋釜なら何とかするって」
頼んでみて正解だった。
少しだろうが何だろうが、心強い返事に嬉しくなる。
「助かる。北の州の皆に、新しい道具が手に入りそうだって伝えてくれ」
「「おうっ」」
気が付いたら、幼馴染達はそれぞれの契約を担当した州をちょくちょく訪れていた。
双方で連絡を取り合い、物資の輸送回数は少しずつ回を重ねて行った。
担当者の幼馴染達は8州の陸から、バナやフィシャリは海から見た様子を逐一報告してくれるので、各州が変わっていく様子を僕は知る事が出来た。
その日も帰って来るなり、ガーンディが言って来る。
「え~、オレ担当の北西の州では……っ!」
「うんっ?」
しかも嬉しい知らせらしい、僕は期待を込めて頷いた。
「なんとっ!」
「うんうんっ」
「なんとなんと、なななんと……っ」
「……もったいぶらずに早く言えよ~っ」
焦れて急かした僕に、ガーンディが胸を逸らせて発表する。
「闇市場の売れ行きが順調すぎて、次の物資を予約したいって言って来た~っ!」
「おおおっ!」
するとガーンディに続けとばかり、エッドも声を上げる。
「ぼく担当の南西の州も同じくっ!」
「うお~っ! 凄いなっ!」
どうやら闇市場は予想以上の盛況ぶりらしい。
するとフィシャリが嬉しそうに口を開いた。
「何だか、会うと分かるのよ。他州の人達の表情が変わって来てるなって」
「変わったって、どんな風に?」
僕はわくわくと続きを促す。
「一言でいうと、ノビノビしだした……かな」
「あ~そうかもっ」
「そうだよなぁ」
「闇市場を覗きに行くと、声が前に比べて明るくなったなって、おれも思った」
フィシャリの意見にみんなが次々に同感し、ダニャルもうんうんと頷く。
「へ~。やっぱり物があるから?」
「もちろん、それもあるんだろうけど……」
「うん、やっぱあれだなぁ。やばくなったら北の州へ行けばいいんだって、気持ちの余裕が生まれたからかなぁ」
「それいいな。今度行ったら、いざとなったら北の州へ。って言っとこう」
「熱烈大歓迎ですって?」
「うんっ」
皆と一斉にドッと笑ってしまった。
「なるほどな~」
その説明に僕は納得する。
僕にとってのおばあちゃんの存在が、他の州にすると北の州になってるって事か。
と、すると北の州は変らずに在り続け、期待に応え続けなきゃいけない……。
もちろんこれからも連絡は取り続けるつもりだけど、北の州が出せる援助可能な食糧には限りがある。
とはいえ何も運ばずに、せっかく生まれた気持ちの余裕が萎んでしまっては勿体無い。
口だけではなくて、物資という目に見える形もあった方が誰だって安心出来る。
「エイブ。食糧だけじゃなくて、お互いに特産品の売り買いもしたらどうだい?」
何かないかな~? と思い悩んでいた僕に、おばあちゃんが提案してきた。
「特産品?」
「昔はそれぞれ得意としている物があったんだよ。北の州なら海産物や運輸のようにね」
「刃物なら。鍋釜なら。って他州の人が言ってくれたみたいにですか?」
「そうだよ。くじ引き制度がなくなったとはいえ、ダニャルが作ってる木彫りみたいに、好きな人はずっと続けてると思うよ。売れるとなれば、ますます特産品の復活が進むんじゃないかね」
さすが北の賢者。
やっぱり目の付け所が違うよなぁ。
「落ち着いたら技術取得の希望者を送りたいとは言ってあるけど、廃れてちゃ教えて貰う事も出来なくて困るよな」
「色々教えて貰いたい物が北の州は一杯あるからな」
「だよね」
でも特産品として何があったかなぁ。
な~んて考えてたら、皆からぽんぽんアレはコレはと品物候補が上がる。
「そういえば昔はもっといい茶碗があったよな。箸で叩くと、いい音がしてさっ」
「あ~あったあった。あれって、どこの州の特産だったんだろなぁ?」
「そんなのより、ふんわり優しい肌触りの布よっ」
「いいよね~あれ。ほし~いっ」
「あと何にしても色がさ~」
等々。
しばらくその話題で盛り上がり、皆それぞれ好きな物を頭に描いてほわ~んとする。
「次に会った時に、相談してもらってもOK?」
「「賛成~了解~」」
それで今回の座談会は終了かなと思ったのだが、エッドが気になる事を言い出した。
「小耳に挟んだんだけど、どうも闇市場が盛況なせいで、権力を握ってる連中が一人占めしてた方の物資が売れなくなっているらしい」
「当たり前と言えば当たり前だけど……怒るね、それは」
「だろなぁ」
「闇市場お取り潰しとか?」
「表立ってはまだ何もないけど、これから要注意かな……と」
「「う~ん」」
取引相手に北の州からも注意を促し、連絡を密にするという事で、とりあえずお開きとなった。
闇市場
トントントン……カチャッ
「入って」
「失礼します」
初めての客だ。
きちんと説明せねば。
「あの……こちらでコメが手に入ると聞きまして」
「ああ、ある。ただし絶対信用できる者以外には、口外しないと約束してほしい」
「なぜ?」
「ここにある物資は北の州に逃げ込んだ甥っ子が、州長に無理言って分けて貰った物だ」
「北の州?! 無事なのですか?!」
驚くのも無理はない。
だがもっと驚くべき話がある。
「何とかギリギリ生き残ったらしい。2代の州長のお陰でな」
「2代」
「ああ。今の州長は2代目だそうだ。先代は過労で亡くなったらしい」
「……」
しかも、親子で2代なのだという。
親子なら尚更、州を我が物顔にしていてもおかしくないのに、自州の現状を思うと、どうして北の州はそうならなかったのかが不思議で仕方ない。
「北の州もギリギリなんだ。だから無償で分ける訳にはいかない。そこでだ。何か品物になる物を代わりに預かって、それを売りに出させてもらう。いくらで売るかは其方次第。その代金分だけ食糧を分けさせて貰っている」
「今お支払しなくてもいいのですか?」
「支払って貰えるなら助かるが……無理だろう」
「はい……」
「何をいくらで預かったか、きちんと記録を残させてもらう。いつかゆとりが出来た時に買い戻しに来てくれればいい」
「はい……」
「泣くな……。初めて助けの手が差し伸べられたんだ。喜んでくれ」
「はい……」