守る心。
お祭り会場にはクロワサント島のコーナーも小さくある。
今年も去年より少し早い時期に、“輝ける白”はロウノームスを訪れた。
「エイブお兄ちゃん、久しぶり~!」
「エイブっ! 元気っ?!」
「元気元気~!」
前回のメンバーと同じなのはバナとフィシャリだけで、後のメンバーは全員面子が変わっていた。
「「本当に生きてたんだな~っ!」」
僕は前回と同じく“輝ける白”に一泊することになった。
今回“輝ける白”は、沿岸・沖合用の帆船の技術書を置いていってくれた。
確かに前回、僕は久しぶりに会った仲間達に、風が動力になる帆船があれば、ロウノームスは奴隷を必要としなくなりクロワサント島とのごたごたは無くなると力説した。
言ったけれど、まさか本当に帆船の技術書を持ってきてくれるとは思わなかった。
三枚帆の帆船である“輝ける白”は、島でも設計・新造されたばかりの時に設計者や造船の主軸であった親方、職人さん達も流行病で亡くなり、その建造理念は闇の彼方に失われた。
だから、島でも遠洋用の造船は試行錯誤の真っ最中。
それでも造船の方は“輝ける白”の整備の際に船の作りがどうなっているか確認し、その構造を書き写すことも出来ているので、別の船に流用することで船の構造要項の把握が進んでいる。
だが遠洋の航海技術についてはバナの勘に頼るところが大きい。
そのため航海技術についてはまだ技術書として纏められない状態だと、今回ロウノームスに来た仲間達から伝えられた。
つまり沿岸・沖合用の帆船の技術書は、クロワサント島にとっても最新技術に当たるのだ。
それなのにクロワサント島の仲間達は僕の為に、島の宝である帆船の最新の技術書を書き写して持ってきてくれた。
しかも“輝ける白”はそんなに大事で大切で貴重な船なのに、僕を探す為だけに航路も怪しいロウノームスへ長距離航海をさせてしまったのである。
今回“輝ける白”で来た幼馴染み達は、今回の航海は島から北の大陸までの航路を再確認する為で、エイブの為だけじゃないとは言っていたけど。
それでも、申し訳ないような。
いやここは、ありがたいっ! だよね。
でもだからこそ僕は造船の技術書を転写した物は、会場の隅に展示するだけに留めた。
わざと大々的に広めることは止め、造船の技術書が置いてあることも口外しなかった。
それでも目敏い人は置いてある技術書を見つけるだろう。
そして技術を自分の物にしたいと願うだろう。
それぐらいクロワサント島の技術は、北の大陸に住む人々にとって革新的で魅力的過ぎると僕は思う。
だから。
島の技術を力ずくでも手に入れたい。
そんな気持ちを大勢の人に抱かせない様に、僕はわざと技術書は目立たせないようにした。
書き言葉はクロワサント島とロウノームスは似てるからね。
字が読める人は技術書を読めちゃうんだ。
知識があれば技術書が宝の山だと気づくだろう。
だがその技術目当てに北の大陸の人々がクロワサント島へ押し掛ければ、島の人達の不安を掻き立てる。
またロウノームスは力ずくで来るのかと。
それは絶対に避けなければならない。
“輝ける白”のロウノームス滞在期間は短かった。
2人の乗船員を残して、北の大陸祭りには参加せず、もう島に帰ってしまった。
今頃はきっと、島でも全島祭りが行われているだろう。
残った2人は、なんと農業技術の習得希望。
何だか北の大陸の現状を見ていると、クロワサント島の2人の技術を習得する事で、北の大陸全土で農業改革が起きるような気がする。
まあ改革とまではいかなくても、北の大陸の食料事情が良くなるだろう予感しかしない。
僕の予感は外れやすいと自覚があるけど、この件はさすがに当たると思う。
今回2人の技術取得希望者は、前回ロウノームスから島に持って帰った植物が一部、枯れてしまった事が悔しいらしい。
北の大陸の枯れた植物の育成状況を調べ、枯れてしまった原因の特定をしたいんだそうだ。
「航海中に塩にあたったせいと思うんだけどなぁ」
「エイブ兄の言う通り、植物が塩に弱いのはよく知られている」
「だから航海中はなるべく、海水が植物にあたらないようにしてたって聞いたんだっ」
「それなのに枯れた植物が出たっ」
「「何か塩以外に理由があるのかもしれないじゃないか!」」
それを調べたいんだと。
2人の意気込みが熱いですっ。
そりゃ~これだけ熱くなきゃ、言葉も違うロウノームスへ遥々海を越えてなんて来ないか。
裏別名を北の大陸で踏襲するかは、未知数だけど。
それにしたって2人の家族や周囲は、技術取得の旅をよく許したな~と思う。
たぶんロウノームスの為にとか、ロウノームスを信用して、じゃないよなぁ。
2人のやる気がすごすぎて、諦めさせるのを諦めて見送るしかなかったんだと思う。
ただ、ロウノームスに僕が居ることが、2人の周りの人達の安心材料になっているのは確かだろう。
クロワサント島の人達にとって、僕はまだクロワサント島の島長らしいから。
沿岸・沖合用の帆船の技術書も、僕が前回頼んだから。
だから置いていってくれた。
でもね~。
そもそも州長になったのだって、島長になったのだって。
僕にとってはもう吃驚仰天だったのだ。
だからクロワサント島を出る時、ロウノームスで骨を埋める事になるかもとは思っていたけど、まさかその理由がケラスィンとの結婚になるだなんて僕だって想像してもいなかった。
そう考えると、ロウノームスで僕がケラスィンに逢えたのは驚嘆すべきことだったんだなぁ。
「どうかしたの、エイブ?」
驚きすぎて僕の足が止まってしまったものだから、ケラスィンが心配そうに顔をのぞいてきた。
「何でもないよ。ただケラスィンに会えて良かったなと思ったんだ」
「エイブ?」
「ケラスィンに会えなかったら、僕はロウノームスを無茶苦茶にしていただろう」
「そうね。エイブなら出来るわね」
「その後僕はどうなっていたのかなと、つい思っちゃっただけなんだ」
「エイブ……」
「ロウノームスを壊すことはとても簡単なことだった」
「そうなの?」
「うん」
僕がロウノームスに来た時、すでにロウノームスは存続が怪しくなっていた。
ロウノームスがロウノームスの形を残していたのは、王であるロウケイシャンがケラスィンと共にロウノームスを守ろうと踏ん張っていたからだ。
2人がいなければロウノームスという国は流行病のあとすぐに消えていただろう。
「エイブがロウノームスを壊さないでくれて良かったわ」
「僕もそう思う。簡単にロウノームスを壊して、目の前に不幸にした人を見ることになっていたら、きっと僕は後悔してただろうから」
「エイブ……」
「守り続けることは壊すことより難しいからね」
静かにうつむきながら僕は首を横に振る。
「……エイブは壊さなかったわ」
「ケラスィン……」
「ロウノームスを守ってくれてありがとう」
ゆっくり、ケラスィンが僕の頭をなでてくれる。
その優しい手を感じながら、僕は大きく深呼吸した。
お父さん、おばあちゃん、幼馴染達、それに島の皆。
僕は北の大陸で、ケラスィンと共に生きていきます。
終わり。
次だ! 次!
「ちっ。エイブを取り戻せなかったな」
「まあしょうがないだろ」
「うんうん。たったひと冬を我らが島長がいて越せないはずはない」
「でもさ~、ちょっと予想以上だったよな~」
「ほんとに立ち直りがすごいよ」
「去年と同じ状況だったら、援助物資を手に入れに島へ戻らないかって声を掛けれたのになぁ」
「さすがに甘かったかぁ」
「今年の冬が越せないなら島に戻ることをエイブだって考えただろうに~」
「エイブを船に乗せてしまえば、こっちのもんだったのになぁ」
「全くだ。駄目でも援助物資と引き替えに、島に顔を見せに来いって言えたのになぁ」
「ついでにエイブの嫁さんも連れていけば、エイブは島からもう出なかったかもだったのに」
「去年の拒否具合を聞く限り、エイブ、絶対船に弱いままだろうしな」
「うんうん。あ~でも惜しかった~」
「まあ2人傍に付けれたんだ。進歩さ」
「島から来た2人だ。エイブの事だから世話しなきゃと思うだろう」
「傍にいれば何かと手助け出来るはずだ」
「エイブの見守りのために自薦してきた奴らだ」
「うまく立ち回ってくれるさ」
「でもエイブを連れて帰りたかったなぁ」
「あ~! ぐたぐたうるさ~いっ!」
「フィシャリ~」
「ベタ惚れな奥さんがロウノームスから動かない限り、エイブを島に連れ戻すのは無理よ」
「でもさ~」
「あの人がエイブの係留柱なのは誰もが知る事実。ロウノームスがあの人を手放すはずがない」
「そうだけどよ~」
「次を狙うのよ! 次を!」
「次?」
「エイブは無理でも、その子はどう?」
「子供?」
「そう。エイブの子供! どう?」
「……いいかもな」
「うん」