そぞろ歩き。
「街道整備の現場は今どんな感じですか?」
「今、現場では街道の幅を倍にした方が良いんじゃないかとの話が出てきててな」
「倍……ですか?」
現場ではそんな話が出ているのかと、早速訊ね返した。
「今の幅じゃ、馬車がすれ違うので精一杯だろ? 余裕ですれ違いが出来るようにすれば、街道を歩く者も安心して歩けるんじゃないかという話になってな」
「へぇ~」
「まあ、全部じゃなくても良い。だが橋の幅は広げる方が良いかもしれないと思っていてな」
「その橋を作れる見込みはあるんですか?」
「ある」
「また今度、見本を見せて下さい」
「おうっ!」
親方から随分と力強い声音で答えが返って来た。
これは結構、具体的にも話が進んでるって事じゃないかな?
「エイブ?」
親方との話が一段落着いたところで、ケラスィンが心配そうに僕の名前を呼んでくる。
「何故、街道の幅を倍にする必要があるのかしら?」
「街道の通行量が増える一方だからだよ。故郷に帰りたいだろう工夫達が作業の大幅アップに納得するなら、道幅を広げるのは良いと思うよ。僕は」
街道の幅を倍にする話をしてきた親方の熱心な雰囲気からすると、現場全体がより良い街道を作りたいって熱意で盛り上がっているんじゃないかな~という印象を受ける。
「でも今まで作ってきた街道はどうするの?」
「街道の隣にもう一本通せば良いんじゃないかな? まあ通せる場所だけだけど」
「橋も?」
「どうやら橋が一番ネックになってるみたいだし、1本ずつ通行者の進行方向を決めれば橋の流れも良くなると思うよ」
僕がそう言うと、ケラスィンは思案気な表情を和らげた。
「……進みやすくはなりそうね」
「うん。まあすぐには決められないし、後で相談だね」
「まずはお祭りね」
「うんっ、ケラスィンっ!」
お祭りを精一杯楽しんでおかないとっ!
「見て、ケラスィン。ケラスィンが開通式に参加した、橋の模型があるよっ」
「この小さな模型が、あの大きな橋になったのね。懐かしいわ」
「お茶をしたテラスがここにあったんだよ」
「……まっすぐね」
「この模型を作った時点でテラスを設置する予定がなかったんだ。ケラスィンが来てくれるって知った親方や工夫達が、後から追加で付けたからね」
「知らなかったわ」
「それぐらい皆、ケラスィンが来てくれるのを楽しみにしてたんだよ」
あの時と同じで、僕とケラスィンの周りには警備の人でいっぱい。
警備の人達が僕達の後をぞろぞろと付いてくるものだから、街の人達と混ざっての気の赴くままな会場見学は許可が下りなかった。
僕らが行く先々に先回りして警備しちゃうから、街の人達が遠慮しちゃうんだよね。
街の人達と自由に交流したかったんだけどな。
でも開通式の時とは違って、短いひと時でケラスィンと別れなくてもいい。
それどころか、ずっと一緒っ!
それに近くに立っている説明係の人に、話し掛けたり、疑問を投げたりするのは自由にしていいらしい。
もう色々聞いて回っちゃったよっ!
「あっ!」
おにぎり発見っ!
州から代表者さんに送られてきたコメをお裾分けしてもらう事はあるけど、それは時たまでしかない。
しかも1番初めに自分でコメを炊こうとしたら、水加減か火加減かが違っていたらしく、ほとんどお焦げ状態でコメは炊きあがった。
「何これ?」
「食べられるの?」
ついでに傍にいた青年の家の子供達から、思いっ切り懐疑的な視線がコメに向けられてしまった。
「……失敗した。焦げちゃったよ」
久々に炊いたコメが食べられると楽しみにしていたのにな~と、しょげながらも僕が答えると、
「何? これ失敗なの?」
「あ~。そういや島の人は不器用だったよ~」
一応コメは怪しい物ではないと分かってもらえた。
「ちなみに作り方はばっちりなの?」
「それが、さ……細かいところがさっぱりで」
途端に子供達はそれぞれ、顔を天井向けたり床を見たり首を左右に振ったりした後、顔を見合わせ頷き合った。
「駄目だぁ!」
「これは聞いてきた方が絶対早いよ」
「マスタシュ~!」
「うん。アポイントを取っとく」
「料理担当の人でお願いね」
「もちろん」
あっという間に青年の家の子供達の食事担当メインの子が、州の御付の人に炊き方を習いに行くという話がまとまった。
よっぽど僕に任せておくと、まずいと思われたみたいだ。
確かに僕はほとんど料理が出来ないけど、そこまでかぁ?
記憶の中の苦い思い出の1つになっている。
それは、さておき。
「中身は海藻の佃煮だ。ケラスィンのは何だった?」
「これは野菜の塩漬けかしら?」
僕とケラスィンの今日の食事は、会場で販売されている食べ物だ。
だが「お祝いだ」と、誰もがお金を受け取ってくれない。
しかも警備の人達分も無料で受け取ることもある。
まあ全員分はさすがに無いみたいだが。
それにしても、さすが身体が資本の警備の人達。
もらった食べ物はあっという間に綺麗に消える。
釣り競技の会場では、お刺身の海鮮丼を頂いた。
美味しい~楽しい~~っ。
実は青年の家の子供達にも、お祭りが始まる前に僕は指令を出してある。
それは、お祭り会場で興味があるものを見つける事。
もともとお祭り当日は警備の人達を連れて行けと、ロウから厳命されてたから。
ケラスィンと一緒にお祭りを回るなら、安全第一にすべきだと僕だって分かるから受け入れたのだ。
だけど警備の人が一緒だと、絶対自分の思うように会場の隅々までお祭り会場は回れない。
だからこそ自由に動ける子供達に、お祭りを見て回ってくれるように頼んだのだ。
子供達目線から見たお祭りの感想も知りたかったしね。
それに上手くいけば、州へ習いに行ってもいいと思えるくらい興味を持てるものが見つかるかも~。
あればいいな~と、こっそり心の隅っこで思ったので指令も出した。
指令があれば子供達も更に目的意識を持って、お祭りを見て回ってくれるはずだ。
「エイブ」
「マスタシュ。どうしたの?」
そんな青年の家の子供の1人であるマスタシュは最近、何故か僕の補佐役をしている様な状態だ。
本来なら補佐役の仕事などせずに、まだ青年の家に居て学ぶべきことを学ぶ年齢のはずなんだけどなぁ。
読み書き計算はもちろん、サラリドさんから事務仕事も仕込まれているから、すでにマスタシュはあちこちの人や職場から引っ張りだこ状態だ。
中でも特にその実力が認められているのは、僕を発見する力。
「勝手に出歩くなって言ってるだろうがっ!」
「あれ? マスタシュ?」
そして鉄拳制裁を喰らう……。
そこまでが定番の1クール。
護衛の人を巻いて王都を自由に歩き回っている僕を、何故かマスタシュは見つけてくる。
「約束忘れやがってっ! 皆、準備万端で待ってるぞっ!」
「……何だっけ?」
「そろそろ紙漉きの時間だ」
「あっ」
ケラスィンと一緒に居るのが楽しすぎて、約束の時間が来てるのに気づかなかった。
「ケラスィンも一緒に行ってくれる?」
「ええ、もちろん」
紙漉きの実演販売をするのは、もちろんロウノームスが国を挙げて展示している会場。
販売は常時、実演も日に何回かする事になっている。
計画段階から実演しているところを見学しに行こうかな~と思っていた。
そしたら、紙漉きの実演に僕も参加していい事になったのだ。
ケラスィンが見てくれるんだ、久々の紙漉きだし頑張るぞ~っ! と僕は意気込む。
だけど。
「あっれ~?」
並んで漉いている子供達は綺麗な四角、しかも薄さも均等な紙を次々と作り出しているのに。
僕のは完全にその逆。
「これが見事な失敗例です。日々練習しないと、ご覧の様な紙になります。他にも……」
等々。
実演の横で口頭説明役をしている子が、ロウノームスで紙漉きを始めた頃の失敗談まで語ったので、場は大ウケ。
見事に笑いを取れました。
とほほ~。
料理研究
「これは何ですか?」
「モチだ」
「モチ?」
「これから作る」
「コメ?」
「似てるが種類が違う。食ってみるか?」
「はいっ!」
「出来立てだ。冷めてきてるが、まだ柔らかいぞ」
「う~ん。パンとはまた違う食感が」
「美味いか?」
「美味しいけど、モチだけだと味が淡白で物足りないかな」
「ちょっと待ってろ。汁に入れて食うと美味いんだ」
「汁?」
「スープだ」
「どんな味のスープでも合うんですか?」
「コメと一緒だ。だいたい何にでも合う」
「へぇ~。あ。本当に美味しい」
「だろ?」
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
「おう」
「モチは焼くのは駄目なんですか?」
「焼く?」
「温めれば美味しくなるのかなと思って」
「モチはコメよりも粘りがあって、くっつきやすいんだよ」
「あ~。そうか~。何か手はないかなぁ?」
「串で刺して火であぶるのはどうだ?」
「いけそうですね!」
「まあ上手く焼けても、モチを焼いただけだと淡白な味だが」
「温めたモチにソースを掛けるのは?」
「……いけるかもな」
「やってみませんか?」
「やってみるか」